第8章 「古の邪拳」
だけど葛葉舒さんは、余裕の出てきた私の気を改めて引き締めてくれる一言を言ってくれたんだ。
「吹田千里少佐、決して御油断めされますな。そしてよくお考え下さい。どうして崑崙仙軍である私共が、中華王朝の王室と人類防衛機構から連名で協力を要請されたのかを。」
「それはつまり、霊障みたいなオカルト絡みの案件だからでしょうか…」
こんな遣り取りをしていた、正しくその時だったよ。
「扶紅滅清、刀槍不入!」
「むっ、敵かっ!」
今までの兵士達とは毛色の変わった壮年の男性が、こちらに向かいながら妙な事を口走ってきたのは。
負けが込んできて破れかぶれにでもなったのかと思ったよ。
だけど葛葉舒さんは笑うどころか、ますます顔を強張らせたんだ。
「吹田千里少佐、私の指示するタイミングで発砲をお願いします!」
「えっ?あっ、はい!」
私達の遣り取りも聞こえているのかいないのか、男は更に激昂しだしたんだ。
「降神附体!うおお、我は趙雲!」
「えっ、趙雲!?」
突拍子もない自己紹介に思わず聞き返しちゃったけど、本当に驚くのはこれからだったよ。
「やあっ!」
「おおっと、危ない!」
何と男の目が煌々と発光し、毒々しい紫色のオーラを纏ったの。
そうして物凄い勢いで槍を繰り出してきたんだから。
だけど、それも僅かな間だったよ。
「臨兵闘者、皆陣列在前!破っ!」
「グワッ!?」
六甲秘呪を唱えながら結んだ印が発光し、一直線に男目掛けて飛んでいく。
それが直撃した男からは、あの紫色のオーラが綺麗さっぱりと落ちていたんだ。
「今です、吹田千里少佐!奴にトドメを!」
「目標捕捉、撃ち方始め!」
こうなっちゃったら、後はアサルトライフルの三点バーストで事足りたね。
眉間、喉元、そして心臓。
三カ所から鮮血を間欠泉みたいに噴き出しながら、男は力なく仰向けに倒れ込んだんだ。
かくして当座の危機は去った。
だけど私としては、聞かなくてはならない事があったんだ。
「無事に倒せましたが…何者なのでしょうか、この男は?」
「義和拳と時期を同じくして成立した、神降ろしを奥義とする古武道の使い手です。その名も『降神拳』。」
「ほう、『降神拳』…」
明治33年6月に起きた欧米利権排斥運動である義和団事件では刀や槍にも傷つけられない神力を得られるという触れ込みの「義和拳」という拳法が用いられていたと聞くけど、それに関連する古武道まで今回の事件に関わっているとはね。
まあ何にせよ、伝統ある梅花拳の正統とは無関係だよ。
「トランス状態になり『降神附体』と詠唱する事で、歴史的英雄や神々を憑依して戦うのです。その過激さから忌み嫌われてきましたが、紅露共栄軍と結びつき互いに生き延びたのです。」
成る程、だからアイツは「我は趙雲」なんて突拍子もない自己紹介をしたんだね。
だけど私には、どうしても解せない事があるんだよ。
「しかし、こんな胡乱な連中にあの忠義に厚い趙雲が力を貸すとは…」
「吹田千里少佐の仰る通り、この男に憑依したのは本物の趙雲ではありません。そこら辺の浮遊霊や地縛霊でも、自分の来歴を騙る手合いはいるでしょう。」
それを聞いてホッとしたよ。
要するに「自分を趙雲だと思い込んでいる異常者」の霊って事だね。
もっとも、本物の趙雲の霊ではないからって楽観視は出来ないんだけど。
「たとえ本物の英霊を下ろせられなくても、悪霊を憑依させる武術を野放しには出来ません。彼等と紅露共栄軍が手を結んだなら民達に厄災が起きる事は必定。私は術者を一人残らず抹殺致します。吹田千里少佐、貴官もどうぞ御武運を!」
「承知しました。それでは敵兵の掃討は小職に御任せ下さい。」
仙術や道教の秘術に長けている葛葉舒さんの霊体は古武道の術者達を、そして既に一個小隊を軽く上回る人数を葬ってきた私は引き続き紅露共栄軍の兵士達を。
要するに「餅は餅屋」って事だね。
そうした具合に分担を定めた私達は、互いの無事を誓いながら各々の戦場に赴いたんだ。
まあ早い話が、これで私は孤立無援じゃなくなったって訳だよ。




