ズラしてズラして
この間、テレビで、オーバードーズを取り上げた番組やってました。
家族と家族2と、観る私。
薬いっぱい飲んじゃうのか。ふわふわしちゃうのか。
そして依存しちゃうのか。
色々思う事あれど、あー、と何も言えなくもやもや思っていました。薬の依存から脱するの、きっとほんとに難しいよね。
薬に毒されてなくても、私なんて食事をコントロールするの、めちゃ難しいんだよ。毎日、お菓子食べちゃった……、って後悔しています。
家族2が、若い女の子のオーバードーズしちゃってて精神病院に入院している映像などを観ていて。
「あれだね。こういうのは、きっと甘えてるとこがあるんだと思うよ。甘えるな!」
と言いました。家族2、つえー。まあ、薬のお金はどこから出てるんだ、とか、心配させて、とか、わかるよ、片面では。でもね。
えぇ〜?
私、その言葉に違和感。
薬に依存しちゃうほど、周りの世界が苦しくて辛くて仕方ないような未成年の子供たち。
きっと、そんな、コントロールができずに弱ってる時、人は、大人であろうとも、未成年で育ち中ならなおさら、誰かに甘えたいに決まってるじゃありませんか。
強い言葉で打たないで。
辛い場所に挑めと言わないで。
戦えって言わないで。
その力が、今の私には、ありません。
ってなってない?
私が統合失調症で妄想にぶっ叩かれて、自己肯定感が底まで下がっている時〜上がってきた生活のあれこれ、そんな時にですね。
家族に話しかける時、語尾が、「にゃあ」だった。
笑うな〜!
いや、笑って下さい。
何でそんな事になっていたか、っていうと、猫って、何かと許されてるじゃないですか。そういう存在。
私も、自分の一つ一つの発言を、普通に生活の中で、周りに発していくにあたっても、それでも、やっぱり、打たないで、って弱かったんですよね。
甘くみて欲しい訳です。
何でも痛い、脆弱な状態であった。だから、許して、甘えさせて、見逃して、の「にゃあ」だと思います。
家族2と少しケンカっぽくなった時に、「なにがニャアだよ!」って言われた時もありました。
うん、大人だもんね。
でも、大人でも、「普通にいることが難しい」状態ならば、にゃあ語尾で生きていけるならば、笑われたっていいじゃない。人が元気になるには、ちょっとずつ、ちょっとずつ、直線ではなく、回って回って時間がかかるのです。
そして今は、全然にゃあ言わないです。元気になって自分の中の自己が育っているのだとおもー。精神年齢って、当たり前だけど、年齢通りじゃないです。そして、後退もすれば育ちもするし、揺れるものだと思う。
甘えるな!と言う家族2ですが、私が一人暮らしで発病してドンッと実家に帰るにあたり。
それまで仕事を続けるのに起きられなくて毎日駅から徒歩15分会社までを初乗りタクシー、とかしていたり、安い買い物をして自分を何とか上げようとしたり、全然見当違いの努力をしている中で税金が払えなくなってしまい。(借金はしませんでした。危なかった。)
30万円ほど、ためてた税金払ってくれました。
甘えさせてくれたじゃん。
言葉は厳しいけど、家族2はちゃんとしてるからで、そして何だかんだと面倒をみてくれます。
ちなみに私は、今は、壊れた風呂のボイラーのお金を家族2と折半して払えるくらいになっております。
ボイラーのお金半分払ってくれるのぅ?と家族2が喜んだので、こないだ、「30万円税金払ってくれたよね、だから、一緒に暮らしてて、よかったねって言ってもらえるように、助け合える感じになろうと思ってたんだ。」と言ったら。
「そうだっけ。そんなの忘れてた。私も教習所のお金、姉ちゃんに払ってもらったりしたよー。」
と言っていました。
まあでも、今後も家のことなりなんなり、助け合おうじゃんか。
家族は甘え合う。
だね、家族2。
さて、オーバードーズの若い子の話ですよ。
色々、辛い事があってやっちゃうのかなあ。とテレビを観て思いました。学校で悪口言われたりとか番組のその子はナレーションが説明してたかな。
甘えるもいいぜ。
依存も、まったく何にもしないで生きてはいけない。
ただ、戻って来れないやつに、手を出すと、ほんと大変。辛いが増える。
テレビでは、綺麗事を言わないでという言葉もあったり。
前にオーバードーズしていた経験者の、今はそういう子の話し相手になったりしている人に対して、オーバードーズするなって否定しないから(話ができる)的な言葉もあったり。
コントロールできないのに、ちゃんとしなさい、ってハンマーのような言葉だと思う。甘えるな!では、解決しないんだと思いました。むしろちゃんと甘えて、甘えて、難しい事だけど立て直しができる状態になったら、それは万々歳だね、って。
多分それで、家族2の言葉に違和感を持ったんだと思う、私。
甘えられる側の負担も、そりゃあ重かろうと思うのです。
色々な意見があろう。
だから、ズラして、ズラして、って私は言うほかないな、って思いました。
大好きな、おまんじゅう。
私が弱った時、おまんじゅうめぐりをしてみたり。
その辺の気に入った草花をスケッチしてみたり。
「にゃあ」と言ったり。
自分でイラストマンガを描いてコピーして、知り合いに配ってお手紙書いてみたり。
マフラー編んだり。
図書館で借りた本を読んだり。
鼻歌うたったり。
ズラして、ズラして。
リスクのある、ダメになっちゃう依存先から、自分を打ち続ける自分から。
まだ大丈夫な色々、好きなもの、世界のあれこれに、辛くていたたまれなくて、どうにもコントロールできないのに戦えって言うのきっと厳しい事なんだけど。
どうか、ズラして。
世の中の面白いこと。
キラキラした光の粒。
純粋なそれではなくて、世の中のものは、きっとごったになってるんだけど、その中のちょっとでも自分に引っかかる良き何かに、ズラして。
自分の書いてる小説が救いになれば、とは言わないです。
そういうかんじの物語でもなくて、自分が楽しくてやっているから、だけど、もし、今日つまんないなー、って思ってる人がいたら、それをちょっとだけズラしてできたら、素敵だなとは思います。
私も他の方の小説で、ニコニコしたり、へへっとなったりしてるもの。
ないと、生きてるのがつまんないです。
私のできることはそんなにないけど、世の中に面白いが沢山あれば、少しだけ世界が良くなるかな、って思います。
沢山あって選べるのがいいと思う。
そして、それをする側になるのも、すごく面白いと思う。
お金になるかならないかは、重要の一つなんだけど、全部じゃなくて。
他の人からみて、くだらなくても、お金にならなくても、それをやってなんになるの、って言われたら、面白いんだよ、でいいんだと思います。
甘えて、ズラして。
コントロールしきれなくて、だけど、外しきらずに。
私は大人になってゆくし、大人をやったり、できなかったりしていく。
甘えたり、甘えられたり、助け合ったり、ズラしたり、しながら。




