第六撃「高野豆腐」③
「ーーまずかったか? 高野豆腐」
茶の間の卓袱台で皮がやや焦げすぎた焼き鮭の切り身をつつきながら博一がつぶやいた。鏡太郎は、ちょうど箸でシメジと高野豆腐を一緒にはさんだところだった。
「いやけっこううまくできてね? やっぱほら、シイタケじゃなくてシメジでも成立したじゃん」
「その“まずい”じゃないよ。あの…お弟子さんに持たせちゃったことがさ」
「…そりゃ父さんが玄関で『作り過ぎちゃったからぜひ』って言い出した時は面喰ってたけど」
「いや…ごめんな。いきなり手料理とか、気持ち悪かったな?」
「謝る案件じゃないって」
あのクッキーも「作り過ぎた」と言っていた。作り過ぎにもいろいろあるものである。
鮎が帰った後、緑茶を淹れて父と2つずつ食べてみた。甘さは控えめで、ココアの風味がガツンとくる。中には砕いたアーモンドも入っていて、中学生の女の子が作ったにしては大人っぽい味だった。父親の好みに合わせたのかもしれない。
「大丈夫か。初だろ、『直弟子』なんて」
「正式入門させたわけじゃないって。でも…筋はいいのかも。おれよりよっぽど」
入門式は省略したものの、鮎が面白半分に習いたいと言ったわけではないことは稽古を始めてすぐにわかった。
「礎調べ」という基礎運動から鏡太郎は教えはじめた。全身の柔軟性及び下半身のナチュラルな強化、そして麝汞流独特の力まない足運びや体捌きを身体にしみ込ませるための「型」だが、知らなければ何かの踊りにしか見えない。
北統には、麝汞流に元から伝わる6種の型に、祖母が考案した2種を加えて「八曲」まである。上達後は、水銀の入ったガラス管のはめ込まれた振り棒を持って行ない、イメージの中で水銀の流動に心身を同調させていく。
口調こそタメ口だったが、動作一つ一つの意味について、鮎は真剣に確認してくる。警察署の道場で、一度に複数人を相手に教えている時にはあり得ない事態だ。言葉につっかえつつ適切な説明を探るうち、鏡太郎もどんどん真剣にならざるを得なかった。
質問は鋭く、正式弟子にしか教えてはならない口伝…基本動作に隠された実戦の危険な秘訣をしゃべってしまいそうになる。「学苑の新マドンナ候補と、密室で一対一で向き合っている」なんて意識するどころではなかった。半分の四曲まで教える予定でいたが、三曲まで通すのがやっとだった。
鮎の礎調べは、最初からサマになっていた。本来が女性用の技ということもあるだろうが、体型がどうこうとは関係なしになんとなく「格好がいい」のである。横須賀でクラシックバレエの教室に通っていたそうで、そのためかもしれない。祖母の夕子も、武術と舞踏にはたくさん共通項があるんだと言っていた。
(しかしこの後、どうすんだ…)
押し切られるように弟子にしたものの、どこまで教えるべきか鏡太郎はわからなくなっていた。ジョギングも週2で続けてると言っていたし、「初歩の初歩」だけでは納得してくれそうもない。むしろ面白半分で、すぐ飽きてくれるほうが気が楽だった…。
「何か逮捕術のプラスにでもなれば」という感じで習ってくれている女性警察官たちより、鮎の態度のほうがより本気というか、切羽詰まっている感じすらした。お神楽…実戦で技を試すことは当面、絶対に止めてくれと、もう一度強めに念を押したといたほうがいいかもしれない。
「…しかしそれにしても」
「うん?」
「…いや、なんでもない。ルッキズムだよな、すまんすまん」
父は、自分の頭を拳でポカリとやり、高野豆腐をもぐもぐと噛んだ。
〈続きます〉




