第十九話 それは誰がための遺言か(8)
皇城に戻り、すぐに刑部に向かう最中、晋仁は莉角から文句を言われ続けていた。
「あんなあからさまな企みを言うのやめてくれよな。別に俺が何を思っているとかないんだから」
「別にあなたにかかわることを告げた意図はありませんが。というより、普通に聞けばあなたがかかわるとは思いませんよ」
「そうかぁ?」
「ええ。もしあるとすれば、あなたが意識をしているからではありませんか?」
ごくごく当然のことだと答えていれば、莉角は言葉に詰まった。
「あなたも本当に引きぬけるとは思わないでしょう。ただの冗談、世間話ですよ」
「ま、まぁ。そういわれれば……でも、しつこくなかったか?」
「あなたほどではないにしろ、彼女がどのような人物なのか興味がありましたから。目に見える功績以外の部分を尋ねてみたかったのですよ」
「そう……なのか?」
莉角が納得したような、していないような微妙な反応をしているうちに、刑部に到着した。
「私は報告書を作成します。こちら、お願いしてもよろしいですか」
「ああ、わかった」
預かった日記を渡し、預かり物品の処理を任せる。
本来自分は彼に指示されるはずの立場であるとは思うものの、晋仁は都合がいい相方で助かると思った。
莉角のことは嫌いではない。
勤勉で真面目、人が嫌がる仕事もこなし、順調すぎる出世をしているが気さくで偉ぶらないし、相手を尊重する。同時に少し突っ走り気味で、周りをきちんと把握しきれていない。何を考えているのか分かり易い性格でもある。
(本当に、私と正反対ですね)
戻った自席には、仕事が山積みにされている。
書類をぱらぱらとめぐり、片付ける順に並び替える。そして、その中にある一枚を抜き取った。
それは厨の発注書である。
晋仁は軽く目を走らせ、紙の端に『不可』とだけ書き足してから、報告書を作成しはじめた。
やがて墨が乾き違和感を感じるほどではなくなったころ、それらを両方持って莉角の方へ向かう。
「こちら、報告書です。書類に紛れている他部署のものがあったので、返却してきますね」
「ああ、またか? この間は戸部、前は兵部……こんどはどこだ? まさか蜻蛉省か?」
「残念ながら、厨ですよ」
「どこがどうなったら混ざるんだよ」
理解不能と言われても、見せた書類は実際に穀物の注文が記載された発注書なのだから仕方がない。
「では、行ってきます」
「その辺の女官か宦官に頼んでもよさそうだが」
「もしこれがなくなって、書いた人が発注できていると思っていたらかわいそうでしょう。処罰は周囲にも及びますよ」
「相変わらず面倒見が良いというか、優しいというか。すごいと思うよ」
そう莉角に言われ、晋仁はただ笑ってその場から離れた。
(不可の文字に気づきもしない。ありがたいことですが、本当に見る目はない)
それでも紹藍を気に入ったのは単なる偶然なのか、少し興味はある。他の優しさを装った女性に近づかれたら、彼はどうなるのだろうか?
ただ、今はそれを確かめる時ではない。
(欲はなく、引き抜きは難しそうですよ。さて、どうなさいますか? 皇太后陛下)
心の中でそう呟きながら、晋仁は発注書を置いた厨の者に接触する。そしてきっと幽閉されている皇太后は、届いた夕餉で状況を知るだろう。
どう転んでも自分に害がない状況にできていることを見極めつつ、何かが起こったときには利を最大限享受できるようにすることを願いながら、晋仁は再び持ち場へ戻った。
そしてその様子に疑問を抱く者も誰もいなかった。
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二章はもうすぐ終わりなのですが、私生活が慌ただしかったため来週以降の更新が遅れます。
申し訳ございませんが、しばらくお時間頂戴いたします…!




