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宮廷墨絵師物語  作者: 紫水ゆきこ
第一章
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番外 兄弟会議

 蜻蛉省でも灯りがついているのは江遵の部屋のみというほどの真夜中。

 しかし部屋の中は一人ではなかった。

 そこにいたのは官吏の服装をした、皇帝だった。


「ご報告は以上です。これで兄上の懸念はいくらか払拭されましたでしょうか」

「……内容に疑問はないが、執務室で酒を注ぎながら尋ねる言葉ではないだろう」

「誰も見ていないなら問題ないでしょう」


 そう言いながら、江遵は先んじて酒をあおった。

 比較的強い酒は皇帝の好物で、喉がやや焼けるほどに痛いが心地も良かった。


「皇太后の息がかかっていたのはやはり成朱麗。しかし結果は玲家を呼び戻したと皇太后に誤解させることに成功し、赤妃も騙されていただけだと把握できれば特に問題は消えたと言って差し支えないかと。実害も出ませんでしたし」

「ああ」

「何か気がかりな様子ですね」

「どこから仕組んでいた? 黄純」


 部下の江遵とは異なる、本来の名を呼ぶ皇帝の視線は鋭かった。

 だが、江遵は大して気に留める素振りもない。


「何のことでしょう」

「皇太后もそこまで間抜けじゃない。それにもかかわらず尻尾を簡単に掴ませたのは、お前が影で動いたな?」

「仰る意味がよくわかりません」

「あのな、私の目も節穴じゃない。玉蘭が姉に代わり後宮入りしたのも、お前の手引きがあっただろう。梅花の性格について皇太后に誤って伝わるように仕向けて後宮入りさせたのも、芙蓉の情報網に引っかかるように宦官の存在を知らせたのではないか」


 そして一区切りを置いてから、言葉を紡いだ。


「挙句、玲家の娘を連れてくるとは。皇太后に対する挑発だけではないだろう。あの一族の記憶力や五感の良さを活用しようと考えたのか?」


 最後の言葉を聞いた江遵は少し笑いながら長い息を吐いた。


「まあ、多少は情報を操作しましたが、諸々が短期間で解決したことはほぼ偶然ですよ。特に紹藍が玲家の娘であったことは、本当に知りませんでした」


 そもそも玲藍が死んだ折に、紹藍はまだ生まれていなかった。

 庶民となった夫人の追跡など行っていないのだから、知る由もない。


「それに、知っていれば逆に呼べませんでしたよ。厄災の折に皇太后が医師を集めた恩恵を受けたのは、兄上だけではなく私もですからね。その影で正義を貫き死んでいった者の娘を駒として集められるほど、私の神経は図太くありません」


 災厄当時、皇太后が自分が権力を握っている理由は幼い皇帝の母であるということを理解していた。そして息子が死ねば自分の地位が崩れ去ることもわかっていた。

 だからこそ医師という医師を集め、治療にあたらせた。

 それでも皇帝の状態がなかなか回復しなかったため、皇太后は同じく病にかかったものの比較的軽症であった皇帝の双子の弟の存在を思い出した。


 皇家の双子は国を分かつ可能性を秘める不吉の証として忌み嫌われる中で双子を産んだ皇太后は、自身と同じく先帝の妃であった従姉妹の子であると偽っていた。妃としての身分差がある状況で従姉妹は拒否することもできず、また、世の中を欺いていることに罪悪感を覚えていても、事実を伝えたところでどうにもできないことを理解し、静かに従甥を息子として暮らすことを決めていた。


 しかし皇帝が危険な状況に陥ったこともあって、皇太后は万が一のことがあれば二人の立場を入れ替えさせればいいと考えた。顔も声もよく似ている。記憶に関しては病であやふやということで誤魔化せる。

 そして、今までは見向きもしなかった黄純に手厚い治療を施し、山のような見舞いの品を送るようになった。

 全ては可愛い、幼い従甥のため……そう偽れば黄純が自分に靡くと皇太后は信じていた。最後に国の希望が潰えないよう、従兄弟の意志を継いでほしいといえばどうにでもなると思っていたのだろう。


 だが、黄純は皇太后の想像より利発であった。

 従伯母の突然の行動に幼いながらも黄純は違和感を覚え、母親だと思っていた存在を問い詰め……実の母が発覚した。


 そして、皇帝が自分の双子の兄だということも。


 母がどうであろうと、第二皇子という状況は変わらないのだから黄純の立場自体は大きく変わるものではない。だが皇太后の権力のためであれば子を捨てること、そして代わりの玩具のように再び手に入れようとするところに嫌悪感を抱いた。忌み嫌っておきながら、今更なんだと。

 普段でさえこうであるのなら、一体どのような政をしているのだろうか。


 そんな疑問が大きくなるにつれ、距離を置いていた政治を知るようになり、兄にも人知れず接触するようになった。

 兄も兄で実母が国を私物化しようとしているのではないかという嫌悪感を抱いており、二人で早期に皇太后から権力を引き剥がす道筋を探した。皇太后に歯向かうと言うことは後ろ盾のない状態からの始まりだ。苦労は多かった。


 ただ、それが何とかうまくいき幽閉に近い状況にはできたものの、皇太后が実権を握る方が都合がよい輩も多い。そこで黄純は庶民出身の江遵だと身分を偽り、科挙合格という実績を経てから蜻蛉省で仕事をしている。

 皇帝側であるとあからさまな主張をしている所属ではあるが、皇弟の立場よりも自由に動け、なおかつ中間層とも話ができる。

 何より皇弟として派手に動けば、自身を担ぎ上げようとする者が出てくると江遵は理解していた。


 そんなことは、望んでいない。

 ただただ国が平穏であり、兄が統治しやすい環境を作り、自らも帝位にかかわることなく、しかしそれに寄与できればいい。

 そう育ての母の姿を見て、そして産みの母に強く憤る兄の姿を見て、思っただけだ。


(まぁ、後宮に関してはできるだけ兄上の助けになるような上級妃を揃えることができたはずだったんだが……皇太后に対する警戒が私の認識よりよほど高かったのが計算外だったな)


 だからこそ妃たちの普段の状況を知らせるために、できるだけ純朴で公平な視線を持て、なおかつ姿を描けるだろう紹藍を勧誘したのだ。

 働く姿を見ればだいたいの性格は分かる。客とのやり取りも、仕事への姿勢も、文句はなかった。


 そこに、玲家の血筋であることは関係なかった。


「ただ、彼女はすでに私の部下です。蜻蛉省の一員としては頑張ってもらいたいと思っています」

「そうか。いつか言うのか?」

「私が皇弟だということを、ですか? 言ったところで何の利点にもならないでしょう」


 一度、近いことは言いそうになったことはある。だが、紹藍が謝罪される意味がわからないと言い、途中で話は止まってしまった。

 しかし後から思えば言わない方が正解だったとおもうので、改めて言う気はないし、止められたことに感謝はしている。


「時間が経てば余計に言いにくくなることはあるぞ」

「必要に迫られることもないでしょうから、問題ありません」

「そうか? お前が近くに女性を置くなどなかっただろう。妻にする気はないのか?」


 思わぬ言葉に、江遵は思わず動きを止めた。


「……えらく突飛な冗談ですね」

「そうでもない。事実だろう」

「まぁ、そうとも言えますが、彼女は部下ですよ。近くに置くのは自然でしょう」


 あまり深く女性と関わりを持たなかったというのは、別に避けたわけではない。仕事をしていたらそういう機会はなかっただけだ。

 たとえ私的な時間であっても偽名を使っている状態で出会いを求める必要性を感じなかったし、皇帝に世継ぎがいない状態で皇弟として妻を娶るのも面倒が生まれかねないとも思っていた。

 だからあえて女性という意味で誰かの近くにいたいと思ったことはない。


 確かに紹藍とは出かけることもあったが、仕事の延長で、特に特別な意味があるわけではない。


「まぁ、お前がそう思うならそうなのかもしれんがな」

「意味深ですね」

「そのうち結果は出るだろう。私の誤解か、お前の誤解か」


 皇帝の言葉に江遵は苦笑した。

 自分のことを誤解など、誰がするのだろうか? そう思うと、これが賭けなら皇帝にずいぶん分が悪いものだと思ってしまう。


「覚えておけ、黄純。お前はなかなか鈍感だ」

「左様ですか。気をつけます」


 好き放題言われているが、こういうふうに揶揄われる日があっても平和で良いと江遵は軽く聞き流した。

 そしてその忠告の意味を思い出す日がくるとは、まだ思ってもいなかった。




ーーー

今回の更新をもちまして、第一部完結とさせていただきます。年明け以降になると思いますが、第二部も続けられたらと思っております。


お付き合いいただきまして、ありがとうございました。

引き続き、どうぞよろしくお願い致します。

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