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宮廷墨絵師物語  作者: 紫水ゆきこ
第一章
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第十一話 光と影と絡まる巡り(六)

 成良の絵を描くのは思ったよりも早く終わった。

 何枚でも描いてくれと言われたので紹藍は何枚か描くつもりでいたのだが、成良は一枚目が一番格好いいはずだと主張し、そのまま渡すよう希望していたのでそれに従うことになった。


(でも、あれは実は描かれるのは恥ずかしく感じる性格だと見た)


 去っていく成良が少し恥ずかしげだったこともあり、豪快そうに見えたものの可愛い面もあるのだろうなと紹藍は思った。


 食堂で少し早い昼食をとった後、紹藍は後宮に向かった。

 朱麗との面会まではまだ時間があるが、他に何かをするというには微妙な時間だ。ならば少し散策をしても構わないかと思い、絵になる場所を探すことにした。


 今日は天気がよく、空にはほとんど雲も見当たらない。

 鳥の鳴き声もよく聞こえる……そう思った時、紹藍は水榭の上に一羽の鳥が留まっているのが目に入った。


(あれは……赤妃様の鳥よね? 目元と尾の先の雰囲気から、間違い無いと思うけれど)


 派手な鳥ではないので、気にしなければそのまま見逃してしまうようなものだ。そもそも知っていても視力が良いことを前提に、あえて凝視しない限り気付くことはないだろう。紹藍とて本来であれば、よくいる鳥の一羽として気にも留めていなかっただろう。


 だが、今まさに気になったのはその鳥の脚に紙のようなものがくくりつけられていることだった。


(ゴミが絡んでいるわけ……ではないわよね)


 いたずらというには、丁寧に結ばれている気がする。

 そう紹藍が思った時、鳥は飛び立った。一時休憩だったのだろう。


 紹藍は少し迷ったが、鳥を追うことにした。

 いたずらであれば解いてやらなければいけないと思うし、いたずらでなければそれはそれで問題だ。何が括り付けられているのか、役人の立場としては放置せず調べなければいけないだろう。


 そう思っていたのだが……やがて鳥が入って行ったところで、紹藍は思わず足を止めた。


(って、ここ、また皇太后の宮じゃない)


 門番にはかなり体格の良い宦官が配置されている。


(……鳥が入ったから様子を見たいなんて言える雰囲気じゃないわね)


 ただ、宦官は先の一件を受けて皇帝から直接指名された者が抜擢されているはずだ。どちらかといえば蜻蛉省とは仲が悪くもないはずなので、一応尋ねるだけ尋ねても良いかもしれない。


 そう思った紹藍は門番に近づいた。


「お疲れ様です。ひとつお尋ねしたいのですが……」


 そう紹藍が門番に告げた時、宮の中から怒鳴る声が響いた。


「野蛮な鳥を放りだせ、陛下はお怒りだ!」


 その声が響いた直後、壁を越えて喉を切られた鳥が放り出された。


 紹藍は血を流す鳥を見るのは初めてではない。

 むしろ仕事で捌くこともしていた。

 だが、このような意味のない殺生を見たのは初めてだ。


「な……」


 にをしているんだ。

 そう口にしたいが、言葉が出ない。

 ただ、そんな中でも鳥の脚にあった紙がなくなっていることだけには気がついた。


「……皇太后陛下はただ鳥が出入りするだけで殺生をなさるようなお方でしょうか」


 宮の中にまでは聞こえないよう配慮しながら、紹藍は門番に尋ねた。


「気分次第では、あり得る。無論、自ら手を下すわけではなく、命じるとは思うが」


 その返事を得て、紹藍は道具一色の中にあった布で鳥を包んだ。


「埋葬するのか」

「私がしても構わないのでしたら。けれど、先に確認を取らねばならないことがございます」


 そう返事をしてから、紹藍は朱雀宮に向かった。

 そして紹藍は朱雀宮の手前で侍女を呼び止めた。


「赤妃様の飼われている小鳥が、殺害された可能性があります」


 紹藍はこれが間違いなく朱麗の鳥であると確信を持っているが、一般的にどこまで見ているかはわからない。本人に確認を取るべきかどうかも、受けるだろう衝撃を考えると紹藍には決められない。

 侍女は青ざめながらも鳥の骸を確認したが、はっきりとはわからなかったのだろう。鳥がいるかどうかを含めて確認すると言い、紹藍はその場で待機する。


 だが、やがて戻ってきたのは侍女ではなく朱麗本人であった。


「話を聞いたの、そんな、まさか」

「ご確認なさいますか」

「ええ」


 息を切らさんばかりの勢いの朱麗に、紹藍はそっと包んでいた布を開いた。

 朱麗は手で口を覆った。


「あ、ああ……。どうして……」

「皇太后陛下の宮で、騒動があった様子です」

「そんなことは、あり得ません……! 皇太后陛下は、そんなお方ではございません……!」


 震えながら、朱麗は紹藍の言葉を否定した。


「……皇太后陛下と、ご交流がおありなのですか」

「いいえ、ありません。ですが……そのようなことは、あり得ないのです」


 なぜあり得ないと言い切れるのか。

 そう紹藍は問いかけようと考えたが、それは一旦後回しにすることにした。口では否定していても、おそらく何らかの関わりがあるからこその信頼だろう。それを尋ねて話してもらえるとは思わない。


 だからこそ、紹藍は代わりに朱麗の耳元に声を落とした。


「成良様より、朱麗様への伝言をお預かりしております」

「このような、時に……どのようなお話を……」

「皇太后陛下にはお気をつけください、とのことです」


 紹藍の言葉を聞いた朱麗は目を見開いた。


「嘘でしょう、お兄様がそのようなことを仰るなんて」

「どうしてそのように思われるのですか」

「誤魔化そうとしないで! お兄様の名を騙り嘘を吐くことを私は許せない……!」


 そう逆上する朱麗は、今までの朱麗と全く別人のようであった。


「嘘など申しておりません」

「貴女の目的は何なの!? 私の大事な子を……本当はあなたが殺したのではなくて!? 非道だわ!」


 取り乱すこと自体は不思議ではない。

 朱麗がそれだけ鳥のことを大事にしていたのだろうということが、痛いほど伝わってくる。

 紹藍も朱麗の小鳥に対する、妹を見るような視線を忘れていない。

 だからこそ、逆に紹藍は冷静になれた。

 そして、不思議に思う。


(兄からの伝言だと言われるよりも自分の考えを信じるだけの証拠があるということも、確実なのだろうけれど……それは、何?)


 そう考えていると、朱麗は頭から簪を抜き紹藍に突き立てようとした。

 だが、令嬢の動きに遅れをとる紹藍ではない。


 下手に暴れられると朱麗自身が怪我をしかねないと判断した紹藍は、朱麗を抑えにかかった。本気で暴れようとする相手を抑えるのは紹藍にとってもかなり必死にならざるを得ない。


 侍女を呼ぼうにも、侍女は状況についていくことができないようで、ただただ震えている。朱麗の変貌に驚いているのかもしれない。足がすくんでいる。

 行儀が悪いなどとは考えられず、紹藍は思わず舌打ちをした。


「赤妃様! 落ち着いてくださいませ!」

「何を」

「『赤い胡桃の箱』、お兄様からのお言葉です!」


 その言葉に朱麗の動きが一瞬止まった。

 その隙をつき、紹藍は首の後ろをトンとたたいた。


(相手を気絶させる技っていうことで教わっていたけれど……これ、場所を当てるのが難しいから暴れている相手にはできないのよね)


 それに、後でもし暴行だと言われても同等以上の擦り傷を負っている今であれば、正当防衛の言い訳も立つだろう。


「そこの貴女、一旦赤妃様を寝台に運びます。手伝ってくださいな」

「あ、は、はい」

「それから、私は一旦離れますが……すぐ、戻ってきます」


 それが何を示しているのか、侍女はよくわかっているようだった。

 突然人が変わったかのように暴れた赤妃をそのまま放置できないことなど、明白だ。


「なんか、やだなぁ」


 報告は仕事だ。

 だから必要があることは理解している。

 それでもどこか告げ口のような気分になってしまうのは、朱麗が親しみを示してくれたこともあったからだろうか。

 尤も、最後は裏切りのように受けとられたようだったが……。


「ほんと、闇が深い場所だわ」


 蜻蛉省に戻った紹藍はことの次第を江遵に伝えた。

 江遵は少し驚いたそぶりを見せたが、すぐに人を手配していた。そして、朱麗が少なくとも朱雀宮から一時的に隔離されるだろうことが紹藍の耳に届く。表向きは病の可能性を指摘し、実際は取り調べといったところだろうかと紹藍は思いながらも、その場を後にした。


 そして道中出会った柳偉に野草の花が摘めるような場所がないかと尋ねた。


「そうだねぇ。あんまりないけど、果樹園なら小さい花ならあると思うよ」


 その言葉に従って紹藍は以前行った廃園とは異なる、しっかりと管理された果樹園に向かい、できるだけ多くの野草の花を積んだ。

 そして自室に戻った後は適度な大きさの箱を用意し、その中に花を敷き詰め、最後に鳥を入れた。


 飼い主に渡すことはできなかったが、できれば安らかに眠ってほしい。


 そう、紹藍は願った。



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