メガネと雑誌
「起っきろーい!」
「はう! ふみまへん!」
突然の大声に、ササンは飛び起きてとりあえず謝罪した。謝罪しておけば大体のことはうまくいくからである。
寝ぼけた視覚でまわりを確認すると、自分は自室のベッドにいて、そばにはパルテアが立っており、窓には昇ったばかりと思しき朝日が見えた。
ササンはぽりぽり頭を掻きながら、
「あうー……えー…………おはようございます?」
「おはよう」
「あー……パルテアさん今日も可憐な出で立ちで」
ササンはぼんやりした頭で精一杯の言葉をひねり出した。
「早朝からお世辞はよろしい」
「やっぱり早朝でしたか……」
空の色がまだ蒼いから、そうではないかと思っていた。
「で、朝から何でしょうか……ふああー」ササンは大きくあくびをした。
「職人の朝は早い」
パルテアは両手を腰に当てて自信満々に言う。
パルテアの言のどこに自信を込める要素があったのかよくわからず、ササンは少々の沈黙のあと目をこすり、
「そうですか」
「そうですかじゃない。ジル・スペクタクルと図書館とに行くんでしょ。職人どもは朝早いんだから、こっちも負けじと朝早く行くのよ」
「なんで競争する必要があるんですか……ほわわふぇー」ササンはふたたびあくびをした。
「行ってみりゃわかるわよ。さあさあ出かける準備して」
「はいぃ……。朝ごはんは?」
「外で食べるわ。はいはい起きる起きる! じゃ、事務室で待ってるから」
言うだけ言って、パルテアはササンの部屋から出て行った。
なんと朝から忙しい人なんだ。昨夜は酔っ払うわ寝ぼけるわだったというのに。
ササンは歯噛みしつつも、顔を洗い、身だしなみを整えて事務室へ赴いた。
事務室では、パルテアが自席に座って書類を眺めていた。
「お、来たね。はいこれ」
「何ですか」
唐突に渡された紙には、「『眼鏡譚』創刊号巻頭言」と書いてあった。『眼鏡譚』というのは、どうやらこれより我々が制作する雑誌のタイトルであるらしい。いつの間に決まったのかわからないが、パルテアさんがこれでいいならいいか、とササンは勝手に納得した。
書かれている文章に目を通す。
ササンにはちょっと難しい単語がいくつかあり、やや斜め読みになりながらも、興味深く読んだ。
「なるほど、これがメガネ文化論というわけですか」
「そういうこと。ま、こういうノリでやってくつもり」
小難しい感じはするが、メガネという日常的な道具を、こういうふうに文化的・社会的側面から捉えてみるというのは新鮮なもんだな。
パルテアさん、いろいろ考えてるんだなあ。一度離れてこそわかる故郷の醍醐味、だったのかもしれないな。
「ほいじゃ、これに見合うエクセレントな写真よろしくね。じゃあ出かけましょうか」
さらっと無理難題を投げかけられたぞ、とササンが困惑する暇も与えず、パルテアはきびきびと玄関へ向かった。
ササンは書類を置き、慌ててあとを追いかけた。




