メガネと神話
「まったくもー。口封じに殺されるんじゃないかと思ったわよ!」
「すみません」
落ち着きを取り戻したパルテアが文句を言うと、ミフラは素直に謝罪した。
「ミフラさんの冗談は心臓に悪いです……」
三つ目の力を放ちつつ接近してきたのは、ミフラとしては軽い冗談のつもりだったのだ。もとより荒事は好まず、パルテアたちにしても過度に巻き込まず、穏便に済ませたかったのだという。
「わけを説明してもらえると思っていいのかしら?」
「ええ。しかし聞いてしまうと後に引けなくなるかもしれませんよ」
「これだけ巻き込んでおいていまさら……」
「それはそうなのですが。私としては、この<石>を回収できたところで、皆様方には一旦お役御免とさせていただこうと思っていましたので」
ミフラの手の上でレンズの欠片が浮かび上がり、踊った。
ミフラにしてみればわかりやすく<石>を見せたつもりだろうが、この光景ですら、パルテアとササンには十分に魔術的だ。
「ここで終わりってんじゃ生殺しだわ」
「ですね」
「ふむ。仕方ありませんね…………。では、説明いたしましょう。まずは我々自身のことから簡単に――」
ミフラとその仲間たちは、パルテアたちにとっては気が遠くなるほど昔、天からやってきてこの星に降り立った。ミフラたちは天を旅する種族で、ここにはその中途で立ち寄ったに過ぎなかった。
逗留の間、現地人とささやかに交流を持つのが種族の楽しみであった。ここは居心地がよく、長逗留になった。ミフラたちはその不思議な力で時折人々を助けたので尊敬された。ときに「有翼人」と呼ばれ、ときに「神」と崇められた。
しかし同じところにずっと留まることはない。旅を続けるのが種族の生き方だ。翼を広げ、ミフラたちはひとりまたひとりと天空へ飛び去った。
最後に残ったひとり――その者の名はヴァイユといった――は、仲間たちがすべて去ったのを見届けたあと、その星で交流した人々に自らの力を封じた<石>をいくつか渡した。そして、彼も飛び去った。
「長い旅ののち、ふたたびこの星を訪れた我々は驚きました。微弱ながら、我々の力が感じられたからです。各地の様子を探ると、どうもその力によってさまざまな事件が起きているようでした。そこで初めてヴァイユは、自分がやったことだと言いました」
「そのヴァイユってのは、なんでそんなことを?」
すでに半信半疑で聞いていたパルテアだったが、一応それを態度に出さないで尋ねた。
「ただ、気まぐれ、と」
「はぁ?」
「彼はそういう男なのです。風のように、あちらへ吹いたかと思えばこちらへ流れ、その時々を気ままに楽しむ。曰く、この星はなかなか混沌として面白い、ここに自分が力を投じれば、もっと混沌としそうだ、果たして暴風となるかそよ風となるか、いままで楽しみにしていたのだ、と」
「なんつー迷惑な……」
「現地人と交流するのは我々の重要な生き方ではありますが、混乱をもたらすのは本意ではありません。彼のやったことは度が過ぎていました。しかし彼はあっという間に姿をくらましてしまい、その後は力の発現も抑え、この星の人々の中に紛れてしまったのです。致し方なく、我々はまず<石>を回収することにしました」
「そこでわたしたちが出てくるわけ?」
「はい。<石>は各地に散らばっていて、年月を経ているせいか力の反応は弱く、はっきりと探知するのは困難でした。それで、現地人に情報収集を手伝ってもらうことを考えたのです」
「なんか……ずいぶん気長な感じがするんだけど」
「そうですか? ふむ。私たちはあなた方よりずっと寿命が長いので、そのせいかもしれませんね」
「それで、『仮面の君』はその<石>の力を使って、女性を誘惑したりしていたということになるわけですか」
ササンは、ミフラの話と、エリズから聞いた神話の一致に内心驚きながらも、さしあたりの疑問を口にした。
「このあたりの山に<石>が埋もれていたようです。それを掘り出した者がレンズに加工してしまったのです。おかげで余計に力の反応が微弱になって、手間取りました」
パルテアとササンは顔を見合わせた。ギルがメガネを作って様子がおかしくなったのは、そういうことだったのだ。
「最初はギルという者が、次はディラボーという、そこの男が悪用していたようですね。それ以前には、何度か戦争の種になったこともあったようです」
物騒なことを言い添えながら、ミフラは倒れている男――『仮面の君』を指差した。
「ディラボーはギルが使っていたレンズをどうやって手に入れたのかしら」
「はっきりとはわかりませんが、何か暗い部屋――倉庫でしょうか? そのような場所で見つけた記憶が破片からは感じられます」
「パルテアさん、あれですよ、工房の増築の時の」
「ああ……そういうことか」
ディラボーは倉庫整理を任されていたという。おそらくその中で見つけたのだ。もしかすると、その倉庫は「古層」に繋がっていて、そこにギルの隠れ家があったりするのではないか。実際に見つけたのはそこで、なのかもしれない。
パルテアはそう想像し、足の下にも広がっているであろう、サヴァー迷宮の業の深さを痛感した。この面倒な町が、余計面倒なことを引き起こしていたというわけだ。パルテアは、改めてうんざりした気持ちになった。
「あれ?」
「どしたのササン君」
「旧『仮面の君』であるギルがいろいろやらかしたわけですけど、しばらくすると出没しなくなったんですよね? どうしちゃったんでしょうか」
「ああ、それはおそらくですが、この<石>の力を使いすぎたのでしょう」
「それはどういう――」
「ごく大雑把に言うとですね、こういった力は、寿命と引き換えに使うのですよ。何度も使っていれば、そのぶん老化が早まってしまいます」
「えええええ、じゃ、じゃあ、ギルは……」
「かなり早いうちに亡くなったのではないかと」
「うわあ……それで遺体は見つからずじまいですか」
パルテアはそこまで聞いて、先ほど想像したことを思い返した。
本当に倉庫からギルの隠れ家に行くことができて、そこに白骨が転がっていたりするのかもしれない。なんとも恐ろしい話だ。そのままそっとしておいたほうがいい気がした。
「それからもう一つ。えーっと、そう、長老、長老ですよ。長老が最近ギルを見かけたっていうあれは、いったい何だったんでしょう?」
「このレンズの主な効用の一つに、<人の望むものを見せる>というものがあります。それを使って、『仮面の君』は、女性を籠絡していたのでしょう。その、長老という方にとっては、ギルなる者が憧憬の対象だったのでは?」
そういえばそんなことを言っていたな、とササンは思い出した。
女性に人気があり、工房も成功し、そしてそんな憧れの姿のままで突然消えてしまった過日の理想。それは長老の心の奥にずっと潜み、消化されないまま、今頃になって現れた。それは幻であったが、長老の心にとっては幻ではなかったのだ。
「罪深いことをしでかしたものね、このレンズは」
「こういう<石>がまだ各地に残っています。そう簡単に使いこなせるものではないものの、どこでどんな事件の原因になっているやら。仲間が探していますが、やはり発見には苦労しているようです」
「……ふう。一応ここまで聞いてはみたけれど……なんとも荒唐無稽な話ね」
「そうなのでしょうね」
「まー、この世界にだって、前人未踏の地があって、そこには一つ目の種族がいるとか怪獣が棲む金山があるとか、本当かどうかはともかく、そういう話はあるんだけどさ。そっかー、空からかぁ……」
パルテアは空をあおいだ。
澄み切った青空だ。遠くからにぎやかな歓声や音楽が聞こえる。子供のころから何度も繰り返し見てきた風景であり、繰り返し聞いてきた騒音だ。こんな何でもない生活の中に、こうも謎が潜んでいようとは。
もしかしたら、亜人や心像機の存在だって、その<石>とやらが関係してるんじゃないかとさえ思えてくる。
「しかし、ぼくたちは先ほど目の前で見せられてしまいましたからね……」
「ねー。こんなこと、話しちゃっていいの?」
「さて。まあ、いいのではないでしょうか」
「……なんか、軽いのね」
重大な秘密を聞かされている気がしていたが、ミフラがいたって平然としているので、パルテアは胡乱な目をした。
「ヴァイユの件がありましたから多少神経質になってはいますけれども、それほど組織立って秘密主義にしているわけではありませんから。もとより我々は、交流を旨としていますし」
そんなことだからそのヴァイユとやらがこんなことやらかしたんじゃないのか、とパルテアは思ったが、口には出さなかった。
代わりに、別の疑問を口にした。
「ところで、パーランダって社名は何か由来が?」
「昔、あなた方からいただいた我々の名前です。いまとなっては古語ということになるのでしょうか。意味は、翼を持つ人、だったかと」
同じ意味の単語をパルテアは知っていた。有翼人。子供のころ聞かされたおとぎばなしに出てきた言葉だ。そういうわけか。
ああ、本当に、神話が目の前にある。
「――さて、ここからが本題です」
ミフラの言葉に、パルテアとササンは思わず姿勢を正した。
「この<石>探索を今後も手伝っていただきたい、ということです。しばらくはここで雑誌発行の体裁をとりつつ、この騒動の鎮静化の様子を見定めます。その後はほかの町に移り、そこで調査に協力してもらうことになるでしょう。雑誌発行という形になるかどうかはわかりませんが」
「やるわ」
「パっ、パルテアさん?」
パルテアのあまりにもな即答に、ササンは驚きの声をあげざるを得なかった。
「……もう少し説明しようと思っていたのですが……」
ミフラは苦笑し、せきばらいをした。
「首尾良くすべての<石>が回収できたとして、そのあとにはヴァイユ捜索もあります。一生をかけても成し遂げることはかなわないかもしれません。いえ、もちろん、死ぬまで協力しろと言うつもりはありませんが」
「一生かけての追いかけっこってわけね。上等だわ」
ミフラは、ここまで説明した以上、半強制的に協力してもらうつもりではあった。が、パルテアの態度があまりに変わらないため、少々困惑した。
「ヴァイユの考えることは予測できません。危険なこともあるかもしれませんよ」
ミフラの再度の注意に、パルテアは腕組みして若干沈黙し、
「…………。――ちょうどね、この人生、何か賭けられるものがあればって、思ってたのよ。もしもそんなものがやってきたら、細かいことなんて考えないで、素直に乗っかってやろうって思ってたの」
すっきりとした笑顔で答えた。
「…………。そうですか、わかりました」
パルテアの意志をたたえた表情に、ミフラは一応の納得をする。
「ササン君はどうする? 話は聞いてきたものの、まだまだわからないことはあるし、決められないかもしれないけど」
パルテアに水を向けられ、ササンは一旦は目を伏せた。
が、すぐに顔を上げて、にこやかに言った。
「聞いたら後に引けなくなるって言われた後ですしねえ」
「あら、気楽な感じなのねずいぶん。いいの? 前途ある若者としてはさ」
「パルテアさんだって十分若いでしょう。年齢知りませんけど。自分だけおもしろいことに首突っ込もうってんですか?」
「でもさ、ササン君はこれから学校に戻って、正式な写真師を目指すんでしょ?」
「写真師はおもしろい写真撮ってなんぼです!」
目一杯胸を張るササン。その堂々たる姿に、パルテアは肩をすくめて、
「はー……。まったく最近の子は。わたしがササン君ぐらいのころってそんな無鉄砲だったかしら」
「サヴァーを飛び出したんでしょ。無鉄砲です」
「そうだった!」
パルテアとササンは笑い合った。笑い声が路地に響いた。
二人の様子を見て、ミフラは呆然としつつ、感心もしていた。
この星の人々のこういう気質が、ヴァイユを惹きつけたのかもしれないな、と思う。
いまごろ、ヴァイユはどうしているだろう。大地の果てで、何食わぬ顔で伝説を作り出しているのではあるまいか、そんな想像をする。
ヴァイユを追うのは困難を極めるだろう。漂泊の民である我々の中でも、きっての流浪者だ。彼を捕まえることができるのはいつになるのか、見当もつかない。本当にパルテアたちを巻き込んでよいのだろうか。
「なにムズかしい顔してるのよ、局長」
「いえ……協力してくださるのはありがたいのですが、まだまだ先は長いですし、本当によいのかなと」
「だいじょうぶ! きっとね、そのヴァイユってのを探すのも、そのうち楽しくなってくるわよ」
パルテアの断言ぶりは、自分に言い聞かせるようでもあった。
「楽しい……。そういうものでしょうか」
「そうよ。きっとそいつは、あっちこっちで謎を生み出してるに違いないわ。冗談みたいに複雑に絡み合った驚異の数々が目の前に示されてる。そういうのをひとつひとつ辿って追っかけるなんて、ちょっとした生き甲斐じゃない?」
「生き甲斐、ですか。……ふふ、そうかもしれませんね」
ミフラの脳裏に、悪戯っぽく笑うヴァイユの顔が浮かんだ。手がかりは残しておいてやったぞ、さあ捕まえてみな、と言わんばかりの。そう、いつも彼はそういう顔をしていたのだった。彼が吹かす気まぐれ風はささいな理屈などものともしない。彼はよく言っていた、「すべてのことは風に過ぎない」。
「そうよ。生き甲斐! ねっ、ササン君」
パルテアが同意を求めると、ササンはあっけらかんとして、
「ぼくがついて行くことに決めたのは、パルテアさんと一緒にいられるだけで生き甲斐たっぷりだからです」
パルテアはずっこけそうになった。ササンはもちろんその姿を写真に撮った。
「おや」
ミフラが感心したような声をあげる。
「そういうのはもういいって言っただろ!」
パルテアは顔を真っ赤にして、ササンのこめかみに拳頭をねじ込んだ。




