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メガネ神話紀行  作者: 北条三蔵
最終章
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23/23

エピローグ

 その後、『仮面の君』騒動の経過を見定めているさなか、ササンが想像していたよりもずっと早く、エリズがサヴァーを発つ日が来た。

 エリズは、パルテアと二人きりで話す機会も幾度かあり、いろいろと考えるところがあったようだが、結局一人であちこち見て回ることにしたのだという。

 よく晴れたその日、パルテア、ササン、クーシュの三人は、エリズを船着き場まで見送りに来ていた。例によってミフラはどこへ行ってしまったのかわからない。

 強く日が照り、あたりには水鳥の鳴き声や、行き交う人々の足音が騒がしく響いていた。

「いやはや、決断が早すぎますよエリズさん」

「まったくだわ」

「ニャ~」

 クーシュは何を言いたいのかよくわからないが、残念がってはいるようだった。

 パルテアとササンは当初知らなかったのだが、クーシュとエリズは、クーシュがミニコミ誌を図書館に寄贈に行って以来、付き合いがあったらしい。

「クーシュ、これを」

 エリズは衣嚢から封書を取り出し、クーシュに渡した。

「図書館長への紹介状よ。きっとパルテアはまたどこか行っちゃうから、そのときのために次の職場を確保しておかないとね」

「ニャウ~。ありがとですニャー」

 クーシュは軽やかにジャンプしてエリズに抱きついた。

 エリズは困ったような顔をしてクーシュを受けとめ、少し撫でてから下ろした。

「人を根無し草みたいに言わないでよ」

 パルテアは不満げな顔で言う。

「あら、違ったの?」

「……まあ、どっか行く予定だけどさ」

「でしょう」

 エリズはそう言ってわずかに口元をほころばせた。

 パルテアは、ミフラとの約束により遠からずサヴァーを離れることについては、エリズに伝えていない。が、エリズからすれば、パルテアが一つ所に留まるわけがないのは常識といえた。

「ほっつき歩くのはわたしの仕事だと思ってたのに」

 パルテアは爪先で地面を蹴った。

「帰る場所は、自分で作るものよ」

「ふん。生意気言っちゃって」

 パルテアは恥じるように視線をそらした。

「どこか旅先で逢うこともあるでしょう」

「……そうかもね。あなたとわたしの幸運を祈るわ」

 パルテアとエリズは、どちらからともなく手を差し出し、固く握手した。

「で、ササン君はパルテアについて行くんでしょう?」

「ご、ご慧眼で」

「パルテアをよろしく」

「どちらかといえばよろしくされたいです」

 ササンが軽口を叩くと、エリズはササンにぐっと顔を近づけて、

「ばかね」

 と言って微笑んだ。

 それは確かな笑顔だった。

 もったいないと思ったけれど、ササンはそれを写真に撮らなかった。

 

 それからエリズは、大きな旅行鞄を抱え、船に乗り、一度も振り返ることなく行ってしまった。

 船の警笛だけが、見送った者たちに届いた。

「まったくもう。別れ際まで素っ気ないんだから」

 少し震えたような声だった。

「パルちゃんさん、泣いてもいいですニャ」

「うっさいうっさい。どうせそのうちわたしも出て行くんだからね!」

「泣き顔は撮ってませんでしたね。ではここでひとつ」

「うっせーうっせー。ほらほらっ仕事に戻るよ!」

 振り切るようにしてパルテアは船に背を向けた。そして思う。

 世界は広くて深い。わたしも旅に出れば、二度とエリズに逢うことはないかもしれない。

 ならば、このままサヴァーで待っているべきだろうか?

 いや、そんなこと、わたしにはできそうにない。たとえ局長との約束を反故にしたとしても、書きかけのサヴァー文化論がひととおり終われば、わたしはきっと、ふいっとどこかへ行っちゃうに違いない。

 それはどうしようもなくそうなのだ。

 風が吹いたら、わたしの心は勝手に帆を張って、どこへとなりと飛んでいってしまう。

 淋しいけれど、心細いけれど、それはきっとそうなのだ。

「…………ササン君」

 パルテアは早足で歩きつつ、ササンのほうをちらと見て、また前を向き、聞こえてなくてもいいやと思いながら、言った。

「ちゃんとついてこれるんでしょうね」

「愚問です」

 ササンもパルテアのほうを見ずに言った。

 その視線の交わらなさが嬉しくて、地面を踏みしめる足に力がこもった。



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