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メガネ神話紀行  作者: 北条三蔵
第1章
2/23

メガネと町

 タラップを降りると、あたりには魚のにおいが漂っていた。港には何艘もの船が舫われており、船小屋もいくつか見えた。パルテア曰く、湖近くの家はみんな船を持っていて、漁をしているとのこと。

 入市手続きを終え、港を出た。

 山にへばりつくようにして、家々が建っている。家の上のほうを見れば板葺き屋根が多く、素朴で落ち着いた雰囲気だ。下のほうは石造りで、生えた苔が歴史を感じさせる。

 そういった建て増しの家がひしめき、また少し山の斜面を上がれば同様に家が建っている。家でできた塔のような建物の林立状態だ。

 家と家の距離は近く、少し離れたところから見ると、一つの家なのか二つの家なのか、はたまた三つか四つか、よくわからない。

 そして間を縫うように道が走り、時には川があって橋が架かり、なんだったら家と家の間にも橋が架かっていたりする。なんとも混沌とした風景だ。

 人種が雑多というパルテアの言葉どおり、亜人(獣人とも呼ばれる)が歩いているのが見えた。鳥族と猫族が多いようだ。

 その亜人にしても、単なる二足歩行の動物と見えるものから、ちょっと毛深くてしっぽが生えている程度のほとんど人間と変わらないものまで、さまざまだ。

 建て増しの上に建て増しされた、雑然とした建物の風景が、いろんな人種を引き寄せているのかもしれない。

 例えがたい奥深さと、何者も受け入れる懐深さを感じさせる、不可思議な町並みをたたえていた。


「おなかすかない?」港を離れてまもなく、パルテアが言った。

「少し。もうすぐ夕方ですしね」

 湖のほうを振り返ると、日光の反射も手伝ってまだ明るく見えるが、太陽は低い位置に来ていた。

「せっかくサヴァーに来たんだから、フリット食べましょ。おごってあげる」

「フリット?」

揚げ芋(フライドポテト)のことよ」

「こっちではフリットっていうんですか」

 ササンがそう言っている間に、パルテアは売店の前に立っていた。

「小二つね。一つは、刻み揚げピクルス入りのトマトペーストソース。胡椒を一振りして」

「通だねぇねーちゃん」

 にやりと笑った色黒の店員は、トッピング用のピクルスを手早く揚げ油に通して、包丁でざく切りにし、ソースをすくった大振りのスプーンにふりかける。

 それを、小サイズという概念を冒涜するほど紙袋に詰まった揚げ芋(フライドポテト)に向かってぶちまける。最後に胡椒を一振り。

 この町の習俗を知らないササンにも明らかにそれとわかる、ちょっと手間をかけた「裏メニュー」だ。

「ピクルスを揚げてもらうのがキモなのよ。ササン君はソースどうする?」

 自慢げに言うパルテアに気後れしつつ、

「し、塩で」とササンは答える。塩、すなわちソースなし、である。

「無難に行ったわね。サヴァーのフリットは多彩なソースが売りだから、次からいろいろ試してごらん」

「は、はい」

「あいよっ。塩お待ちね」

 やはり揚げ芋(フライドポテト)の大群を受け取るササン。

 そうか、これを食べ切るためのソースでもあるんだな……と受け取ってから理解したが、後の祭りである。

 こんな量をおやつにするとは、これが職人の町らしさということか。

「じゃ、食べながら行きましょ」

「えっ。このままですか」

 売店の食事スペースに座るものだと思っていたササンは驚いた。着くまでに食べ切れるのだろうか。

 ササンが思案している間にも、先を行くパルテアはフリットをひょいひょい口に運んでおり、見る見る量が減っていっている。

 これがサヴァー流か……。

 どんなところにも、その土地なりのスタイルがあるものだ。ササンは手近な塀の上にフリットの袋を置いた。そして、久しぶりのフリットに舌鼓を打っている様子のパルテアの後ろ姿を、こっそり写真に撮った。サヴァーでの、最初の一枚。サヴァー・スタイル。そんな写真タイトルを思い描く。

 と、パルテアがふいにササンのほうを振り向いた。

「ま~た勝手に撮っただろー」

「うひっ」

 心像機(カメラ)を感じ取る器官でもあるというのだろうか……?



 きょろきょろしてると迷子になるからちゃんとついてきてね、とパルテアが脅すので、ササンは道中景色を楽しむ余裕はなかった。

 しかしそれでも町行く人の姿は目に入ってくるもので、人種だけでなく、多様なメガネをかけた人々の姿が、ササンの興味を引いた。

 単眼鏡、赤や青や緑や黄色のレンズ、フレームが蝶や鳥の形をしたもの、花びらのような、貝殻のような風合いのものがフレーム全面に付いているもの、虫眼鏡を二つくっつけただけにしか見えないもの……そのようなメガネは、まだしも理解ができた。ササンは自分の理解力と寛容さに自信を持ってしまったぐらいである。

 しかしながらサヴァーはレベルが違った。

 つば広の山高帽をかぶった、立派なひげの男性。ああメガネをかけているなと思ってよく見ると、そのメガネは帽子のつばからぶら下がっていた。つばから細い金属の棒が二本垂れており、その先端にレンズのフレームがあるという按配だ。

 普通のメガネのようなテンプル(つる)はなく、当然耳当てもない。帽子とメガネが一体になっている。正しい向きで帽子をかぶれば、眼球の前にちょうどレンズが垂れ下がって来るというわけだ。

 どうかしている。

 ものすごく近寄って観察し写真の十枚や二十枚は撮りたかったが、

「おーい迷子になるよー。死ぬよー」

 などとパルテアが言うので慌ててついていく。死ぬのか。


 大きな通りを歩いていたかと思ったら路地に入り、かと思えば道などないように見える家の裏側に回り込んでいて、階段を上がったと思ったら下りており、気がつけば屋根の上を歩いていた。そのほかにも、なんだかとんでもないところを歩いた気もする。

 もはやどこをどう歩いているのかわからず、したたかに不安になってきたため、ササンはパルテアの後ろ姿だけを見ることに専心した。

 時折ひるがえるケープに瞬間の美を感じ、心像機(カメラ)を取り出そうとするとなぜかパルテアが振り返るので、それについてはすぐに諦めた。


「ええと……あれがパーランダね」

 パルテアは住所のメモを見つつ、年代物の、赤茶色の三角屋根を指差した。

 ササンはといえば、その台詞を聞いて、あと三口ほどのフリットを急いで口に詰め込んでいた。

「ふう。なんとか到着前に食べ終えられた。ちゃんと口のまわり拭いとかなきゃ」

 ササンが服の袖で口をぬぐおうとすると、

「これから会社で働こうってやつが汚らしいことするんじゃないの。ほら」パルテアがハンカチを投げて寄越した。

「あっ。す、すみません。洗って返しますね」

「気にしなくていいわよそんなの。どうせこれから、何ヵ月だかわからないけど、一緒に生活するんだから」

「あ……そっか」

 パーランダ社の募集要項には、社屋内に住み込み可とあった。余剰資金などないササンにとっては願ってもないことだったため、一も二もなく飛びついた。

 いまの口ぶりからすると、パルテアも同じらしい。ということは、である。一つ屋根の下。美女と。

 それはたいへんすばらしいことではないだろうか。

 すばらしいことでないわけがない。

「いま何か変な想像した? したよね青少年?」

 パルテアはにやにやしている。

「……はい!」

 ササンは真っ正直に返答した。

 予想外の答えにパルテアは呆気にとられたが、ササンの目はまったく輝いており、そこには迷いの色は見られない。

「……ササン君はちょっと婉曲表現を勉強すべきね。馬鹿なこと言ってないで、行くよ行くよ」

「これから楽しみですね!」

 ササンは意気揚々と歩き出す。

「わたしは不安になったわ」

 転職先を目と鼻の先にして、ちょっと失敗だったかなと思うパルテアだったが、すぐにパーランダ社の玄関に着いてしまった。

 会社といっても個人経営、一般住宅と何ら変わらない木の扉である。彫り込まれた装飾はくたびれていた。

 パルテアが扉の横に備え付けられた錫色のベルを鳴らすと、中でばたばたと足音がしたあと、

「はいはいですニャー」

 と高い声が聞こえ、扉が開かれた。

 姿を現したのは、ササンよりもさらに背の低い、かわいらしい猫亜人の女の子であった。ほとんど人間と同じだが、ところどころ毛深く、まごうことなき猫の耳が頭頂部に二つあった。元気そうなくりっとした目に、肩に届かないほどのざんばら髪。

「もしかして今日から入社するというおふたりですかニャ?」

 猫亜人の女の子は、パルテアとササンの姿をすばやく見回した。

「そうよ」「きょくちょー! 来ましたニャー! あ、いらっしゃいましたニャー!」

 パルテアが答えたのをろくに聞きもせず、猫亜人の女の子はしっぽを振りながら奥へ走って行ってしまう。

「おお……本物の亜人だ……」

 いつの間にかササンは心像機(カメラ)を構えており、走り去る猫亜人的後ろ姿を写真に収めていた。

 おそらくはブレてまともに写ってはいないだろうが、「撮るべきだと思ったら撮れ。即座に撮れ。写らなくても撮れ」という学校での教えによる強固な条件反射は、そんなことを意にも介さない。

「何よいまさら。道すがら何人か見たでしょうが」

「いやあ故郷にはあまりいなかったので、こう間近に見るとつい。通行人をバシャバシャ撮るのはちょっとはばかられますし」

「じゃあ船でわたしを撮ろうとしてたのは何だったってーのよ。ササン君の倫理観はちょっとわからないわ」

「人の数だけ深遠なる倫理観があるのですよ」なぜか得意げにササンは言う。

 ササンの生意気な言葉を聞いてむかっときたパルテアは、ふたたびササンのこめかみに拳頭をめり込ませた。

「あびゃびゃびゃびゃ」

 ササンの苦悶の声がとどろく中、

「おふたりさニャー! ニャ? おふたり様ー! 入ってきてくださいニャー」

 先ほどの猫亜人の女の子の声が届いた。


 パルテアとササンが足を踏み入れると、床板がギッと鳴った。

 中を見渡すと、事務机が三つ視界に入った。そのうちの一つは書類らしきものが机上にあって、まさに使用中といったおもむきだった。おそらくさっきの女の子のものだろう。

 ほかには編集と印刷作業用の機材、キャビネット、来客用と思しき長椅子とテーブル。什器類。どれも簡素なものではあるが、「結構ちゃんとしてるのね」とパルテアは感心していた。

「こちらへどうぞですニャ。局長がお待ちですニャ」

 奥への通路のそばに猫亜人の女の子は立っていた。

 その通路に入ってすぐのところにドアがあり、「そこが局長室ですニャ」との言葉に導かれて、パルテアはドアノブを回して中に入った。ササンがそれに続き、猫亜人の女の子も入室する。

 局長室はまったく殺風景で、先ほど見た事務机と同じものがあるほかは、さしたる調度品はない。「長」が付くのだから多少なりとも豪華なものがあるだろうとササンは勝手に期待していたが、そのようなものは見受けられなかった。あえていえば、椅子に肘掛けが付いていることぐらいか。

「お待ちしていました」

 座っていた女性が、声を発した。粗末にも見える社屋に似つかわしくないほど、荘厳な響きを持った声だった。

 あごのあたりで淑やかに切り揃えられた黒髪と、神秘的な黒色をした切れ長の目。その上に、繊細な彫りの頭環があり、額はほとんど隠れている。

 優美な鼻筋と口元を備えた顔立ちは、このあたりの人間には見られないものだ。

 あちらこちらに金銀の刺繍があるローブのような大仰な服装然り、そういった部分だけを取り出せば、「場違い」と表現するのが適切な風貌であったが、どういうわけか相対する者にそう感じさせない、不思議な親しみやすさを放っていた。

「局長のミフラです。パルテア殿、ササン殿ですね。そちらは、」

「クーシュですニャ。おふたりのことは局長から聞いてますニャ。よろしくよろしく」

 局長が紹介する前に元気よくクーシュと名乗った猫亜人の女の子は、パルテアとササンの手を取って強引に握手する。

 ササンは、「肉球、ないんだな」と心の中で勝手にショックを受けていた。

「お二人の待遇と仕事内容は事前にお知らせしたとおりですが、その他詳細はこの書類に書いてあります。どうぞ」

 ミフラは机上の書類を二人に渡し、言葉を続ける。

「雑誌の内容について改めて説明しますと、この町の風物や日々の出来事を扱う、というのが基本コンセプトです。それさえ守られていれば、ほかは原則自由にしてもらって構いません。私からは誌面について口出しすることはほぼないでしょう。私は金主(スポンサー)との窓口に過ぎないと思ってもらって結構です」

 それは破格の申し出だった。

 なるほどこれか、とササンは得心した。

 おそらくこの、「自由にやってよい」というところに魅力を感じてパルテアは転職を決めたのだろう。

 どんな会社でも、納得しがたい方針に従わなければならないことは多々ある。そういったことがなく、好きなように記事が書けるのだから、ほとんどライターだったというパルテアにとってはやりがいのある職場ということになるわけだ。

 太っ腹な金持ちもいたものだ。

 ササンとしても、こんな環境で研修ができるとは、願ったり叶ったりである。

「庶務や営業等はクーシュ殿が担当してくれます。パルテア殿は編集記者、ササン殿は写真師として、誌面づくりに専念できることと思います」

「クーシュは以前ミニコミ誌を出してたことありますニャ。お手の物ですニャ」

 クーシュはパルテアの両手を取ってぶんぶん振り、「任せとけ」と意思表示をした。パルテアはそんな猫族の所作には慣れたもので、「うんお願いねー」と気軽に返した。

「ちょっと訊いてもいいかしら。局長っていうのは? 他に支局があるの?」

「ああ、それには説明が必要ですね。金主(スポンサー)はたいへんな資産家で、近年は文化事業に興味を持っています。各地で会社を立ち上げ、出版をはじめさまざまな事業を試行しています。つまり、パーランダ社の支局があちこちにあるということです。それゆえ私は局長という肩書きになるわけですが、好きなように呼んでいただいて構いませんよ」

「了解したわ、局長。あと、いらない心配かもしれないけど、サヴァーでは雑誌は大変よ。サヴァー人はメガネ作ることにしか興味がないんだから」

「おっしゃるとおり、出版業はあまり盛んでないようですね」

「この手の仕事はサヴァーじゃ競争相手が少ないから、始めやすくもあるけど、消費者としてのサヴァー人の性格からすると、続けるのが難しくもあるのよね」

 パルテアは腕を組んで不満げに唸った。

「ええ、そこは了解しています。それゆえ、サヴァー出身で、著名な雑誌で活躍しておられるパルテア殿をお呼びしたのですよ。あくまで試行という位置づけで、種々の事業の経験を積むというのが目的ですから売り上げは問題としませんが、できるだけ長く続けてほしいですからね」

「確かにサヴァーじゃちょっとニュースを収集するのにも一癖あるからね」

「経験者のパルテア殿、クーシュ殿には期待していますよ。ササン殿も、これを機会に写真師として多くの経験を積まれるとよろしいでしょう」

「ありがとうございます。でも、二人は経験者なのに、ぼくは半人前で本当にいいんでしょうか?」

「わたしがそれでいいって言ったのよ」パルテアが口を挟んだ。

「パルテアさんが?」

「サヴァーを新鮮な目で見てもらえるかなと思ってさ。それにまあ、わたし個人としても、緊張しないで済みそうだしね。前の職場は、なんかこー、プロが集まってピリピリしてるっていうかね、そんなだったからさ。せっかく好きに書けると思って帰ってきたんだから、気楽にいきたいわ」

「わかりました。そういうことなら、緊張緩和要員としてがんばりますよ」

 ササンは朗らかに答えた。

 腕前が求められているわけでないのは少々残念だが、何せこちらは中等課程を終えたばかり。無駄なプライドを発揮しても仕方がない。何であれ、必要な役割をしっかり果たそう。

「がんばってフニャフニャしていきましょうニャ」

 クーシュが今度はササンの手を取ってにこやかに言った。

「えっ。あっはい」

 ササンは曖昧にほほえんでうなずいた。

 がんばってフニャフニャ…………ああ、緊張緩和ってことか。

「お二人とも長旅でお疲れでしょう。クーシュ殿、部屋のご案内を」

「はいですニャ。パルちゃんサンちゃん案内しますニャ」

「誰がパルちゃんか」

「サンちゃん……」

 二人の不平にはまったく聞く耳持たず、颯爽と局長室を出るクーシュ。

「別便で届いたおふたりの荷物は運び込んでありますニャ」

 局長室を出てすぐ、廊下を少し奥へ進んだところに部屋が二つあった。局長室に近いところがパルテアの部屋、より奥がササンの部屋である。どちらも内装、設備は同じで、ベッドに机、棚がある程度の質素なものだ。

「クーシュはミニコミ誌をやってたんだって? どういうの?」

 部屋と設備を案内されながら、パルテアが尋ねた。

「ご近所ネコマップと、あと、サヴァーおいしいもの紹介、という名のゲテモノ屋台紹介とかですかニャー」

「あー……」

「ゲテモノ?」

 呆れつつも納得している様子のパルテアを見て、ササンは不思議がる。

「サヴァーは人種が雑多じゃない? だもんで、どこの土地の料理だかわかんない、変なもん出す店がたまーにあったりするのよ。まあ、ササン君も気をつけてね。食べても健康に影響はないと思うけど。たぶん。きっと。だったらいいな」

「うへえ」

「よかったら案内しますニャ?」

 クーシュは純然たる善意の目をしていた。

 人間とは少し異なるその瞳で見られると、どういうわけか提案を受け入れないといけないような気がしてきてしまうが、ササンはぐっとこらえた。

「い、いや、遠慮しときます。………………でももしかしたら世にも稀な写真が撮れるかもしれないし、後学のためにも……」こらえきれていなかった。

「何の学になるのやら。わたしとしてはご近所ネコマップのほうが気になるわ。きっと猫族ゆえの重要機密情報があふれているんでしょうね……!」パルテアは陶然として想像する。

「『猫にしか通れない! サヴァー迷宮ケモノ道大全』っていう記事は結構ウケがよかったですニャー」

「聞き捨てならないわね。すごく読みたいわ」

 多層構造家屋迷宮のせいで迷子になった過去を払拭しかねない良企画だとパルテアは思った。

「結構おもしろい内容じゃない。どうしてやめちゃったの?」

「メインで執筆してた友達がサヴァーから引っ越すことになっちゃったんですニャ~。ちょうど資金が尽きそうだったってのもありますけどニャ」

 ミニコミ誌のような小さい媒体の弱点はこういうところにあった。

 せっかく独特な味のあるものが作れても、メンバーのちょっとした事情で、すぐに続けられなくなってしまう。

 また、売上が良いといっても、莫大な利益が得られるわけではない。

 あとを引き継いでくれる者が見つかることも稀で、一人抜けただけですぐに破綻してしまうのである。

「だいたいは図書館に寄贈してありますニャ。で、お風呂とかはこっちですニャ。クーシュも実はパーランダ社に入って一週間も経ってないから、設備のことはよくわからないですけど、たぶん生活に支障はないと思いますニャ」

 部屋の向かいにある浴室や洗面等を案内しながらクーシュは言う。

 若干古めかしくはあるが、確かに問題なく生活していけそうだとパルテアは思った。なんといっても勝手知ったる町だ。足りないものはあとから揃えていけばどうとでもなるだろう。

「ササン君」

「はい?」

「お風呂、覗くなよ」

「その手があったか」

「おい」

「レンズの曇りには気をつけまいたたたた」

 看過できない発言であるため、パルテアはササンの耳を強烈に引っ張って反省を促した。

「冗談ですお茶目ですボケですツッコミですすみませんすみまあいたたたた」

「ふたりは仲良しさんですニャー」

 クーシュはのんきに笑う。

「わたしたちはここに住むけど、クーシュは通いなの?」

「すぐ近くに住んでますニャ。お招きしたいですけど、番長猫屋敷だからオススメできないですニャ」

「番長猫屋敷って何よ」

「それは猫族のタブーなのでお答えいたしかねますニャー」

 じゃあなんで言ったんだ、と口に出しかけたが、亜人にはいろいろ謎の風習や信仰があるからなー、と思い「へ、へー」とだけパルテアは返した。

「さて、じゃあこれからどうする? 歓迎会……ってわたしは迎えられる側か。懇親会でもする? 局長も行くかしら」

「局長はいつも知らない間にどっか行っちゃいますニャ。たぶんもういなくなってると思いますニャ」

「え」

 驚いてパルテアとササンが局長室へ駆けつけると、すでに局長の姿はなかった。

「いつの間に……」

 しゃべっていたから物音に気づかなかった可能性はあるが、それにしても、最初から誰もいなかったかのような有様だ。

「やっぱりいなくなってますニャ。ふしぎふしぎ。ニャハハー」

 あとから来たクーシュが局長室を覗いてころころ笑う。

「うーんなんとミステリアスな。ミステリアス女性すばらしい……いなくなる瞬間をこっそり写真に収めたい……」

「何であれこっそりはやめよう、な?」

 観点のおかしいササンのほっぺたをパルテアがつねる。あうーと声をあげるササン。

「いつもこんな感じですニャ。ちょっと目を離すと消えちゃいますニャ。だから懇親会に誘おうとしても無駄だと思いますニャ」

 一週間に満たないとはいえ、そんなんでよく働き続けようと思ったな、とパルテアは変に感心したが、能天気な猫族のことゆえ、さもありなんと思い直した。いちいち腑に落ちない出来事にかまけていては、亜人の相手はできない。

「しょうがない。じゃあ三人で行きましょ。今後の方針とか話したいし。そうね、軽く荷解きしたいから、一時間後ぐらいに。いい?」

「了解です」

「はいですニャー。クーシュはいったん帰りますニャ」

「あ、クーシュ、どっかいいお店知ってる? ……ゲテモノ以外で」

「近所に『メガネのウミネコ亭』っていうお店ありますニャ。湖で獲れた魚がおいしいですニャ」

「じゃ、そこにしましょ。会社の玄関前に集合ね。それじゃまたあとで」

 パルテアがそう言うのを聞くが早いか、クーシュはばたばたと会社を出て行った。

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