幕間3
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気の早い連中が、大通りに祭りのための設営を始めていた。
祭りはまだもう少し先だが、待ちきれない一部の人たちはいそいそと大通りに陣取りはじめ、そうでなくとも、家の中で仮装行列のための衣装作りに励んでいた。
荷車を引っ張る人々を横目にしながら、ミフラは大通りを歩いていた。
フードを目深にかぶったその姿は、設営作業をしている町の人たちと比べると明らかな異人であるが、誰も気にする者はなかった。そもそも、ミフラの姿がろくに目に映ってすらいない。
ミフラは何かに気づいて立ち止まった。
あたりを見回すが、特に変わったところはない。
気のせいかと思い、ふたたび歩き始めようとしたところで先ほどと同じ感覚に襲われ、ミフラは足早に路地に入り込んでいった。
「今度こそ<あの石>を見つけられるでしょうか」
路地は周りを背の高い建物に囲まれており、昼間でも薄暗い。開けていた大通りに比べ、空気が押し込められて、湿度が急に高くなったように感じられる。
人の気配はない。このあたりは大通りの裏道・脇道で、そもそも住人が少ないエリアだ。生活感のない細い道は、迷路の色をいっそう濃くしていた。
分かれ道でミフラは足を止め、周囲の様子をうかがった。
「…………やはりぼんやりとしかわかりませんね」
ミフラの探している<石>の気配は、ミフラの感知能力には獏として届かず、しかたなくミフラは当て推量で道を選んだ。
いくつかの曲がり角を経て、少し幅の広い道に出ると、そこには一人の若い女性が座り込んでいた。
空を見上げるような首の角度で、何をしているわけでもなく、ただへたり込むように座っていた。
ミフラはフードを脱ぎ、女性に声をかけた。
「どうかなさったのですか?」
しかし、返事はない。
訝しく思いながら女性のすぐそばまで来ると、女性は恍惚とした表情をしていた。ミフラがそばまで来ているのに、まったく気にかける様子がない。明らかな放心状態だった。
「これは……<あの石>の力か」
ミフラはつぶやいて、あたりを見回すが、女性のほかに人の気配はない。<石>の気配も感じられない。
「<石>の持ち主はすでに立ち去ったあとか……。しかたがない、この女性を治してみましょう。うまく話が聞ければよいのですが――」
ミフラは女性の額に指を当てた。
その指先で、淡い緑色の光が、ほんの一瞬きらめいた。
「あ…………」
光が消えると同時に、女性がか細い声を漏らした。
陶然としていた目つきが幾分やわらいでいた。焦点が定まらないながら、ミフラを、というより、目の前に誰かがいることを認識したようだった。
「大丈夫ですか?」
ミフラの問いかけには答えず、
「仮面の……君」
半分夢見心地の顔つきで、女性はぽつりとそう言った。
「仮面の君?」
ミフラはその単語に聞き覚えがない。おそらく、この女性に魅了をかけた<石>の持ち主のことなのだろうが……。その者は仮面で顔を隠しているのか?
「仮面の君とは何のことですか?」
「………………」
ミフラがさらに尋ねるも、反応はない。女性はいくらか正気を取り戻したように思われたが、まだぼんやりとしたままで、立ち上がろうともしない。
「存外に強力な魅了ですね。無理に治すよりも、自然に治癒させたほうがよさそうです」
幸福そうな笑みを浮かべる女性をそのままにし、ミフラはその場を離れた。
ミフラはさらに路地を進んで「仮面の君」とやらの足取りを追ったが、サヴァー特有の、左右だけでなく上下にも迷わせる街路に阻まれ、ついには足を止めた。
「こう道が入り組んでいては、足で調査するにも限界がありますね……。せめて姿をひと目でも見られれば、いくらでも追いかけようがあるのですが」
ミフラはため息をついて、大通りへと踵を返した。
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