第9話
焦げ茶色の体をした生き物は馬だと教えられたが、とうてい馬とは思えない。
私の知っている馬とは違う気がした。
私が召喚される前は、別の場所に住んでいたと聞いたけれど、記憶はなくともそこでの知識が違和感を感じさせているのかもしれない。
その馬にセイディーンと乗って、王宮を出発した。
出発してからはリズミカルな馬の動きに合わせることに精一杯で、とても会話できるほどの余裕はない。
王宮から出てだいぶ経つ頃、やっと馬の動きにも慣れて余裕が生まれる。
そうすると、今度は黙っているのが難しくなった。
「あの、ローランさん。北の『宝珠』がある所にはどれくらいかかるんですか?」
「スフィア様、また敬語で話されています」
「え? うっ……。えっと、セイディーン、神殿まではどれくらいかかるの?」
出発してそうそう、またセイディーンからダメ出しを受けた。
どうしても敬語になってしまうので困ってしまう。
「北にあるミルフレインの神殿までは、馬で4日ほどです。それから馬を替えて次の神殿には9日です」
「4日……。思ったよりも遠くはないかな? ミルフレインの神殿には誰かいるんですか?」
「……どうしても敬語が抜けないようですね?」
「あっ!」
注意されて、自分がまた無意識に話していることに気づく。
「でも、普通に話すとこんなふうになっちゃうんです」
「困りましたね。何度注意してもこうして言葉が出るようでは」
「ここは王宮じゃないんですし、話し方なんて何でもいいじゃないですか」
「……ですが」
「いちいち気にしてたら、姫を探せないかもしれませんよ?」
脅迫めいた言葉だと分かっていたが、こんなことで何度も注意されては堪らない。
強引でもここは許して欲しい。
「……わかりました。ですが、出来るだけご注意されてください。他者が見れば侮る者もおります」
「はい」
侮る人がいると言われても、いまいち実感が湧かなかった。
記憶がないとは、ひどく心もとない。
まず、常に自分が間違えているんじゃないかと不安になる。
自分の言葉が無知なのか恥となるのかの判断も出来ないし、経験を元にすることも出来ないからそれを参考にする事も出来ない。
そして何より、とても寂しかった。
私が大切に思う人。
私を大切に思ってくれる人。
私はすべてを忘れているのだから……。
「ロ……セイディーンの家族は?」
ふと、セイディーンの家族のことが気になって、会話を広げる為に聞いてみる事にしたのだが、ローランさんと言おうとする自分に気づいて言い直す。
「……父は幼い頃に病死してから家族は母と私だけです」
「兄弟はいないんですか?」
「はい。母は病弱でしかたら、私しか子供が出来なかったそうです」
「……そ、そうですか」
何となく答えられても困るような回答だったので、会話を変えることにする。
「ええっと、……魔道力ってそれを持っていても使える人はごくわずかなんですよね? なぜみんな使えないんでしょうか?」
「それについては現在も研究されているようですが、まだ解明出来ないそうです。使える者にとって力は手足と同じように考えるだけで使えるような感じなのです」
「でも、魔道を使う時、呪文を唱えるじゃないですか? あれを力を持っている人が唱えれば使えるんじゃないですか?」
「いいえ、使えません。呪文に頼る必要はないのです。例えば手を動かすのに呪文はいらないのと同じなのですが、我々はあえて手を動かす時に『手よ動け』と言って動かしているだけなのです」
「え? じゃあなぜ呪文なんてわざわざ唱えるんです?」
「それが一番スムーズで間違いがないからです。つまり、魔道力と体を動かすことは同じ頭の中で考えることなので、混乱したりして間違えたりしないで済むよう、あえて唱えているのです」
「納得……。じゃあ力を持っている人は使えないんだから、ずっと力を持ったままになるのかな? 力があるのに使えないなんて残念ですね」
セイディーンの表情は私が振り返らない限り見ることはできない。
走っている馬に2人乗っているのだから。
「スフィア様は魔道力持ちながら、使えない者がこの国だけでどれほどいると思いますか?」
「え?」
セイディーンからの意外な質問に首をかしげる。
魔道力を使える人が稀な存在なら、その魔道力を持つ人も少ないんじゃないだろうか?
「百人……くらい?」
「いいえ、この国に住む90%の者が魔道力を持ちながら使えないのです」
「ええっ!」
「逆に力が使える物は1%にも満たない。この国の魔道騎士は私を含め、たった9人です」
思ってもみなかった数字に、思わず後ろを振り向いてしまう。
そんなにたくさんの人がいるのにたった1%もない?
「……魔道力を一生持ったままというわけではありません」
「ってことは、いずれ消えちゃうんですか?」
「ええ、外に放出されていくと言った方が正しいでしょう。体内にある魔道力は毎日放出しているのです。それは力を使える者よりも使えない者の方が放出する魔道力が多い。そしてその放出された魔道は力の塊となるのです」
「力の塊?」
「ええ、たぶん、この辺にも落ちているでしょう。石に形を変えてその辺に落ちています」
「は?」
魔道力がその辺に落ちている石ころになると聞いて驚いてしまう。
今は馬に乗っているからわからないけれど、つまり、今、魔道力の塊の石の上を通っているってことになるんだろうか?
「その石って何かに使えないんですか?」
「ええ、非常に残念ですがただの石です。中には綺麗な物もあるので研磨し、装飾石として使用している者もいますが、魔道力を使える私達にでさえその力を使うことは出来ません。ですが魔道力を持っていない者の中で石使い(ストーンマスター)と呼ばれ、その石を使うことの出来る者がいます。しかしその存在は魔道騎士よりも少ないのです」
「……」
「魔道石は質の違いはあれど、どこにでも落ちている物です。これが使えるようになれば色々と便利なのですけどね」
聞き覚えのある『魔道石』という言葉に、前のスフィアが書き残した日記の一文を思い出す。
『せめて魔道石が使えれば、こんな屈辱を味あわなくてすんだのに』
そう書いてあった。
「魔道石……。私にも使えたらいいのに……」
セイディーンに聞こえないほど小さな言葉で、私はそう呟いた。
何処にでも落ちている魔道石。
それが使えれば、私はセイディーンの力を使わなくてすむのに……。
1-08




