第8話
朝、いつものように小鳥達の歌声で目が覚めた。
リーザがまだ来ていないことから、いつもより少し早い時間なのだろう。
もう見慣れてしまった天蓋付きベッドから降りて、窓に近づく。
こうして自分でカーテンを開けるのも久しぶりだ。
ここのところ色々とありすぎて良く眠れず、明け方になってやっと眠れるせいか、いつも朝はリーザに起されていた。
カーテンを開けると、眩しい光が差し込む。
眩しさに顔を背け、光に慣れないまま扉を開けてベランダへと出た。
中庭に面しているこのベランダは私が知っている数少ない場所の中で一番のお気に入りだ。
美しい庭園。
見るだけで十分楽しめるようになっているし、なんと言っても部屋は最上階だから見渡しがいい。
ふと視線の端に動くものを捕らえた。
それは中庭の小道を歩いている人物だった。
こちらに背を向けて歩いているのは、昨日同行を申し出てくれた魔道騎士のセイディーン・ローランだ。
「ローランさん!」
私は顔見知りを見つけ、つい嬉しくなって、手すりから身を乗り出しつつ大きな声で彼を呼んだ。
声はちゃんと届いたらしく、彼は振り向いて辺りを見回してすぐに私に気付いた。
彼の表情まではわからないが、すごく驚いているように見える。
「おはようございます!」
手を振ってみれば、彼は姿勢を正し、右手を左胸に置いて頭を下げてきた。
それは騎士の挨拶なのかもしれない。
もっと何か言おうとしたが、彼はすぐに背を向けるとそのまま歩き出してしまい、タイミングを逃してしまった。
ただ、彼の動きを目で追う。
魔道騎士とはこの世界でも稀な存在。
その彼に今日は魔道を教わる事になっている。
それが少し楽しみでもあった……。
セイディーンには神殿の横にある、開けた場所で魔道を教えてもらうことになっている。
私が待ち合わせの場所へ行くと、すでにセイディーンは待っていた。
コミュニケーションとして今朝のことを話してみたのだが、彼が何故中庭にいたのかは教えてもらえなかった。
まあ、昨日会ったばかりで私的なことを話すはずもないのだけれど……。
私がその日、セイディーンから教えてもらった魔道は大きく分けて、『癒し』『攻撃』の2種類。
『癒し』は怪我や疲れを治す魔道。
『攻撃』は雷を使う魔道だ。
魔道は思ったよりもずっと簡単に使えるようになったけれど、やはりセイディーンから力を奪っていることだけはわかった。
私魔道を発動させる為の呪文を唱えると、セイディーンの体が少し光り、その一部が私の手の平に集まる。
誰が見ても私がセイディーンの力を使っていると思うだろう。
しかし、セイディーンは嫌な顔1つせず、丁寧に魔道を教えてくれていたのには救われた。
限られた魔道力を練習で使っているのだ。
普通はあまりいい気分はしない。
そんな私に、セイディーンはいざと言う時には大切なことだと言ってくれる。
私のセイディーンに対する印象は、物静かで物腰が柔らかく、とても丁寧で優しい人だ。
その上、かなり整った容姿をしていて、すれ違う女官が頬を染めてセイディーンを見ていることに何度も気づいた。
世界で稀な魔道騎士ということで憧れも強いのかもしれない。
それでも、彼が女性に人気があることだけは確かのようだ。
薬草について先生に教わった帰り、廊下の向こうからセイディーンが歩いて来ることに気づく。
「スフィア様」
「こんにちは、ローランさん」
「後でお部屋に伺おうと思っていました。明後日には出発するようにと言われたのですが、スフィア様はそれでよろしいでしょうか?」
有無も言わさずただ命令されたはずだ。
それでもセイディーンはきちんと私の話を聞いてくれる。
「大丈夫です」
「出立に必要なものはすべて揃えておきました。護衛が私だけで不安かもしれませんが、命にかけても必ずお守りします。ですからスフィア様は次期『姫』を探す事だけに専念されてください」
「はい、では、これからもよろしくお願いいたします」
「いけません!」
ぺこりとお頭を下げると、突然セイディーンに叱られてしまった。
「はい?」
「私はスフィア様より格が下の地位となります。下の者が上の者の為に動くことは当然の事。スフィア様より上位になるのは王と姫だけとなります。現在は姫が不在ですから、王以外にはけして頭をさげたりなさらぬようご注意ください」
「でも、してもらったら礼を言うのは当然じゃないですか」
「いいえ、それは同格の者にだけ通じる理論です。それに敬語で話してもいけません。何度か申告させていただこうと思ってましたが、私のことはセイディーンとお呼びください」
「……」
「私はスフィア様の騎士、礼や敬意など必要ないのです」
そう言われても、セイディーンは私より年上だし、親しくもない。
そんな相手にいきなり馴れ馴れしく話せと言われても困ってしまう。
承諾もせず、困った顔をしている私に気づいて、セイディーンは真っ直ぐな視線を向ける。
「よろしいですね?」
「はい。……あ、うん。わかりました」
「けっこうです」
セイディーンは私の返事に満足したようで、微笑む。
その微笑みを見ると、なぜかセイディーンとの間に壁を感じた。
造られたような完璧な微笑みだったからだろうか?
優しそうに見えるのに、酷くさびしい気持ちになってしまう……。
出発の当日。
時間は昼近い時間帯だろう。
いつものように昼食をすませ、リーザに連れていかれるがまま付いて行くと、荷物を乗せた馬が一頭とセイディーンが待っていた。
別に秘密裏に行動するわけでもないのに、何故か王宮の裏にある馬舎に近い小さな門からの出発だ。
馬舎に一番近かったからと理由なのはわかっているが、これが普通なのだろうか?
これではまるでちょっとそこまで行くだけのような感じだ。
しかも見送りはリーザだけ。
見返りや感謝を期待してるわけじゃないけど、誰からも何の伝言はないらしい。
自分住む国が私とセイディーンにかかっているというのに、いくらなんでもこれは無関心すぎるのではないだろうか?
「おまちしておりました」
片膝をついてセイディーンが私に頭をたれる。
「ローラン殿。ご苦労様です。北にあるミルフレインの神殿は近くに大きな街がある為、神殿の中で一番安全な場所にありますが、けして気を抜かず、スフィア様を助けお護りください」
「かしこまりました。誓約に誓って」
リーザは私の世話を色々としてくれるが、2人の会話からセイディーンよりリーザの方が偉い感じの会話内容だった。
「スフィア様は馬に乗れないとお伺いしました。ですから馬の手綱は私が握らせていただきます」
「あ、はい。よろしくお願い……」
「スフィア様! 私は当然のことをしたまでのことでございます」
頭を下げようとして、セイディーンの咎めるような視線に昨日のことを思い出す。
なんか、すごくやりずらい。
記憶はないけれど、召喚される前はこういった生活には慣れていない生活だったと思う。
これからも間違えてしまいそうな自分に、今から少し疲労を感じた……。




