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第10話 あの声


『やっと出た』


電話の向こうから聞こえた声に——


私は息を止めた。


低く、落ち着いた声。


忘れるはずがない。


昔、何度も聞いた声だった。


隣で男が顔をしかめる。


「……切れ」


小さい声。


でも、私は動けなかった。


電話の向こうの相手が静かに笑う。


『久しぶりだな』


私はゆっくり唇を開く。


「……どうして、この番号知ってるの」


『探した』


短い一言。


それだけで十分だった。


背筋が冷える。


この人は、本気で探せば見つける。


昔からそういう人だった。


「何の用?」


なるべく感情を消して聞く。


でも——


『戻ってこい』


即答だった。


私は目を閉じる。


隣の男が小さく舌打ちした。


『お前が動き始めた瞬間、すぐ分かった』


電話の向こうは静かだった。


静かなのに、逃げ場がない。


昔と同じ。


『もう一回、お前が必要だ』


胸の奥がわずかに揺れる。


でも私はすぐに言った。


「断る」


間を空けずに。


電話の向こうが少し黙る。


『……本当に?』


「私はもう関係ない」


そう言った瞬間——


隣の男が苦い顔をした。


電話の向こうの相手は、小さく笑った。


『だったら、今日の会議で何をした』


私は言葉を失う。


空気が止まる。


『資料を三分で立て直したらしいな』


心臓が嫌な音を立てた。


どうしてそこまで知っている。


男も驚いた顔で私を見る。


『相変わらず派手だ』


少し楽しそうな声。


昔と同じだった。


人を追い詰める時ほど、静かに笑う。


「……監視でもしてるの?」


『してない』


すぐ返ってくる。


『でも、お前は隠れるのが下手だ』


私は言い返せなかった。


悔しいくらい、その通りだった。


電話の向こうが続ける。


『お前、自分で思ってる以上に空気を変える』


夜風が吹く。


髪が揺れる。


私はゆっくり視線を落とした。


昔もそうだった。


自分では普通にやっているつもりなのに、


気づけば周囲の流れが変わっていく。


誰かが動き始める。


止まっていたものが回り始める。


——だから嫌だった。


もう二度と、あの世界に戻りたくなかった。


『戻ってこい』


もう一度、低い声。


今度は少しだけ強かった。


私は小さく息を吐く。


「嫌」


はっきり言った。


「もう、あの頃みたいには働かない」


数秒の沈黙。


遠くで電車の音が聞こえる。


そして——


『……結婚して変わったか』


その言葉に、


胸の奥が少しだけ痛んだ。


私は返事をしない。


電話の向こうが静かに続ける。


『でも、お前はまだ死んでない』


男が顔を上げる。


私も何も言えなかった。


『本当に終わった人間は、今日みたいな顔をしない』


その瞬間——


今日の会議室が頭に浮かぶ。


みんなが黙った瞬間。


空気が変わった瞬間。


久しぶりに感じた、あの感覚。


私は無意識にスマホを握り締めていた。


電話の向こうが小さく笑う。


『やっぱりな』


静かな声。


でも、その一言だけで——


見透かされた気がした。


私は耐えきれずに言う。


「……用件、それだけ?」


『いや』


相手の声が少し低くなる。


『もう一つある』


嫌な予感がした。


隣の男も表情を変える。


そして——


『お前の旦那』


心臓が止まりそうになる。


『少し、危機感が足りないな』


空気が凍った。

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