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君の瞳に恋してない  作者: バカノ餅
右肩の蝶
48/52

"紫色の蝶"

 空は青く、カラッとした空気。

 黄色の太陽は輝き、森の緑に囲まれ、赤く燃えるような暑さ。

 

 花は満開で、鳥の声も虫の声も活発に聴こえる。

 

 そんな、あたたかく生命(いのち)の鼓動が感じられる夏の日に、 


「なにしてるの?」


 暗く冷ややかな木の枝の上に座っている、一匹の(女の子)に話しかけられた。

 風でなびくそのマフラーは、夏が奏でる旋律の不協和音のように、場違いで一際目立っていた。


「君…は…?」


「……私は──」




 ***


 


 時は少し前に遡る。


「行ってきまーす!」


「はいはーい。」


 いつものように知世の許可を得たあと、私は町を走り回って先生の帽子を探していた。


 そう、スバルとの戦闘で飛ばされて以来ずっと、帽子は見つからず行方不明のままだったのだ。


「うーん……ここにもない……」


 帽子を探し始めてはや一週間。とうとう見つからずに悩んだ私は目的を町から四色山へと変えた。


 そして今日、私のもう一つの家と言っていいほど過ごしてきたこの山に少しの希望と不安を持って、帽子を探しに彷徨っていったのだ


 

 ***



 帽子を探し始めて2時間後。

 休憩がてら私しか知らないであろう、街が見える山の頂上付近で笛を吹こうとしたその時に…


 

 一匹の蝶が影から話しかけてきたんだ。



 そして、今に至る。


 

「……私は…不審者だよ。」


「そりゃそうだよ!見てたらわかるよ!」


 ミステリアスでクールな声から放たれた、当たり前で意外な言葉に思わず口を挟んでしまう。

 

 黒髪のミディアムボブと紫色のパーカー。

 学校の制服のような黒色のスカートに黒いタイツ。

 そして極めつけに紫と黒をベースとした長いマフラー…


 って……


 

「ねぇ…暑くないの?」


「……別に。」


 不審者さんは、多くは語らない様な口ぶりで、依然私のことを木の上で見下ろしていた。

 黒く光の無い瞳がじっと見ている。

 

 そうして無表情な彼女と困惑する顔を浮かべる私…


 あまりの気不味さに私は視線を街へと移す。

 

 そんな中、後ろから草を踏む音が聞こえた。

 ふと気になって後ろへ視線を戻すと、影から一歩一歩、私の方へ向かってくる不審者さんが居た。


 無表情の彼女の手には何か大きなものがあることに気づく。


 上にいた時、影で見えなかったけど……

 これって……!


「これ、君の?」


「あっ!帽子!!」


 あの時と全く同じ姿の帽子が影と日の境界線を跨いで、光の下へと差し出された。

 私は急いで不審者さんの元へ駆け寄り、ひんやりとした帽子を受け取って、そのまま被る。


 それでも不審者さんは顔色一つ変えず、無表情のまま影の中で静止していた。

 じっと見つめる彼女は、どことなく命の宿らない人形のように見えてしまい、ちょっとした不気味さを感じてしまう。


「ありがとう!えっと……」


「じゃあね。」


「あ、ちょっ!」


 不審者さんは背を向け、さらに薄暗い森の影へと歩み始めた。

 その後ろ姿を眺めていると彼女は出会ってから一度も顔を崩さなかったことに気づく。


「ああ、あと最後に。……私の事、誰にも話さないで。」

 

 彼女は軽く振り返る。

 人差し指を小さく唇に当てた後、彼女は確かにそう静かに言い残して、また影の中へ溶け込み始めていった。


 魅了されていたのか、恐怖していたのかは分からない。……けど、確信を持って分かったこととすれば、

 


 私はその場から足を動かせずにいたってこと。

 


 ──これが、私と謎の女の子との出会いだった。

 


 ###



「あ!いた!」


「……!」


 次の日、もう一度私は例の場所に向かってみた。

 正直いないと思っていたけど…まさかの大当たりだ!


「…また来たの?」


 相変わらず木の枝の上が好きのようだ。

 しかも影が。


 …暑いからしょうがないよね。


「ここ私のお気に入りスポットなんだよ?」


「ふーん。」


「だから私が『また来たの?』というのです!」


「そ。」


 冷たいぃ!冷たいよぉ!

 頭の上から氷投げられてる気分。

 まあ、無視しないでくれるのはありがたいけどさ!


「うーんと……あ、そうそう名前なんて言うの?」


「……」


 え、無視???

 …私なんかし──


(むらさき)。」


「へ?」


「……なに?」


「えっ?ああ、そっか、紫さんね!よろしく!」


「……」


 風が吹いた。


 …私の伸ばした右手は、その風とハイタッチするだけに終わってしまったのだ。


 彼女は依然、影から私を見下ろしている。


 無表情でぇ!


「……なんか…ごめん。」


「いいよ。」


 いいんだ…


「えっと…私今から笛吹くからさ、その…うるさかったらごめんっていうか……ああ、それ以前に笛吹くなだよね…あはは──」


「聴かせて。」


「へ?」


「……どうしたの?」


「あ、はい。吹きますね。」


 すこし重く感じてしまう手を笛へ伸ばす。

 私は今からあまり抱いたことないこのビミョーな気持ちで笛を吹くんだ。


 え、なんでこうなったんだ?


 ……ま、いっか。

 いつも通りに、


 〜〜♪


 私の音色を響かせればいいだけだし!



 ###



「ふぅ、ありがとうございま──」 

「そういえば今日、帽子被ってるんだね。」


 ……え、感想そこ?


「……私の笛…ダメだっ──」

「いい笛だったし、まるで童話の笛吹きみたい。」


 〜〜っ!


「ありがとう!!ふふ…!」


「………」


 正直、今は正装じゃなくて帽子とマントだけだからあまり笛吹きっぽくないと思う。

 それでも、そう言ってくれたのがついつい嬉しくて、小さくガッツポーズをしてしまう。


 そんな私の目の前で、紫さんは小さな音を立てながら軽やかに可憐に…まるで"紫色の蝶"のように…

 

 影の世界から日の当たる世界へと飛び出した。


「え!?」


「なに?」


 パーカーに手を入れながら小さな音を立てて歩いてくる紫さんに少し困惑してしまう。


「あ、いやぁ…ずっと日陰にいるのかなぁ、って……」


 逃げるように俯いて、頬をかく。


「悪いの?」


「そ、そんなこ──」


 弁明するため顔を上げた瞬間…

 私の視界はほとんど紫さんに支配されていた。


「ち、ちか!?」


 今まで遠くにいた存在が、急に数cmのド近距離まで近づいてくるという誰だって驚くであろうこの状況。

 私は必然的に一歩下がった。


 しかし、紫さんはその一歩を相殺するよう、バッと、一歩踏み出したのだ。


 下がっていくにつれて低くなる私の腰。

 向かってくるにつれて高くなる彼女の視線。


 いつの間にか私の体は影に覆われていた。


「……曲名…なに?」


「え、あ、えっと……お、オリジナルだから無い…です……」


「…そ。」


「……」

「……」


「は、離れていただいても…?」


「なんで?」


「わ、私の腰がイカれる……!!」


「あ。」


 影は数歩後ろに下がり、私は某人間を辞めた黄色いカリスマ反りから解放された。

 太陽の光が私の身体を照らしている。

 あのレベルの反りをするぐらいなら正直ブリッジした方が身体に良かったと今に思う。

 未だに腰が痛い。

 ついでに膝も……

 

 …ちょっと後悔。


「じゃあ、名前…教えて。」


「えっと…曲名的なものじゃなくて?」


「……貴方の。」


 相変わらず掴めないような表情だ。

 ……でも、声は正直みたい。


「……ふふ、奏だよ。白花 奏!えっと、ごめんね、最初に名乗らなくて。」


「……奏…ね。」


 紫さんは何かを考えるように顎に手を当てた。

 今にも吸い込まれてしまいそうな黒い瞳は私から視線を離さない。


「……ねぇ、私のこと誰かに言った?」


 無表情で傾げる首にどこか圧を感じる。

 


 ***


「あ、帽子見つけたんだ。どこにあったの?」


「え、ああ、山でちょっと…ははは……」


「……?」


 *** 


 

「だ、大丈夫だよ!全然!」


「…そ。」


 相変わらず素っ気ない返事だった。

 たまに声の本質ですらわからなくなる時がある。


 初めてだな…


 こんなに掴みどころのない人って。


 ……しかし、顔や声で紫さんを知ることができないのなら、取るべき行動はただ一つのみ…!


「ねぇ!お話し──」

「じゃあね。」


「え」


 蝶は気まぐれだった。


 それが今日、知れたことだった。

 


 ###



「またいた、紫さん!」

「……そっちも。」


 それからのこと、私は毎日…ほどではないが、よく紫さんと会うようになった。

 大体は笛を吹いて、小さな感想をもらう。

 紫さんが木陰に座って、私が日の光を浴びて……

 そのような日々が多くなっていった。


 ──つまり私の観客が一人増えたのだ!


「……さん。やめて。」


「え?」


「紫でいい。」


「あ…うん!わかったよ紫!」



 ###


 

「ふふふ、今日もありがとね〜!」


 空の青が黄色に追いやられていく。

 あたたかくも爽やかな、そんな気持ちのいい風が私の顔を撫でてくる。


 カラスが歌って、木々が奏でる。


 いいなぁ…


「ねぇ、紫。いつからここにいたの?」


「なに?」


 私たちは今、黄色い街を座って観ている。

 そして、隣に座る紫は頬杖をついてこちらを見つめていた。

 相変わらず顔は崩れない。


「気になるじゃん!」


「……ずっと。」


「ず、ずっと…?」


「……」


 黙りこくってしまった。

 そして、鉄壁の表情は再び街を見つめ始めた。


 風になびく彼女の髪とマフラーから冷ややかな空気が漂っている気がした。

 どこか複雑なようで単純な。

 どこか寂しそうで悲しそうな。


 そんな……雰囲気が……


「…そ、そういえばさ、紫って名前、あだ名だったりするの?」


「…………名前。」


「っ!そ、そっか。ごめんね、変なこと聞いて…」


 ……一瞬…ほんの一瞬だった。

 見間違いかも知れない。

 聴き間違いかも知れない。


 でも……なんか……


「笑っ──」

「チッ…」


「えぇ…」


 禁句…だったみたい……

 そっぽ向かれちゃった。


「ご、ごめんってば!」

「……」


 ああ…これ怒っ──

「いいよ。」


 いいんだ…


「じゃ、じゃあさ、名前あるってことは苗字もあるってことだよね?どんな苗字なの?」


 さっきまで明後日の方向を見ていた彼女は再び私を見てくれた。

 

 座って頬杖をする彼女は今にも笑ってくれそうな雰囲気をまとっている。

 その無表情から放たれるミステリアスな姿に瞳を奪われてしまう。

 

 そして、音楽(自然の音)が休符を挟んだ。

 世界に一度、静寂が訪れる。

 より一層、世界の音が聴こえてくる。

 静かに、暗く…


 ──不協和音がここに響く。

 

「羽田。」

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