プロローグ 雨音の中で壊れたもの
この物語は、ある事故をきっかけに「大切なものを失った少年」が、自分を責めながらも、残された妹と向き合い、やがてもう一度、歩き出すまでの物語です。
――ぽっ、ぽっ。
水滴が一滴、二滴と右頬を滑り落ちた。
頬に冷たい感触があった。
ゆっくりとまぶたを開けると、目の前に座席の縫い目が映った。
後部座席で横になっていたらしい——試合帰りの車の中だ。
今日は中学最後のフットサルの公式戦だった。そこまで思い出して、
頭上の天井に無数の亀裂が走っているのに気がついた。
雨水がそこからじわじわと染み出していて、ぽたぽたと頬を濡らしているようだった。
身体を起こそうとするが、力が入らない。
無理やり腕を使って上半身を持ち上げようとすると、左のこめかみに鋭い痛みが走った。
手を当てると……生温かく、べったりとした感触が指先に残る。
見ると、真っ赤な血が、じわりとにじんでいた。
――そうだ。思い出した。
父さんと母さんの声が聞こえた。
「大翔!!」
眠気に沈みかけていた意識を引き戻され、顔を上げた。
そして、見た。
こちらへと向かってくる、大型トラックの車体の一部が……前方いっぱいに迫っていた。
雨の夜。緩やかなカーブ。
対向車線を走っていた大型トラックが、カーブを曲がりきれずにスリップし、中央分離帯を突き破って――
父さんが運転していた車に、正面から突っ込んできた。
シートベルトを締めていたはずなのに、いつのまにか身体は崩れるように横たわっていた。
目の前には、運転席と助手席があった。
そこに広がっていたのは——
赤黒く変わり果てた、肉の塊だった。
頭が真っ白になった。
毎日美味しいご飯を作ってくれた母さんの優しい笑顔。
試合で点を取るたびに、子どものように喜んでくれた父さんの顔。
面影は……もう、どこにもなかった。
でも……ひょっとしたら、生きているかもしれない。
そんな淡い希望にすがって、震える手を伸ばしかけて——引っ込めた。
車はもう、俺一人分のスペースしか残っていなかった。
それ以外は、すべて潰れていた。
生きているはずが、なかった。
――俺が、殺した。
――俺の、せいだ……。
声にならない声を、口からこぼした。
叫んだはずなのに、雨音に紛れて、自分の耳にすら届かなかった。
どれだけ叫んだのかもわからない。
声を枯らすように泣いたあと、意識がふっと遠のいた。
最後に思い浮かんだのは――
家で、ひとり留守番をしている、妹の実生の顔だった。
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