#19 停戦
物言わぬブラウン大尉が、ベッドに横たわっている。
いや、死んでいるわけではない。単に言葉を発せないほど、自身の言動を恥じているのだ。
結論から言えば、ブラウン大尉の怪我は予想以上に軽傷だった。鉄兜に穴が開くほどではあったが、弾は逸れて、その兜の破片で頭の表面を切っただけだった。
が、頭というやつは、ちょっとの傷でもかなり血が出ることがあるらしい。顔面を覆いつくすほどの血で、俺も大尉も重傷を負ったものだとばかり思い込んでいた。
そんな大尉はといえば、俺の顔を直視できず、ベッドに横たわったまま顔を両手で覆い、ただただ恥じらいの表情を隠すのに精いっぱいだった。
ここは、アウグスタス線を越えた先の要塞にある病院で、ブラウン大尉をはじめ、我が大隊のけが人もここに移送されて治療している。重症者もいるが、命に別状はない。
とはいえ、我が大隊はけが人を入れても、生存者は122名。つまり、28名の命が奪われたことになる。
「あー……こんなことならあの時、流れ弾に当たっていた方が……」
俺の顔を直視できないまま、ただただ後悔の言葉を呪詛のように並べ立てている。
そんなブラウン大尉の傍らに座り、俺は口を開く。
「俺には前世があると、そう、大尉に伝えたことがあったよな」
「……はい。ですが、それが何か?」
「どうして俺が、この世界に転生してきたのか。その理由について少し、考えたことがあった」
「はぁ……さようで」
「ヒントとなったのは、もう一人の転生経験者である、ゾルターブルグ公爵夫人だ」
「……ディートリンデ様が、ヒントに?」
「そうだ。公爵夫人はこうおっしゃっていた。前世で国土を失ったこと、そして、103大隊全員を失ったこと。この2つが一生を通じても、後悔し続けのだ、と」
「確かに、そのようなことをおっしゃっていたように思います」
「ということは、だ。俺もおそらく何か、悔やんでも悔やみきれない何かが、あったんじゃないかと考えている」
「それはつまり、帝国の国土の大半を失ったこと、そのものに対してではないのですか?」
「俺の記憶では、その戦史とともに、何というかむなしさというか、やるせなさというか、いやそれどころか恨めしさとでも言えばいいのか、そういうものも同時に刻まれていたと感じている」
「国土が3分の1も失われれば、悔しくなるのは当然ではないかと」
「その程度のことで悔やむものか。せいぜい過去に戦争に負けたと、残念がる程度で済む」
「なにが、おっしゃりたいのですか?」
「つまりだ、俺は多分、この戦争に負けたおかげで、自分の人生がうまくいかなかったんじゃないかと考えていた節がある、ということだ。何があったのかは推測に過ぎないが、もしも家族らに囲まれて亡くなったのだとしたら、ここまで悔いることはなかっただろう。孤独なればこそ、この世に何か恨めしさを抱えていた、と思われる」
「はぁ、そうですかね」
「あくまでも推測だ。だが、その推測に基づくと、この世界でやらなくてはならなかったことが2つあったことになる」
「2つ、ですか」
「一つは、この戦争に勝利し、国土を失わないこと。そして、もう一つだが……」
俺は、ひと呼吸おいて大尉に話す。
「つまりだ、自身の家族を作ること、独り身で終わらないことだと、今の俺はそう考えている」
それを聞いて、怪訝そうな顔をするブラウン大尉だが、あまりピンと来ていないようだ。
「そこでだ、大尉の夢と、俺のなすべきことに一致点があると思わないか?」
「? 何がおっしゃりたいのか、わかりませんが」
「だ、だから! 大尉と俺が、一緒になるということだ!」
病室に響き渡るほどの大声で、随分と回りくどい告白をしでかしてしまった。俺自身、急に恥ずかしくなる。
「あ、あわわわ、私はその、ノルトハイム大佐と一緒になると……」
「つまりだ、早い話、結婚してくれ、と言っているところだ」
だから、最後はストレートに言葉を投げかけてみた。顔を真っ赤にして、再び手で顔を覆うブラウン大尉。あまり頭に血が上ると、傷口が開いてしまうかもしれない。俺は少し、冷静になって話をする。
「ともかくだ、こうして命あるということは、お互いにとって幸いだった。なれば、けじめはつけるべきだと、そうは思わんか?」
俺のこの締めの言葉に、別人が答える。
「そのとおりね。ちゃんと勇気を出せたじゃないの、エレオノーラとノルトハイム大佐。前々から、二人はお似合いだと思ってたのよ」
それはゾルターブルグ公爵夫人だ。わざわざこんな前線の野戦病院にまでやってきて、ブラウン大尉を見舞いに来たというのか。
「ディートリンデ様! まさか、今の話を……」
「大佐が転生の理由とやらを語り始めたあたりから、聞いていたわ」
「あわわわ、と、言うことはもしかして……」
「そうね、話の流れからして、エレオノーラの告白に、ノルトハイム大佐が答えたというところかしら」
「あ、あの、自分は平民どころか貧民奴隷だった身であり、とても大佐とは……」
「何を言っているの。その大佐を補佐して、大勝利をもたらしてきた参謀じゃない。下手な貴族令嬢よりも、立派なことをあなたはしてきたのよ」
「で、ですが……」
「そうそう、そんな二人に、朗報を持ってきたの」
からかい始めたのかと思いきや、いきなりこの公爵夫人は話を変える。
「なんでしょうか、朗報とは?」
「そうね、歴史通りになった、といえばいいかしら?」
「えっ、まさか国土が取られてしまったのですか!?」
「違うわよ。ニューアルビオン連邦国が、両国の仲介役として名乗り出てきたのよ」
「えっ、連邦国が、仲介に?」
「そうよ。このまま戦いが続けば、どちらにしても悲惨なことになりかねない。両国はこの辺りで手を打つべきだ、と」
「しかし、そんなことをして連邦国に何の得があるのですか?」
「戦争が長引けば、彼らの商売にとって不都合だからよ。戦費で浪費されるよりも、連邦国の物を買ってもらった方が、彼らとしては願ったりかなったりなのよ」
「もしかして、前世の連邦国の仲介理由というのも……」
「同じ理由よ。でなきゃ、第三者の国がわざわざ出しゃばるわけないじゃない」
「まあ、そりゃそうですけど」
「ともかく、このままでいけば停戦にこぎつけられそうだわ。私も尽力するし、多分、そこは歴史通りになりそうね。だからエレオノーラ、その後は、さっさとその夢とやらをかなえなさい」
「ええーっ!? あ、はい」
「よろしい。ところで、ノルトハイム大佐」
「なんでしょうか」
「あなた結局、28人の命を、守れなかったわね」
「はい、そういうことになります」
「つまり、80点といったところかしら」
「はぁ」
いや待て、約束では、全滅さえしなければ、という話だったはずだぞ。どうしてそれが、80点とされるんだ。
「合格点だけど、亡くなったのはただの『28人』という数字上の人じゃないわよ。私が選りすぐり、創設した103大隊。私にとっては一人だって、失いたくなかった大事な者たちだったの」
「はい、申し訳ありません」
「謝らなくてもいいわ。そのうち、何人かを取り戻してくれればいいのだから」
ん? この公爵夫人、おかしなことを言い始めたぞ。
「あの、それはどういう意味で……」
「簡単よ。あなたたちが、一人でも多くの子供を作ること、それが、その28人への償い」
「はぁ!?」
「あなた、指揮官でしょう! それくらいの覚悟をもって、エレオノーラと一緒になりなさい!」
「わかりました! わかりましたから、この病室で大きな声を出さないでください」
「この病室だから、大きな声で言ったのよ。ここにいるのは全て、103戦車大隊の怪我人ばかり。私の大事な娘たちが、あなたたちが夫婦となることへの証人として、ここにいるのだから」
しまった、そうだった。そういえばここは女ばかり30人が集まる病室。つまり、全て我が大隊の隊員たちで埋め尽くされた病室だった。
他の部屋は男だらけだからと、我が大隊の隊員たちは一箇所に集められた。そんなところで俺は、ブラウン大尉に事実上の告白をし、それをゾルターブルグ公爵夫人の前で約束させられた。
もう、後退はできないな。下手な34式戦車よりも恐ろしい相手だ。
「さて、それじゃあ私、出かけるわ」
「出かけるとは、どこへですか?」
「ヴァルハラ共和国側から、和平に向けた予備交渉を持ちかけられたの。それでね、この先にあるヴァルハラ共和国の街、タタールスクに向かうことになってるの」
「えっ、そうだったんですか? ですが、敵地のただ中、公爵夫人が出向くというのは……」
「歴史を知る者だからこその交渉を、するつもりよ。後世を知っているからこそ、相手が何を考えているか、どこを突かれたら困るのかを心得ている私こそが、この交渉にはピッタリなのよ。それでね、わざわざここまで来たわけ」
「は、はぁ……」
「心配は要らないわ。戦争は終わる。終わらせる。それが私の戦いなのだから。王族たちの好戦派も説得しなきゃならないし、結構忙しいのよ。それじゃ」
そう言い残すと、ゾルターブルグ公爵夫人は足早に去っていった。
で、あとに残されたのは、俺とブラウン大尉、そしてこの二人の婚約の証人者である、30名もの怪我をした隊員たちだった。いや、見舞いに来ている隊員もいるから、総勢50人ほどか。
「おめでとうございます、大佐殿!」
「これで堂々と一緒に風呂に入れますね、ブラウン大尉!」
「子供は何人作るんですかぁ!? やっぱり、28人ですかねぇ」
「28……そんなに作れるわけがないだろう!」
顔を真っ赤にして反論するブラウン大尉。なんだ、大尉が時々、俺のいる風呂場に入ってきたことすらも知られていたのか。案外、隊員たちは俺たちのことを見ていたんだな。
「あーあ、密かに大佐のこと狙ってたんですけどね、私」
「よくいうな、おめえ、ホーレンツォレン連隊のところの砲手と、良い仲じゃねえか」
「ちょっとマリー、なんでそんなこと知ってるのよ!」
前世だったら、こんな会話をすることなく命を落とす羽目になった彼女らは、すでに新たな歴史の上を歩み始めている。無論、それは俺も同様だ。
この、一見クソ真面目でクールで隙のなさそうな、それでいて変な性癖を持ち合わせている、我が隊の参謀と共に。
そして、それから一週間後。
ニューアルビオン連邦国仲介のもと、アーカディア帝国とヴァルハラ共和国との間で、停戦協定が結ばれた。「停戦」という文言で結ばれた条約だが、事実上の戦争終結宣言である。
それから、およそ5か月後。帝国歴235年、標準歴1146年の2月4日。
俺は、屋敷の中の司令官室にいる。その扉をノックする音が響く。
「どうぞ」
「失礼します、アリアドネ准将閣下」
「アリアドネ少佐か。なんだ?」
「……と、その前に、このやりとりをなんとかしませんか?」
と、ブラウン大尉、じゃない、アリアドネ少佐が言う。
「仕方がないだろう。互いの家名がそうなってしまったんだ。俺もまだ、慣れてはいない」
「ならばせめて二人の時は姓でなく、名前で呼びませんか?」
「わかった、そうしようか、エレオノーラ少佐」
「了承いただき、ありがとうございます。アルフレッド准将閣下」
その後の103戦車大隊の生き残り122名だが、戦いの功績を認められて、全員が1階級昇進した。なお、亡くなった28名は3階級特進し、生前に遡って勲章を贈られている。
このため俺は、大佐から准将となり、指揮官から司令官になった。その際、我が領土に組み込まれたこのアリアドネ要塞周辺の防衛任務に就くことになった。司令部は、アリアドネ要塞を修繕した建物内に置かれた。
と、同時に、本来ならノルトハイム男爵家の家督を譲られない次男だった俺が、陛下より新たに男爵号を贈られる。おかげで、このアリアドネの地域を領地とする男爵となった。
つまり俺の名は今、アルフレッド・フォン・アリアドネと呼ばれている。で、この司令部である要塞がそのまま、アリアドネ家の屋敷ということにされた。
そして、ブラウン大尉も昇進、少佐となって俺の副官となった。同時に婚儀も済ませ、俺の妻となった。
ゆえに彼女の名も、エレオノーラ・フォン・アリアドネとなる。
夫婦で司令官と副官というのは例がない。そりゃ当然だ。そもそもブラウン、じゃない、エレオノーラが女性として初の副官となったためだ。
そういう大きな変化があり、この要塞の塔のてっぺんに設けられた司令官室兼寝室に、俺とエレオノーラ少佐が今、二人きりになる。
「で、肝心の用事とはなんだ、エレオノーラ少佐」
俺は副官にここにきた理由を聞く。すると、エレオノーラ少佐は司令官室の扉の鍵をかける。
またか、と思った。
「ふっふっふっ……」
薄ら笑いながら、軍服を脱ぎ始める少佐。しまいには、軍帽と軍靴以外は、素っ裸となる。
「相変わらず、いや、だんだんと酷くなったな」
「そうですかぁ、いつものことじゃないですかぁ」
「少なくとも、最初の頃は日が暮れるまでは我慢してただろう」
「この真っ昼間に、司令官室の薄い窓ガラスを隔ててこの姿を晒すのが、緊張感があって良いんですよ」
ますます性癖を拗らせてきたな。少佐は知ってか知らずか、少佐だけがこの部屋に来た時はこうなることを、旧103大隊を含む我が第72連隊の皆が知っている。今ごろは、男どもが双眼鏡片手にこの部屋の窓という窓を覗いているはずだ。
ところで、俺の連隊は全部で4個大隊、戦車120両、1000人からなる大部隊だ。
その大部隊のうち一個大隊、第721大隊が旧103大隊だ。当然、女だらけで、総勢250名いる。他は全て男だ。
そんな男女混成の連隊を抱えて、ヴァルハラ共和国との国境そばの要塞防衛任務についている。果たして、綱紀は守られるのだろうか?
この3か月で、かなりの改造を加えた。壁を2重から3重にし、当初の30両分の戦車格納庫を721大隊用に、その外側に残りの3個大隊分の戦車格納庫を設ける。
居住区も分けた。塔の中は男性兵士、そして敷地内に立てた新しい宿舎を女性兵士用にと分けた。
が、そんな配慮が功を奏しているかどうかなど、分からない。何組ものカップルが誕生したとの情報も、つかんでいる。
しかもだ、司令官室でさえこのざまだ。臆することなく性癖をさらけだし、俺を誘惑してきやがる。これでこの要塞の綱紀を守れというのが無理な話ではないか。
が、エレオノーラ少佐はその格好のまま俺に敬礼しつつ、こう告げる。
「私とて、無意味にこんな姿をしているわけではありません。大事な任務のため、やってきたのです」
「なら聞くが、素っ裸にならないとこなせない、その大事な任務とはなんだ?」
「このアリアドネ家の世継ぎを産み、アリアドネの地を未来永劫、帝国領として守っていくことです」
つまり、俺と真っ昼間から致せ、と言いたいらしい。
「あのなあ、そういうのは夜でも良いんじゃないのか? どうして昼間から致す必要が……」
「それ以前に、もう少しご自分の本心に正直であるべきですよ、准将閣下」
と言いつつ、俺の服を脱がせにかかるこの副官。実際、俺の下半身についている物見やぐらは、すでに最高潮の高さに達している。
結局、俺は副官のなすがまま、ベッドに押し倒される。いつものパターンだ。
無論、そんなことばかりをしているわけではない。最前線司令官としての、訓練は欠かさない。
「第722大隊、前進。歩兵隊は後方より随伴せよ。723、724大隊はその後方にて待機」
近くの平原では連日、訓練が行われる。平原での戦いとなれば、今までのようにはいかない。俺はこの地をヴァルハラ共和国軍が攻めてきたと想定した訓練を続けている。
今は、722大隊を前衛に出して「おとり」とし、そこに敵が襲い掛かってきた場合の反撃訓練を彼らにさせている。
「よし、いくぞ」
旧2番車両、現在の721大隊の隊長車にて、俺は前進を命じる。
前方には722大隊がおり、こちらに接近してくる。
つまりだ、我が721大隊が仮想敵となり、男たちの相手をする。
しかも、その仮想敵とは、かつての103大隊の10両のみだ。721大隊の他の20両は、723、724大隊と共に行動することとなっている。
つまり、たった10両で110両もの戦車を相手にする。一見、無謀な話だが、この10両は激戦をくぐり抜け、もはやその程度の味方すら相手にならないほどの練度だ。
「さーて、今日も男どもを蹴散らすよ!」
「おーっ!」
隊長車内では、車長のクラウス曹長の掛け声に、操舵手のウェーバー軍曹が答える。
まったく、先陣の722大隊だけで、こちらの3倍だ。いくら着色弾同士とはいえ、あまりなめてかかるといきなり被弾するぞ。
ところが、その722大隊が放つ着色弾を放ってくる。が、かつてベルクマン大佐との模擬戦で、森の木々の合間からの攻撃すらも避けたウェーバー軍曹だ。あれから実戦を重ねてさらに勘の冴えたこの操舵手が、丸見えの戦車相手によけられないわけがない。
「ねえ、あの先頭車両、722大隊の12番車でしょ?」
「それが、どうしたのよ」
「確か、シュミット曹長の告白を振った男が車長を務める4式じゃなかったっけ?」
それを聞いた途端、俺のすぐ脇にいる無口な砲手が、ボソッと呟く。
「……殺す」
自動装填した着色弾を、その先頭車向ける。砲撃をよけながらジグザグに走る隊長車の中から、一瞬の砲撃のチャンスを逃さない。
一撃、着色弾を放つ。先頭を進むその12番車両の砲台に命中させる。
が、シュミット准尉の怒りは収まらない。次々と後続車に、着色弾を正確に命中させる。
恐ろしいやつだ。普段は無口なシュミット准尉からの貴重な告白を断るなんて、するもんじゃないな。
「進め進めぇーっ! 勝利の乳女神が、我々に胸をちらつかせているぞ……いてっ!」
「ウェーバー軍曹! なんてことを口走るんですか!」
横にいるエレオノーラ少佐が、持っていた作戦要領書をこの無礼な操舵手に投げつける。なんだ、戦場で起きた事実をただ口走っただけではないか。しかも、司令官室でやっていることを思えば……っと、その前に、3倍の車両を相手に仮想敵をしている最中だぞ。何という緊張感のなさだ。
「まったく、側室候補からはウェーバー軍曹は外さないとだめですね。その点、命中率、そして集中力の優れたシュミット准尉、知力に優れた車長のクラウス准尉は合格点ですね」
「えっ、私、側室候補になってるの!?」
「それはそうですよ、クラウス准尉。これほど准将閣下とかかわりを持ちながら、アリアドネ家の跡継ぎになるかもしれない子を産めるのですよ」
「いやぁ、副官殿。できれば私は自由恋愛したいなぁ」
「何を言ってるんですか。ディートリンデ様との約束で、28人もの子を産まなくてはならない義務があるんです。私一人で、できるわけないじゃないですか。この件、旧103大隊の生き残りたちにも協力してもらいますから」
あの公爵夫人の言い出したことを、真に受けてるぞ。どうしてこの副官は、数倍の味方相手の訓練の真っ最中に、俺の側室をどうこうなどと考えているんだ。が、それを聞いた砲手のシュミット准尉は親指を立てて「いいね」サインを送っている。おい、この変態副官の提案を、安易に了承するな。
そんなやり取りの中、あっという間に722大隊の半数がやられる。シュミット曹長だけではない。旧103大隊の砲手らは皆、信じ難いほど命中率を上げている。
それを見て、作戦通り723、724大隊も動き出す。我が隊を左右から挟み込み、仮想敵である我々を殲滅しようと迫ってくる。
が、そんな教科書通りの動きをするなと散々俺は言ってきたにも関わらず、実に読まれやすい動きだ。我々が負けるわけがないだろう。俺は無線機で旧103大隊の10両に命じる。
「左の723大隊の動きが鈍い。となれば、右の724大隊から叩き、遅れて723大隊を叩く。時間差を置いた各個撃破だ」
そして、俺は右へ回頭した10両にこう命じる。
「全車、前進! 今日もやつらに、103大隊の恐ろしさを思い知らせてやるぞ!」
ダメだな、訓練だってことを司令官自身の俺が忘れかけている。だが、この旧103大隊に一撃も当てられないようでは、ヴァルハラ共和国軍に勝つなど不可能だろう。男だろうが女だろうが、関係ない。だから俺は心を鬼にして、新たなる連隊を鍛えて続けている。
この国を、領地を、そしてこの新たな連隊員の命を守るために。
(完)