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爺ファンタジー


「やはりその御顔! 探し申しましたぞ勇者殿!」


 がちゃがちゃと、身につけた鎧を鳴らしながら駆け寄ってくる年配男性。

 当然、面識はない。いや、王都からの輜重隊全員を見知っているわけでもないから、その中の誰かな可能性はあるけれども……


「おっと、少々失敬――」


 そう思っていると男性はいったん立ち止まり、

 ピィーーーーーーッ!!! と、

 首に下げていた笛? をひと吹き。

 思いのほか大きな音にびっくり。道行く人も、なんだなんだと注目。

 そんな周囲の様子を気にした風もなく、男性はこちらへ向きなおり、


「あらためまして、(それがし)、国軍第八方面基地所属一等兵、ヤスナと申す者! 此度、勇者殿の(こころざし)を聞き及び、微力ながら御助力いたしたく、こうして馳せ参じた次第に御座います!」


 高らかにそう言い、ビシッと敬礼。

 その声もまた大きく、正直面食らってしまうけど……


「あの、僕の志って、迷宮廃棄のこと……ですか?」

「まさに然り! 魔物の脅威を未然に防がんとするその気構え、まっこと感銘の至り! ……口さがない軍の若い衆などは物笑いの種にしとりますがな、某はわかっておりますぞ! 勇者殿の行わんとするところ、その正しさを!!」


 一応確認してみれば、やはり迷宮廃棄への協力の申し出らしい。

 ありがたい話だし、熱意も十分伝わってくるんだけど……いや熱意については十二分すぎるというか、語りながらぐいぐい来るので、ちょっと気おくれ。

 と、そこへさらに、


「――某()、であろう?」

「おお参ったか! 遅いぞ貴様ら!」

「さほど経ってもおらぬではないかっ」

「全速力で駆けてきたわ!」


 ザザッ、と現れたのは同じ装い、

 そして同じ年代で似たような雰囲気の男性、加えて三人。


「さておき、お初にお目にかかる。某、第八方面基地所属上等兵、ウィスプラトーと申す」

「同じく一等兵、ヴェンディダード!」

「同じくヤシュト! 義によって勇者殿に助太刀いたしたく!」


 自己紹介のち、ザザッと敬礼。

 遅ればせながら、なるほどあの笛は呼子だったのだなと気づいたり。

 あと微妙に周囲に人だかりが出来はじめているけど、やはり彼らは意に介さないようで。


「探す最中小耳に挟みましたが、勇者殿は領主めにも、果ては御同輩にも助力を断られたとか」

「さすがに勇者の力には及びませぬが、我ら全身全霊をもって貴殿を支える所存!」

「存分にお頼りくだされ! なに、この老骨が果てようとも、民の安寧の礎となるのなら誉れというもの!」


 わはははは! と、四人共々豪快な笑い。

 いや本当に、協力してくれるのなら、それは助かるのだけど。

 この人たちの、この妙なノリには、どうにもついて行けなさそうな……




 ――あれから二週間。


「さぁ、来なすったぞ! 構えなされ勇者殿!」

「はいっ!」


 迷宮の一角にて。

 鼓舞する声に返事し、僕は剣を構えなおす。

 暗がりから向かってくるのは魔物。思い思いの武器を携えた、人身獣面の異形複数体。


『ゴギャア!!』

「ぬぅん!」


 突撃する魔物。しかし割り込んだ大盾が、刃や鈍器をことごとく阻む。

 その隙に横合いへ滑り込んだ僕は、一度剣から離した右手で魔物に触れ、


「今です!」

「承知!」


 【弱体化】を放つと同時に呼びかけ。

 応答は剣の閃きとともに。素早く放たれた一撃は首を刎ね、魔物の一体が倒れる。


『!? グァッ!』


 仲間をやられた魔物が驚愕、次いで激昂し、仕留めた相手のほうへ向きなおる。

 こちらに背を向けた形だ。遠慮なく【弱体化】を使い、

 その体が脱力したのを見取って、即座に掴んで入れ替わるようにまわり込む。


「“エナジーボルト”!」

『?! ――』


 そこへ飛来する、味方後方からの攻撃魔術。

 直撃を受けた魔物は大きく体を欠損し、そのまま物言わぬ骸と化す。


『ギャギャッ!?』


 二体が倒れ、戦況は覆ることのない優勢へ。

 けれども気を抜かず、かといって緊張に強張らないよう心がけながら立ち回り――


「――うむ。なんとか乗り切りましたな」

「ええ……!」


 ほどなく戦闘を終える。

 額の汗を拭い、剣を納めながら頷きを返す。


「やあ、勇者殿もだいぶ動きがこなれてきましたな!」

「本当ですか?」

「もちろんですとも! とくに足捌きには、やはり目を見張るものがある」

「うむ。武の心得がなかったなどとはとても思えぬ……いや! 疑うわけではないのですがなっ?」

「あはは。武術はやったことなかったけどサッカー、体を動かす習慣はあったので」


 他の人たちも、それぞれのポジションからこちらへと集まってくる。

 突如助力を願い出てきた国軍の年配兵士たち。

 彼らと組んで、迷宮に潜れるようになって、

 意外にも――と言ったら失礼なのだけど、僕らの迷宮攻略は順調に進んでいた。


「身のこなしもさることながら、【弱体化】でしたか? これも驚異と言わざるをえますまい」

「然り。よもや五層の魔物を、かような数打ちの剣で切り裂けるなど……」

「魔術も初歩のもので事足りようとは。さすがは勇者の加護と言ったところですな」

「まあそも、そうでもなくば某らごときがここまで潜れる道理もあるまいて」


 ヤスナさんたちが言うように【弱体化】のおかげというのも、もちろんある。

 特別な装備も超人的な身体能力もない僕らが、現在の五層の魔物――地上に現れたらちょっとした災害といってもいいような存在と渡り合えているのは、まさに【弱体化】あってこそ。力も守りも常人並みに落とすこの力。今のところ通じない魔物もおらず、だからこそ戦闘も危なげなくこなしてこれている。


 けどそれ以上に、彼ら。

 当人たちはたびたび謙遜するけど、その実力はかなりのものなのではないか。


「しかしこれで、某もいよいよ英雄譚の一員か」


 大盾による巧みな防衛術を駆使するウィスプラトーさん。


「図に乗るでない! 勇者殿が居らなんだら、所詮我らなぞ軍の鼻つまみどもぞ」


 大剣での鋭い剣技が冴えるヤスナさん。


「然り然り! されど才も器量もない我らが、よくもまあこれまでくたばらずに来れたものよ」


 剣技は元より斥候術に長けたヴェンディダードさん。


「うむ、へんに才などなかったのが、むしろ幸いだったのやもしれんな。――いえっ、勇者殿を揶揄しておるのではなくてですなっ?」


 そしてこちらも剣だけでなく、いくつかの攻撃術も修めるヤシュトさん。


 皆おそらく僕の親より年上なのだけど、だからこその功があるように思える。

 戦闘での気構え、立ち回りかた……彼らから得るものは多く、実際僕自身、戦う者として成長を実感しているほど。


 彼らの支えや指導もあって、迷宮も五層にまで到達できるようになった。

 全十層と目されているこの巨大迷宮。つまりいよいよ折り返しというところ。


「ええ、わかっています。――それで、どうしますか? まだ先へ行くべきか」


 けど、まだ折り返し。ここまでで二週間とはいえ、同じ時間で残りの半分も攻略できると考えるのはさすがに甘いだろう。魔物も強くなっていくだろうし、迷宮の構造もより複雑になってくるはず。


「某はまだ行けますぞ!」

「うむ。気力、体力ともに充実しておる」

「だがこれより先は、いよいよ六層。なにが待ち受けておるか、まっこと未知数」

「行きは元より、帰りのこともお忘れなきよう。奇襲や罠は、迷宮では茶飯事なれば」


 でも不思議と、不安や過度な恐れはない。

 間違いなくこの人たちのおかげだろう。彼らの快活な応答に、あらためてそう思う。


「……では、ひとまず一度下りてみて一戦。そのあとは余力に応じて、進むか否かを決めましょう」

「うむ、堅実な判断ですな」

「異存ありませんぞ!」


 すこし考え、僕はこの場の決断を下す。

 応じる威勢のいい声に背中を押されるように、僕らは迷宮の先へと進み――




「やあ、此度はまっこと間一髪でしたな!」

「なにを、貴様の手抜かりであろうヤシュトよ! 見え透いた罠にかかりおってからに」

「むっ、言わせておけばウィスプラトー、貴様も危うく逃げ遅れるところであったろうが!」

「お、落ち着いてっ。こうして生還できたんだから、よしとしましょう、ね?」


 ――結局この日の探索は、六層で一戦、ほどなく撤退と相成った。

 奇しくも直前に僕が決めたとおりとも言える結果。言い争う二人を宥めながら迷宮を出れば、出迎えるように日の光が降りそそぎ、思わず目を細める。


「……」


 なんとなく振り返り、迷宮を仰ぐ。

 何度見ても異様な外観。建物というよりは彫刻とかの芸術品を思わせる、歪な形状。

 全十層――十階建てというと、現代的な感覚ではそれほどの規模でもないようにも思える。

 けど迷宮内は実際、見た目以上に広大だ。フロアごとの面積もそうだが、天井も異様に高い。それこそ、あの構造物内に収まりきるとはとても思えないほどに。


 迷宮とは異空間である――そのことの証左なのだろう。一層、二層と進むために、なぜか下り階段を下りなければならないのもそう。規律や法則すら歪んでいるのか、あるいは見えている構造物は本当にただのオブジェで、実際の迷宮は地下に広がっているのか……外からの掘削は不可能らしく、そのあたりは判然としない。


「いかがされましたかな? 勇者殿」

「いえ、すみません、ちょっとぼーっとしてました」


 呼びかけられ、はっとして返事。彼は……ヤスナさんだ。失礼な話だけど、皆さん妙に雰囲気が似ているので、時々パッと誰が誰だか判別できないことがある。……よく見るとそんなに顔は似てないんだけどね。同じ年格好に口髭、という共通点はあるけれど……


 遅れた分を小走りに近づき、皆さんについて行く。

 迷宮周辺は露店が雑多に立ち並んでいる。扱われているのは回復薬などの消耗品や装備品、はては迷宮出土を謳う武器や怪しげな道具など。玉石混交でぼったくりも多いらしく、探索に慣れた人は滅多に利用しないとか。ごく稀に、本物の希少品や強力な装備などもあるらしいけど。


 露店エリアを抜けて、街中へ進む。

 迷宮帰りはそのまま食事に向かうのがいつもの流れ。馴染みとなりつつある酒場へ向かうべく、飲食店の多い通りを目指しているところ、


「あ! こんにちは皆さん! 今お戻りですか?」

「おお、ミコ殿! 然様。ちょうど迷宮を出てきたところでしてな」


 ふとかかる明るい声。

 奥田君のパーティの一人、ミコという小柄な少女のものだ。探索者同士ということもあってたびたびすれ違うこともあるけど、こうして気さくに話しかけてくるのは彼女だけだ。


「聞いてくだされミコ殿、なんと我らもいよいよ六層へ到達しましたぞ!」

「ふわぁ?! すごいです! もう名実ともに一流探索者ですね!」

「わはは! 筆頭隊伍(パーティ)の一員にそう言われると面映いですな」

「あはは、まあわたし、“黒曜”の一員とは名ばかりの待機組なんですけどっ」


 本人の言うとおり、彼女が迷宮に潜っているところをまだ一度も見たことがない。どうもまだ見習いという立場らしく、おもな役目も買い出しなど。今日もそんなおつかいの途中らしく、小脇に荷物などを抱えていた。


「ところで皆さん、すこしお怪我をされてますね?」

「む、そうですかな?」

「大きな傷は、某が粗方治しもうしたが……」


 不意にミコからの、小首を傾げながらの問いかけ。

 動きに支障が出るほどの怪我は、処置した当人であるヤシュトさんが言うように、迷宮を出る前に大体治してある。けどそれ以外の軽い打ち身や擦り傷なんかは、そのままであることが多いのは確か。


「なにこの程度、放っておいても治りましょう」

「ダメです! 小さな傷でもはしょうふう……? とか、体を悪くすることもあるってオクタさんから聞いてますし! こういう時こそ、わたしにお任せです!」


 なんのこれしきと笑う皆さんへ、思いの外きっぱりとした諫め。

 それからこちらへ一歩近寄り、両手の指を胸の前で組んで、祈るような姿勢に。

 するとミコの体から発せられる淡い光と、ほのかな温かみ。

 見れば皆さんも、そして僕も、

 体中の細かな傷が、ゆっくりと消えていき――


「――ふうっ、いかがでしょう?」

「おお、かたじけない!」

「やあ! すみませんな、会うたびにこのような」

「いえいえ! わたしが好きでやっていることですし。でも、どういたしましてっ」


 完治した体に破顔する皆さん。恐縮しつつも彼らの礼を受け取る彼女。

 見てのとおり、ミコという少女は癒しの力を持っている。


「それにわたしの力なんて、それこそこうして押し売りみたいにしないと使う機会がないですし……あはは! 術士としてはグリエルマさんに遠く及びませんからね、お恥ずかしい話ですが」


 ただ彼女は、それにいまいち自信を持てていない様子。

 勇者がリーダーを務め、優秀な術士を擁するパーティにいるのも一因なのだろう。


「なに、そう卑下することはありますまい。そも、某など術はからきしですしな」

「術には人柄が表れる。ミコ殿の癒しは、その優しい性根の表われのように某などには思えますぞ」

「貴様の癒しは大雑把であるからな」

「抜かせ!」


 そんな彼女をすぐさま労る皆さん。

 軽く言い合うのも口論というよりおどけるような感じで、場も少しだけ和む。

 ちらり、とヤスナさんから目配せ。

 なにか言葉をかけてやれ、ということらしい。

 たしかに、つい成り行きを見守るようになってしまっていたな。


「僕からも、あらためてありがとう、ミコ。君が明るく笑ってくれるから、僕も皆さんも、この街でがんばろうって思えるから」

「は! はひっ、わたしもその、どういたしまして……っ」


 自然、笑顔になりながらお礼を述べれば、ミコは驚いたように固まってから、真っ赤になってうつむいてしまう。

 ちなみに呼びかたは、彼女にそうしてくれと頼まれたもの。最初、年下だからミコちゃんかな、と思ってそう呼んだらひどく恥ずかしがってしまい、それから慌てたように呼び捨てでいいと言われたのだった。だったらミコさんのほうがいいかとも思ったんだけど、それはそれで他人行儀のような気もして。

 見ればヤスナさんたちが微笑ましいものを見るような目をミコに向けている。先程とはまた違った趣の和やかな空気が流れ……


「なかなか来ないと思ったら道草か? いいご身分だなミコ」

「――! オクタ、さん」


 不意に、路地の暗がりから姿を現す、頭部以外全身黒い鎧の人影。

 見知ったクラスメイトの顔――奥田君だ。待ち合わせでもしていたのだろうか、遅れた仲間、ミコを探しにきたようだった。


「待った、彼女を叱らないでくれ。僕らが呼び止めてしまったんだ」

「……騎士(ナイト)気取りか? 相変わらずのイケメン振りだな。おいミコ! 気分よく庇われてるとこ悪いが、そいつ彼女持ちだからな? しかも相手はあの聖女様だ」

「ええ!? ――ええッ?!」


 思わず一歩前に出て擁護。

 すると奥田君の言葉に、背後のミコから驚きの声が、二度。

 そういえば、迷宮都市(こちら)に来てから一度も、誰かに優愛とのことを話してはいなかった。のちに聞いた話によれば、どうも同じ癒しの使い手ということで、ミコは聖女様――優愛に密かに憧れを抱いていたらしい。


「そのイケメンが、まあずいぶんとしみったれた隊伍(パーティ)を組んだものだな。ひょっとして彩りでも添えたかったか? 人員を引き抜いて足でも引っぱるつもりか、筆頭探索者のこの俺の」

「そんな気はない。ミコとはすこし話しこんでしまっただけだ」

「うむ。たとえ勇者といえど、言いがかりは感心しませんな」

「それに某らも、先刻をもって五層を超えた一党。然様な姑息な手になど頼らず、いずれ実力で貴殿らに追いついてみせましょうぞ!」

「……なに?」


 奥田君の売り言葉に、ついこちらも語気が強めになってしまう。

 ウィスプラトーさんたちも反論。その途中、こちらの攻略状況を耳にしたあたりで、奥田君の様子にすこし変化が。


「……」

「オクタさん……?」

「――急用だ。ミコ、君は一人で拠点に戻れ」

「あっ、はい! あの、それでは、皆さん失礼しますっ!」

「あ、ああ。また……」


 ほどなく踵を返し、再び路地へと消えていく奥田君。

 ミコもまたリーダーの指示を受け、慌ただしく去っていく。

 その背にどうにか返事だけして、しばし二人を見送る僕ら。


「勇者殿、あのオクタという御仁とはなにか因縁が?」

「そんなことは、ないはずですけど……」


 ややあって、ヴェンディダードさんからのそんな問い。

 こちらが助力を申し出た時の態度からも、彼が僕を目の敵にしているのは確かだろう。

 けれどもその原因がわからない。そもそも僕は奥田君と、ほとんど接点もなかったのだから。同じクラスといっても、教室で顔を見かける程度。まともな会話をしたのも、それこそこのレガスの、迷宮都市へ来てからが初めてといっていい。

 それに彼自身の人柄というか、印象の変わりように対するとまどいも大きい。学校での彼は、もっとおとなしかったはず。アニメやゲームの話をよくしているグループの、一歩後ろに控えて静かにしているような……。


 もちろん断言はできない。僕がよく知らないだけで、あれが本来の奥田君の性格なのかもしれない。それにヴェンディダードさんの言う因縁についても。僕が覚えていないだけで、知らず知らずに彼の不興を買っていた可能性もないとはいえない。返答が曖昧になってしまったのは、そのため。


(にしても、去り際の奥田君のあの顔……)


 どことなく不穏を覚えるのは、彼の悪意が垣間見えたからか、

 それとも僕が無自覚に抱える彼への罪の意識、その表れなのか――

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