“迷宮都市”
エピタイを変えました。
ってかなぜ始めからこうしなかったのか……
○
王都を発ってから三日。
ようやく辿り着いた“迷宮都市”の街並みを、僕は馬車の窓から眺めていた。
「すごいな……」
思わず呟く。街の規模そのものは王都のほうが大きいというが、賑わいでいえばこちらのほうが上かもしれない。そう感じるのはおそらく、建物や人の密度が高いせいだろう。賑わう、というよりも、とにかく混雑している。
レガス全体が戦時でも、変わらぬ人の往来があるというこの街。迷宮より湧きだす財貨や特殊な装備品、資源は、むしろ戦時である今だからこそ需要が尽きないのかもしれない。
その迷宮も、先程から視界に入っている。街の中央にそびえる奇怪な構造物が、それだ。都市にいればどこからでも、どころか街の外、街道にいたときからもずっと見えていた、不気味な佇まい。そもそも都市自体が迷宮を中心に発展したものなので、どこにいても見えるのはある意味当然だ。
街を行き交う人々も、王都とはまた違った雰囲気。
なんとなく物騒な感じがするのは、少なくない数の人が多かれ少なかれ武装しているからか。
間違いなく迷宮に挑むつもりなのだろう。通りに連なるのもそういう人たち向けの武具屋や呑み屋……あとはその、ちょっといかがわしい感じの店もちらほら目につき、街一帯が歓楽街のようにも見える。
道の混雑に合わせ、のろのろと進む馬車。
元々は軍の輜重隊に相乗りさせてもらっている形の今回の道行き。物資を積んだほとんどの馬車は城壁の外を回って軍の基地へ向かったが、隊の責任者も乗っているこの馬車だけは、領主との面会のために街に入る必要があった。
領主と顔合わせしなければならないのは、僕も同じ。この世界において勇者の権限はかなり大きく、極論を言えば無断で活動しても咎められることはない。かといってなんの挨拶もなしに、というわけにもいかないだろう。迷宮の廃棄という、都市の行方に関わることが目的であれば、なおさら。
とはいえ、王都からの通信魔術により、王族直々の通達は事前に届いているはず。
だから会見も形式的なものというか、それこそ軽い挨拶程度のやりとりで済むだろう。
……そう、思っていたのに、
「迷宮を廃棄せよ、ね。フン、左様なこと、認められるわけなかろうが!」
顔を合わせるなり、領主はそう言い放ち――
「はあ……」
思わず出る溜息。
街中を一人歩く足取りも、とても軽いとはいえず。
『――まぁ、お若いから仕方ないのかもしれませんがな、勇者殿もエリカ王女も、経済というモノをわかっていない。金とは血流であり、迷宮は言わばこの都市の心の臓。その死はすなわち都市そのものの死! ……わかりますかな? 領民を預かる領主として、それら全てを見殺すような横暴は看過できんのだよ』
館で領主に言われたことを、思い出す。
その言葉どおり、彼は迷宮の廃棄には断固反対のようだった。来て早々街のトップ直々に否を突きつけられるとは思わず、まさに出端を挫かれる思い。
けど、めげてばかりもいられない。
領主が駄目でも軍のほうで独自に協力してくれれば、あるいは――
そう思って僕はこの街の軍の駐屯基地を、たった今訪ねてきたところ。
……だったのだが、
『領主殿の仰るとおり、と言わざるをえませんなぁ。迷宮なくして都市はなし。仮にこの街が突如迷宮を失えば、大勢の者が路頭に迷い治安の悪化は必至。……そうなったとき勇者殿、貴殿ははたしてその責任をどう取るおつもりであるのか、是非お聞かせ願いたいところです、えぇ』
その基地の司令官までもが、領主と同意見らしく。
かくして僕はこの街において、公的な協力を得られなくなってしまった。
領主たちの言い分はわかる。“迷宮都市”から迷宮がなくなれば、街そのものが立ち行かなくなるかもしれないと、エリカさんだって危惧はしていた。
それでも人命には代えられないと、迷宮廃棄とはそういう決断だったはず。
そもそも地方の一領主が王命に逆らうなんて、この国ではそんなことが許されるのだろうか?
……ひょっとしたら、
この街は王都より経済的に強い、のかもしれない。
領主の館、その様子が思い出される。
まるで城と見紛うばかりの屋敷の規模。内装も、外観に負けず劣らずの煌びやかさ。
豪奢な衣装がはち切れんばかりの、丸々とした領主の風貌。高そうなお酒を片手に僕に応対する様は、言ってはなんだが悪徳貴族そのものといった有り様だった。
基地の内装さえ、領主の館と似たり寄ったり。
そしてそれらは気のせいでなければ、王城よりも豪華さにおいては上であったように思える。
迷宮の生み出す富という後ろ盾。
それがあれば王命でさえ軽んじて構わないと、少なくとも領主たちは考えているのだろう。
それでも勇者である僕が、この現状をエリカさんに訴えれば、状況は動くかもしれない。
訴えられれば、だけど。レガスにおいて、通信魔術は貴重。まして王城直通の通信施設など、それこそ領主の館か基地くらいにしかない。勇者の中になら、ほぼどこでも誰にでも通信が送れる人がいるけれど……ここにいない人をあてにしても仕方がない。
(僕に力があれば……)
もし僕にみんなと同等の――もっと直接的な戦闘力があれば、強引な力押しで物事を進めることも出来ただろう。【弱体化】の一番のネックは、僕自身に十人並みの力しかないこと。強大な魔物一体ならどうにか出来るかもしれないが、一般兵士複数人にはとても太刀打ちできない。そういう力なのだ。
(……けど、そう。まだ手立てが尽きたわけじゃない)
勇者だ。この街を拠点とする勇者。
事ここに至れば、彼とともに僕らだけで迷宮廃棄を実行するしかない。くり返すが、この世界において勇者の権限は大きい。領主や軍も王命には逆らえても、真っ当な力を持つ勇者を阻むことは出来ないはず。
ここを拠点としている彼の役目は、迷宮からの獲得物を前線等に送り魔王討伐を支援することだという。つまりは迷宮探索にも慣れているはずで、その意味でも味方として心強い。
そうして僕は、事前に聞いていた彼の滞在先へと向かう。
“迷宮都市”に数多く点在する、迷宮探索者のための酒場兼宿。
その中でも最高級の一軒。一階丸々を使った広く煌びやかな酒場の、最奥の円卓にて。
久しぶりに顔を合わせたクラスメイト、奥田君は、
「いやいや待てって、皆元。どうして俺が頼みを聞く前提で話してるんだ? お前」
話し始めた僕の言葉を遮るようにしてから、そんなことを言い――
〈side:others〉
ある意味ではこれも、期待していたとおりの展開だ、と。
内心ほくそ笑みながら、陽ノ守高校二年C組所属――
現レガスの召喚勇者の一人、奥田は来訪者に対し、さらに言葉を重ねていく。
「奥田君……?」
「レガスにおいて、勇者は自由意志が保証されている、だろ? 現地人が俺らを拘束できないのと同様、勇者間においても互いの行動の自由は不可侵。すこし考えればわかるはずだが?」
呆然とする皆元。そんな顔ですら絵になる色男ぶりには辟易するが、
その色男が自分の言葉に二の句を継げなくなるのは、やはり気分がいいと奥田は思う。
皆元利。
2‐Cきってのイケメンで、文武両道の完璧超人で、おまけにクラス一の美少女が彼女。
スクールカーストトップと言える、そんな男から力を貸してほしいと頼まれ、
けれどもその頼みに、カーストではけっして上のほうではない自分がNOと断ってやる――
これほど胸がすくこともないだろう。
「――け、けど、迷宮を放っておけばこの街自体が危険に、」
「その情報は確定的なのか? そもそも迷宮から強力な魔物を生成したって言うが、それが本当に可能と断定できたわけでもないんだろう?」
「それは……っ」
「実行犯であるはずの魔族も見つかっていないという。状況証拠だけで動くなんて、短絡的と言わざるを得ないな」
なおも食い下がる皆元。いかにも人命優先ですという、鼻につく偽善ぶりで。元の世界にいたときから人が好く、だからこそ余計にモテていたが、異世界でもその態度は相変わらずらしかった。
だがその無駄な善意も、こちらの正論の前には無力。
「そういうわけで、お前の頼みを聞く義理も道理も俺にはない。悪いが他を当たってくれ」
「…………」
話は終わりとばかりに皆元から目を逸らし、奥田は無視を決めこむ。
思わずニヤけそうになるのを堪えながら。まったく痛快だ。スクールカーストが逆転したかのような力関係。このリア充様も、これですこしは下にいる人間の気持ちを味わえただろうか。
そんな風に気を良くしていたところに、
「あのぅ、」
やや緊張感に欠ける声が、不意に上がる。
「本当に、こちらの勇者様と協力はできないんですか? オクタさん……」
おずおずとした問いかけ。その主は円卓の椅子のひとつに着く、小柄でどこか垢抜けない少女。
名前をミコという、奥田の迷宮探索の隊伍、その新入りだった。
「ミコ……君、今までの話を聞いていたのか?」
「は、はいっ。おっかない魔物が迷宮から生まれるかもしれないんですよね? だったら危ないんじゃ……」
なかば呆れながら問い返す奥田。
対する返答は核心をついているようで、やはりズレていると言わざるをえないもの。
「だから、『かもしれない』っつーハナシでしょ新入りぃ」
「で、でもっ」
「理論上は可能。それは理解できる。けれど迷宮という、安定した異空間とでも呼ぶべき構造――それを維持する魔力を、ただ一体の魔物に集約して再構築するなんて芸当、どれほど複雑な術式を要するか見当もつかない。それとも貴女、そんな術式に心当たりが?」
「うっ、それは、わかりませんけど……」
奥田と同様を呆れをにじませ、口を挟むのは他の仲間たち。
優秀な斥候でありどこかギャルめいた格好のリナ。
上位術を数多く修めた術士の眼鏡少女グリエルマ。
どうにも空気を読めず間の抜けたところがあるミコとは違い、この二人は奥田の意図を、言わずとも汲んでくれる器用さがある。
皆元への助力の要請を、王都から事前に受けていた奥田ではあったが、
そもそも迷宮を廃棄させる気など、元より更々ない。
ファンタジーな異世界で出会った、現地の見目麗しい仲間たち。
自身の万能な“加護”により得た、都市に名だたる筆頭探索者という立場。
そんな自分が主役になれる舞台を、どうしてわざわざ壊さねばならないのか。
「――でもこの方、真剣ですし、嘘を言ってるようには、」
「それ、顔の良さにほだされてるだけではないかしら」
「あははー、悪い男にホイホイ騙されそうだよねー、新入りは!」
「そんな! そんなことは……っ」
なおも言い募るミコへ、グリエルマの冷静なつっこみ。
リナにも笑われ狼狽える彼女は、途方に暮れたようにちらりと皆元のほうを窺い、
思わずという感じで、赤面。
苛立ち。
「――ミコ」
「ひっ!?」
低い声で呼びかける奥田。
“加護”の賜物――身に纏っている鎧状の強化外骨格を起動させ、周囲を威圧しつつ。
引きつった小さな悲鳴。蒼褪める少女の顔色。
立ち上る並外れた魔力に中てられたのだろう、リナやグリエルマまでもが軽く慄いた様子。
皆元もまた気圧されているようだ。
三軍の連中とは違う、本物の勇者の本気、その一端に触れたことで。
幾分か溜飲が下がり、奥田はすこし機嫌を直す。
「ふぅ、俺もべつに、仲間の意見を蔑ろにしたいわけじゃない。だけど俺も他の皆も、皆元の話には理も利もないと判断したんだ。つまり君の言い分は、いわば君一人のわがままだ。そのために隊伍に不和を生んだり危険に晒したりする真似、俺はリーダーとして認めるわけにはいかない……わかるな?」
「……はい。すみませんでした」
そうして説き伏せれば、素直に頭を下げるミコ。いまだ周囲を圧する奥田のプレッシャーに耐えられなかっただけかもしれないが、彼女の言い分を聞く気は端からないので、どちらにせよ同じこと。
「皆元も、そろそろ下がったらどうだ? ――ああ、君のこの都市での活動そのものについてまでとやかく言う気はないから、君は君で好きにしたらいいさ。【弱体化】、だったか。有用性が判明したのだと聞いている。それを生かせば、君でもそれなりの活躍はできるんじゃないか? この“迷宮都市”でなら、な」
「…………」
今度こそ本当に話は終わり。
さすがにそう察したのか、しばしの無言のあと皆元は踵を返し、酒場を去っていく。
正直すこし、懸念はあった。
一人だけ明らかに弱い“加護”を授かった男――
そんなものは覚醒の前振り。多くの創作がそう示す、テンプレ展開そのものだったのだから。
(けど覚醒してアレなら安心だ。少なくとも、俺の脅威にはまったくなり得ない……クク)
あるいは有能な仲間でも得られれば、その限りでもないかもしれないが……
どのみちこの“迷宮都市”に、やつの味方をする者などいまい。
トボトボと去っていく皆元の背中を、奥田はほくそ笑みながら見送っていた。
○
「…………」
足取りは重く、溜息すら出ない道行き。
この世界の人ならまだしも、同郷の、クラスメイトにまで協力を拒まれたのは、さすがに僕もこたえた。災害が多い国で、しかも直近に世界的な疫病さえあった元の世界。ゆえに危機意識の共有もスムーズに行くだろうと期待してたけど……僕が甘かったのだろうか?
(……とりあえず、今のところは滞在先を確保しないと。領主館や基地には入れてもらえなさそうだし……まあお金はいくらか持たされてるから、そこまで切羽詰まってるわけじゃないのは救い、かな)
ひとまずのところ今日は休んで……明日はやはり、一度迷宮を見に行こう。廃棄を達成する目途は到底立たないけど、戦闘訓練や【弱体化】の試用は、どのみちしなければならないのだし。
そう思い、手頃な宿を探すため街並みに目を向け、
「あいやもし! そこにおわすは勇者殿では?!」
不意の呼びかけ。
振り返ればそこにいたのは、国軍兵の格好の年かさの男性で……




