些事
〈side:???〉
辺境の都市、軍事施設の敷地内。
パーティ会場として使われていた一棟から、男が一人歩み出てくる。
「ありがとう、ミコ。気を利かせてくれて」
『~♪』
浮遊する霊体を伴う彼の名は、皆元利。
会場内での殺伐とした雰囲気とは打って変わって、傍らへ語りかける様はどこまでも穏やかで。
「けど、あんなにも素直に怯んでくれるなんてね。危ないものじゃないって暗には言ったはずなのに、ミコの炎」
『っ』
応じる霊体、精霊という存在らしいが、そちらの様子もまた和やか。
先の出来事を思い出してか、可笑しそうに笑みまで浮かべている。
ミコの炎――あの現象に、たしかに他者を害する要素はなかった。
かの精霊固有の力なのだろう、純然たる癒しの力が炎のように立ち現れただけ。
なにものも傷つけず、ただ癒す。
それが己の在りかたなのだと、そう言わんばかりの、力。
「……思えば、レガスの夜空もこれで見納めか。あれが竜座……宝船座にテーデ川……はは、結構覚えちゃってるな」
『……』
立ち止まり、ふと夜空を仰ぐ利。
この世界の星座。彼にはもともと備わっていないはずの知識。
教わった者へ思いを馳せるような、そんな眼差しは、
「――それで? 会場に顔も出さないで、そんなところで待ち伏せして。ちょっとらしくないんじゃないか?」
不意に逸れ、そばの植木を射抜く。
ややあって観念したように、木陰からひょっこり覗いた顔。
「……やーはは、バレちゃった? いちおー気配とか消したつもりなんだけど」
歩み出たのは、露出高めの軽装の少女。
椎名風子。
勇者の一軍。朋矢や優愛と隊伍を組む、【遊星】の“加護”の持ち主。
「会場にいた時から視線は感じてたよ。隠れるつもりなら、もっと上手くやらなきゃ」
「ムム、思った以上に尖がってるね皆元くん……。あ! でも本気のアタシはこんなもんじゃないかんねっ? かくれんぼしてばっかりもいられなかったワケで」
「ふうん」
「あっ、信じてない? もーこっちはこっちで大変だったんだからねッ? アタシが人払いとかやってなきゃ、今頃警備のヒトがなだれ込んできててんやわんやだったよ?」
「ああ、それで騒ぎにならなかったのか。道理で」
利の反応を受け、左手を腰にあて右手人差し指を示す姿勢の風子。
会場での一連の出来事が咎められなかったのは、そういう理由だった。それとなく恩に着るよう促す彼女の言葉に、しかし利はとくに取り合わず、ひとり頷くのみ。
「むー、感謝の念がうすーい! 尖がるだけに留まらず、ホントーにサツバツとしちゃって……うぅっ、あげくに帰りのお誘い、アタシだけハブなんて……っ、皆元くん、アンタいつからそんなハクジョーな男に……!」
頬を膨らませ、
かと思えばよよよと泣き崩れるような仕草。
そんな風子は、しかし次の瞬間、
「いつからもなにも、」
気づけば腹部に、深々と剣を突き立てられていて。
反応すら出来なかったそれは、いつのまにか眼前にいた利による、不意打ち。
「僕のことなど、お前はレガスでしか知らないだろう? 化身」
「っ゛!?」
慌てて風子が反撃に転じるも、
それより速く剣を引き抜き、飛び退いて身を引く利。
追撃は、叶わない。
致命的といっていい痛手が風子の体に立っていることを許さず、膝を折り、倒れ伏せさせる。
意識の間隙を突く動作。踏み込みの一歩目で最高速に達する足捌き。
鞘から剣を最速で抜き放つ技術。そして“力”と攻撃の、同時行使――
想定を遥かに超えた一連の所作も、驚愕に値するが……
皆元利。
此奴、どうやって椎名風子の正体に気づいた?
否、それ以前に、なぜ化身の存在を知っている――?
「化身――異神が下界で活動するための、仮初の器。人間、ないし魔族の肉体と意識を用意し、そこに自らの分霊を与え、現世へと降りる術。……旅の途中で聞いたよ。戦争という自作の遊戯を、指し手としてのみならず駒としても愉しむ……なんとも異神らしい、くだらない悪ふざけだ」
「ぐぅ……っ!?」
油断ない足取りで再び歩み寄った利は、そのまま剣を突き立て風子の掌を地面に縫いつける。
優位に立ってなお、相手に反撃の余地すら許さない如才なさには戦慄を覚える。
否、それよりも残る疑念が。
化身と、そうでない通常の下界の者どもを見分ける術はない。
肉体も意識も特別手を加えていない、分霊を除けば非異常のものだからだ。
勇者の一員に加わることは、たしかに新しい試みではあったが、
そこにもやはり、“加護”以外の手は加えてない。
常人に、ましてや魔術も闘技もない未開人などに到底見破れるものではないはず……
「優愛に親友なんかいない。どころか、2‐Cに椎名風子なんて生徒は存在しない。……気づいたのは、ほとんど偶然のようなものだ。ふと思い立って、自分に“力”を使ってみた。なんらかの悪影響を、異神から受けていやしないか、と思ってね」
「?! ば、かな、ッ!?」
「ああ、無駄な抵抗はしないでくれ。そもそも動くのも辛いだろう? 仮初の肉体は人間の域を出ない。おおかたゲームバランスを取るためだろうが、案外律義、いやふざけているだけか」
「皆元、利ッ、貴様、よもや……!」
勝ち誇った様子もなく、
どころか酷くつまらなそうに、利はそう告げる。
我らの仔細を知る素振り。
神の威すら破る“力”――
事ここに至り、思い知る。
此奴、勇者にあらず、
どころか、もとより我らの手の内にすら……?
「しかし拍子抜けだな。わざわざ誘いに乗ってやったのに」
「な……」
「僕を消すつもりだったんだろう? さっきの話は、さすがに見過ごせなかったとみえる。……いやそれ以前に、今の今まで放っておかれた理由がよくわからないんだけど」
「……」
「まあとにかく、お前は微かな気配で自分の存在をにおわせ、こんな人が寄らないような建物の間に僕を釣り出し――そしてあえなく返り討ちに遭った」
「っ……」
「僕が言うことでもないと思うけど、ちょっと不用心すぎないか? 罠のひとつくらいはあるだろうと思って、一応用心していたのに」
「ぐ……ッ」
「自力でどうとでもなる、と? 【遊星】の力はたしかにすごいけど、人間の反応、反射速度はそう変わるものじゃない。さっき朋矢とやりあって、あらためて実感したことだけど」
「ぐ、ぐぐ……!」
「誰も駆けつけないってことは、人払いとやらも継続中か。人知れず僕を始末したかったからなんだろうが、裏目になってないか? むしろ余計なトラブルを避けれて、僕が助かってる」
「ぐぐ、ぐぐぐ……ッ!」
淡々と、
なじるでもなく、ただ事実を並べるかのように。
それが余計に風子の――化身の神経に触る。
「ッ……ぐ、く、クククッ」
「?」
「塵芥風情が……、たかだか化身ひとつ取った程度でいい気になりおって」
だが思えば、どうということもない。
余裕が戻る。それを自覚する。
「我らの想定を超える規格外、それは認めよう。だが駒が規格に合わぬなら、盤上より弾かれるのみよ……かくなるうえは我ら二柱の威をもって、貴様を盤外へ弾き出す! ククッ、墜ちよ……世界の狭間の最下へと。さすればもはや只人に這い上がる術など、」
「お前、気づいてないのか?」
死より虚ろな無間の地獄。
それを突きつけてやろうと、そうする途中、
「“加護”持ち――勇者は異神の耳目。それを知る僕が、朋矢たちの前であれだけ悠長に長話したわけ、考えもしなかったのか」
逆に突きつけられる。
終始変わらぬ、つまらなそうな表情で。
「神たちはすでに、お前らを追い詰めている。僕がクラスメイトに帰還を呼びかけ始めたころには、とっくにね。――その様子だと、今の今まで気づきもしなかったようだな。まあ、それだけ彼らの包囲が周到ということか」
意識を本体へ飛ばす――
容易であるはずのそれが、しかし上手くいかない。
であれば我らは、もはや……
「こっちも危ない橋だった……そのはずなんだ。人間の召喚や送還は本来、神の領分。それをいち勇者であるはずの僕が呼びかけるのは、異神らに違和感を与えるのに十分すぎる行動だろう。一応僕も、だから最低限の用心はした。さっきは朋矢と優愛を手前に、最後だからとわりと余計なことも喋ったけれど、他の2‐Cのみんなへは、情報が漏れないようほとんど最低限のことしか伝えなかったんだ」
気にも留めていなかった。
対手の策の一環――初めこそそう考え、気を払ってはいたが、
あまりにも取るに足らない力。大局への影響など無きに等しい動き。
そもそも戦局は、すでに大将同士の一騎打ちに収束している。
ゆえに、捨て置いた。
「彼らも警戒していたはずだ。対処に打って出るだろうお前たちへ」
「ぐ、ぐ」
「けど結局はそれも杞憂で、――お前はこうして、間抜けを晒している。それもひとえに、」
その弱卒が、塵芥が、
神の化身たる自分を見下ろして、
「人間を、他者をなめ過ぎなんだ、異神は。自分たちこそ、たいした頭もないくせに」
「?! ぐ、ぐぐぎ……ッ」
心底見下げ果てたように、吐き捨てる。
神に成り損なって生まれて以来の、身震いするほどの屈辱。
「この結果は必然だ。お前らは自身の愚かさ、至らなさのために滅ぶ」
「ぐ!? が……っ」
あまつさえ、頭を踏みつけられる。
仰ぎ見えたその視線には、いつからか憤怒と憎悪と、
「他の誰のせいでもない。お前らの行い、いやあるいは存在のすべてが罪で……」
「ぎっ、や、め」
なにより、殺意の色が宿り。
再びの身震い。それも今度は、恐怖による。
化身の、定命の死など一時のこと。
現に化身の死など、今までの戦争でも幾度か経験している。
異神に自覚はない。
これまで戦いの矢面に立ったことなど数えるほどもなく、
ゆえに人間の純然たる殺意を、真っ向から一身に受けたことは、一度もなかったことなど。
「報いはこれから、とくと受けろ。それだけがお前らに許された、最後の役割だ」
「ぐげっ?! ――……」
仮初の意識が暗転する直前、
自身の首がへし折れる嫌な感触。それが椎名風子の、最後の感覚だった。
○
絶命してほどなく、手足の先から黒ずみ煤のように崩れていく体。
人を模しつつ人ではない、風子が化身であった証左だ。
気さくそのものな友人然とした女子の笑みが、一瞬思い出されるが、
それも遺骸とともに風に浚われるかのように、薄れて。
『……終わりましたか』
「――ええ。やりたかったことは、すべて済みました」
ややあって、寄り添うミコから発するはずのない声を聞く。
彼女を介した神の交信だ。あらためて向きなおり、僕もまた応じる。
「ここで……レガスでやるべきことは、もうありません」
応じるが、じつのところ風子の始末は僕のやるべきことというわけでもない。所詮こいつらは、元凶の異神が滅べば勝手に消滅する程度の存在だ。風子のことなど相手にせず、帰ってしまったってなんら問題なかった。
それでも僕は、わざわざ自ら手を下した。
念入りに踏み躙るように、侮辱の言葉さえ吐きかけながら。
八つ当たり。たいした意味のない幼稚な行い。それは間違いないが、
直接、ひとこと言ってやりたかった。
神域という手の届かない場所、そこにいる異神に物申せる機会は、ここしかなかったから。
『では、御送りいたしても?』
「ええ。お願いします」
手短なやりとり。直後、僕らの足元に光が生じる。
いくつもの図形と文様が重なった光の陣。こちらへ来る際、教室で見たものと似ているが、それよりもどこか洗練された印象で、なにより感じる力の質が違う。
場所や時間を問わない、本来の神の行使する送還。召喚によりすでに通じている、いわゆる“路”を逆にたどるだけだから、いちから喚ぶ場合ほど手間は取らないらしいが――
『――それも世界の成り立ちすべてに通じてこそ。ゆえに異神には叶いますまい』
以前聞いた言葉を思い出すに、やはり、
神としての、格の違い。それをあらためて実感する。
『……』
ふと、隣に浮かぶミコと目が合う。
彼女もまた僕と同様、陣の中にいて。
「今更だけど、僕なんかと来ていいのかい? レガスは君の故郷で、」
『――』
問うた途端、ムッと眉根を寄せる表情。
――本当に今更ですっ。なんと言われてもついて行きますからね!
そう語るかのような目に、思わず苦笑してしまう。
「ごめん、愚問だったね。――これからもよろしく、ミコ」
『っ!』
気を取りなおしてその名を呼べば、返ってくるのは野花のような笑み。
感じるのは、深い信頼。
この絆だけは手放すまいと、心からそう思えるような。
「帰ろう……行こう。僕らがあるべき場所へ」
足元の光はいっそう輝き、
やがてすべての景色が光に呑まれ、薄れて――




