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愚にもつかない




「……」


 元の場所、霊峰の頂上付近へと僕は戻り、


「……ミコ?」


 あたりを見まわし、すこし不安になって呼べば、


『――』

「わ、よかった。ちゃんといる」


 すぐ隣にふわりと、その姿は浮かび上がる。

 揺らめく炎のような衣装と髪。けど向こう側が透けた幽霊のような、ひたすらに儚い姿。

 触れられず、実際の熱も帯びず、言葉すら交わせない。


『……』


 けれどもどこか温かな気配は、たしかにそこにあって。

 じかに心を通わせるように、互いの気持ちがなんとなく伝わって。


「あらためて、ミコ。僕と一緒に来てくれるかい?」

『――っ』

「……ありがとう。じゃあ、行こうか」


 それでもあえて言葉をかけて、僕らは麓へ下りはじめる。

 下山は登りにはない危険があるし、疲労も大きい。間違っても転んだりしないよう、ミコにも注意を促して……って、彼女はいまや浮いているのだった。見れば「そこまでドジじゃありませんでしたよぅ! ……たぶん」みたいな表情をミコがしている。

 それにすこし笑って、また歩みを、


『いやはや、いやはや』


 進めようとしたところで、

 背後からかかるのは耳障りな音声(・・)


『ニンゲンの唄を頼りに物見遊山と興じてみれば……いやはやなかなかどうして、物珍しい連れ合いに出くわしましたなあ』

「……」


 振り返れば、山頂から降りてくる人影。

 山道にはおよそそぐわない、スーツのような服装。

 体格は中肉中背の男性のものだが、首から上が人間にはありえない形状。

 金属を出鱈目に組み合わせた、機械というよりそれこそがらくた(・・・・)としか表せない、頭部。


『おっと申し遅れました。――ワタクシ、グニモツカヌという者。御覧のとおり、魔族にございます。ああ御安心を。ワタクシ将の位など持たぬ、ただの平魔族にて。地位もなければ人望もなし。猫の手すら借りられぬ難儀な身の上……まあそのぶん、ある程度勝手を許されてもおりますれば、物事痛し痒しといったところですかなあ、クカクッ』


 予想どおりの存在――魔族だったその怪人物は、

 冗談めかした口調で笑いながら、ゆっくりとこちらへ近づいてくる。


『さてさて、興味深きは珍奇な連れ合い。一人はニンゲン、一人は霊体。ふむ、斯様にくっきり(・・・・)とした霊体、ワタクシ寡聞にして知りませぬ。――改造勇者(・・・・)も【神槍】にあっさり壊され、ちょうど暇を持て余していたところ。どうです? お連れの御仁共々、ワタクシの研究室(ラボ)まで御同行願うというのは。そこでじっくりお話でも……』

「断る、と言ったら?」

『断る? そうですなあ……』


 足取りはよどみなく、緊張も恐れも見られない。

 相手の抵抗など考えていない、あるいは抵抗されてもなんの問題もない、という態度。

 無理もない。ただの人間と魔族、その力の差は歴然。勇者などという存在が必要なのもそのため。

 その認識――人間も魔族も問わないレガスの常識は、

 けれども僕にとっても、都合がいい。


『クカッ、もとよりニンゲン風情に選択権などありません。そも、アナタはすでに影術の射程圏内に、』

「圏外はここ、か?」

『ガグッ?!?』


 地面を這うように展開されていた影には、すでに気づいていた。

 長たらしい口上、それを謳う意識の間隙を突き、

 僕は一息で影のない箇所――そいつの懐に入り、抜き放った剣を突き入れる。

 これまで何度もくり返してきた動作に乱れはない。

 “力”の発動と攻撃動作の並行。

 魔力、闘気、その他の加護……

 それらに絶対の自信を持つ者にほど、この技術は的確に刺さる。


『ガ、ガガッ、な、ぜ、』

「格下をいたぶることしかしてこなかったんだろう、お前。狙いも動きも見え見えだ」

『ぎざ、ワダ、を、愚ろ、』

「愚弄じゃない。ただ事実を指摘しただけ」

『ガッ――』


 刺してみて、接近してみて、僕はひとつの確信(・・)を得る。

 けどそれを伝えるようなことはせず、代わりにひとつ煽ってから、そのまま剣を切り上げる。

 心臓部から頭部、ひと息に裂かれた怪人物は、

 ガシャン! と仰向けに倒れ、そのまま動かなくなる。

 それからまるで黒い砂のようになって、崩れ去っていくその体。

 一瞥だけして、


「ふう」

『――』

「うん、怪我はないよ。あんまり戦い慣れてないやつだったみたい」


 寄り添うミコに、笑顔で返す。

 いきなり魔族と出くわしてすこし面食らったが、対処できる程度の相手で助かった。

 ついでにさっき気づいたこと含めて、べらべら喋った内容からいくつか察せたこともあるけど、

 まあ、いまや僕にはほとんど関係のない話か。

 この先の行動にも、さして影響はなさそうだし。


「じゃ、今度こそ行こう。ちょっと長い寄り道(・・・)になるかもだけど……」

『――』

「聞くまでもなかったね。ありがとう、行こう」


 隣を見れば「どこまでもお供しますっ」とでも言いたげな精霊の子。

 そちらにあらためて笑いかけ、僕らは長い帰り道の、その一歩目を踏み出す。




 ~~~




「皆元君ってさ、自分のこと「僕」って言うよね」


 放課後。

 たまたま二人きりになった教室で話していたとき、ふと守永さんが口にしたこと。


「あー……変、かな?」

「! ううんっ、そういうことじゃなくて。ただちょっと、なんでかなーって思っただけで……。ほらっ、厚美君は「オレ」だし、他の男子もだいたいそうみたいだし、だからちょっと気になっただけで……っ」


 慌て気味にそうつけ加える彼女。

 両手を広げてわたわたする様子が、妙に愛らしくて。


「や、いいよ。とくにたいした理由があるわけじゃないんだ。小さいころからそうだったから、ただなんとなくずっとそのままってだけで」

「そっか。そうなんだ……っ」


 こちらの返答に安堵する表情。

 もっといろんな顔が見たいなと、自然とそう思えて。


「……やっぱり変えたほうがいいと思う? 「俺」とか」

「え? あのっ、ほんとに全然、そういうつもりで聞いたんじゃないの! べつにそのままでいいと思うし、それに……」

「それに?」

「……その、ちょっと可愛いかなって、や、ゴメン! なんでもないっ」

「かわいい、か……はは」


 当時ひそかに気にしていたことだけに、その日のことはすこし恥ずかしい思い出でもあり。

 けれども、こんな風にこの子ともっといろいろな話がしてみたいな、と、

 彼女のことをぼんやりと意識し始めたのも、覚えていて――




 ~~~




「……」


 寄り道(・・・)の道中、宿でそんな夢を見た。

 旅の終わりが近いせいか。

 そんな過去を夢に見るのも、あるいは取り戻したいという無意識の現れか。


「いや」


 すっかり目が覚めれば、浮かんだ思いはもとより影も形もないのだと気づける。

 先の夢も、

 今となっては思い出というより、ただの記憶で。

 僕のこの先の行動にも、だからなんの影響も及ぼし得ず。


「さて、今日も進もう。あともうちょっとだ」

『……』


 心の繋がりで僕の夢でも見えたのか、どことなく機嫌の悪そうなミコ。

 思わず苦笑がこぼれるけれども、

 この子のおかげで夢見に気が滅入ることもない――それにすこし嬉しくもなって。




〈side:others〉




 魔の軍勢――魔王との決戦が近い。

 魔の領域の重要拠点を順次落とし、残すはいよいよ魔王城のみ。

 現在は人類圏、最前線の都市まで戻り、決戦のための準備を万全に整えている最中。


 そしてこの日の夜。

 決戦前の士気向上のため、宴が催されている。

 各地に散った勇者たちも、当然のごとく全員が集い……


「……なあ」

「う、うん」

「なんか、人数少なくね……?」


 ……そう思われたが、

 並んだ勇者――クラスメイトの顔ぶれが明らかに、足りない。

 区立陽ノ守(ひのかみ)高校二年C組の人数は、三十。

 しかし会場に見える姿は、いくら数えても七人しかおらず。


「この大事なときに遅刻か? ちゃんと連絡回ったんだろーな?」

「いや、それは、まあ……」


 骨付き肉片手に、勇者【神槍】、厚美(あつみ)朋矢(ともや)は問う。

 自身を含めても、八人。疑問を口にしても、クラスメイトの一人の返答は、しかしどこか歯切れが悪い。連絡を担当したのは別の、そういう“加護”を持った女子だったが、よく見ればその当人の姿もない。


(ま、全員揃うわけねーのはもともとわかってたけど)


 たとえば奥田(おくた)卓磨(たくま)。彼は魔族の将との戦いの際、功を焦ってほとんど自爆のようなかたちであの世へ逝った。戦力的にもはじめからいてもいなくてもどうでもいいやつだったが、「お、俺が! 主役で、主人公だろうがぁ~~~っ!!」という死に際の台詞がすこし笑えたので、朋矢もその点だけは彼を評価している。


 あるいは王都の居残り組。奥田以下のカス戦力の彼らは、なんと魔族に改造され敵として朋矢たちの前に立ちはだかった。

 瞬殺した。やはりカスはどう足掻いてもカスだった。元に戻る見込みはないとの話からの判断でもあったが、そう言っていた当人である魔族を逃がしたのは反省点か。ともあれそちらも、いつでも始末できそうな強さではあったが。


 そして、皆元(みなもと)(とおる)――

 彼がこの場に姿を見せるか否か、朋矢は期待半分といったところ。

 来てくれたほうが面白いが……どうだろう? もし自分だったらとても無理だ、恥ずかしくて。朋矢と優愛がデキているのは、レガス公然の事実。直接そうと伝えてはいないが、クラスメイトも察しているだろう。学校一の色男を気取っていたやつが彼女を寝取られている……モテないやつらからしてみれば、さぞかしメシの美味い醜聞に違いない。


(ま、だからこそ来てほしーわけだが……)


 今一度会場を見まわす。

 人の出入りはちらほらあるが、クラスメイトの人数は依然変わらず。


「……」


 当然、守永(もりなが)優愛(ゆあ)の姿もある。イリスとともに貴族の女性らと戸惑いながらも会談しつつ、時折落ち着かなさげに周囲をきょろきょろ窺ってもいる。

 間違いなく利の存在を気にしているのだろう。いまだに未練のありそうな様子に朋矢も思うところはなくもないが……

 まあ、おそらくそれも、今日まで。

 今夜こそ、なにかが決定的となる――そんな言い知れぬ確信が、朋矢にはあった。


(……そういやフーコもいねーな。トイレでも行ったのか? あいつ)


 もう一人、モノにした女の姿がないことに朋矢は訝るが、

 ざわざわっ、と、

 にわかに広がるざわめき。

 宴の参加者がひとり、またひとりと目を向ける先は、会場の入り口。


「…………」


 ふらり、と、そこには一人のみすぼらしい男。

 この世界では取り立てて特徴のない、旅の装い。しかし全体的に薄汚れていて、羽織っているフード付きのマントなどはとくに埃っぽく、裾は擦り切れてぼろぼろ。

 目深にかぶったフードにより、人相は窺えない。

 けれども朋矢にはわかる。憎たらしい、自分より常にすこしだけ高いあの長身は――


「久しぶり、朋矢」

「トール……」


 予想どおり、フードを取り去り現れた顔は、皆元利のもの。

 直接顔を合わせるのは、もう何か月ぶりか。


「……ハハ、い、生きてたんだな! よかった!」


 その様相に思わず怯みそうになったが、朋矢はどうにかそう切り出す。

 切り出すより他ない。


「心配したんだぜ? 迷宮の崩落に巻き込まれたって知ったときは焦ったけど、でも、イリスが教えてくれたんだ。どっかに飛ばされて無事な可能性もあるって」


 利の生存など、実際目で見てすでに知っている。

 だがそれを、朋矢は誰にも伝えていない。

 知らない体でいた以上、今この場で、他の者の前でそのスタンスを崩すわけにもいかない。


「けどやっぱりな! お前だったら必ず戻るって信じて――」


 だからあくまでこれまでどおり、親友として声をかけ、


「よく言う」


 切り捨てるような、


「僕が無事だなんて、お前はとっくに知ってただろう。あの日、あの場でしっかり目が合っていたのに、まさか気づかなかったとでも言うつもりか?」

「――っ」


 吐き捨てるような指摘で、利に遮られる。

 思わず、言葉に詰まる。

 図星を突かれたことそのものよりも、

 感情の窺えない、低い声に。

 触れたら切れる刃のような、気配に。

 以前の利からは、およそかけ離れたその雰囲気に。


「そもそも迷宮を崩落させたのは朋矢、お前だろう。まあ僕が中にいるなんて知らなかったろうし、被害の拡大を防いだのは確かだから、とやかく言うつもりはないけどさ」


 一歩、二歩、利は歩みを進める。

 その所作にも、どこか気圧されるものを覚える。

 どんな魔物にも、それこそ魔族にも、

 さほど恐怖を覚えなかった朋矢だというのに、いったい、なぜ……


「そんなことより朋矢、それから優愛も」

「っ!」


 気配はそのままに、しかしあっさりと話を切り替える利。

 目を向けた先、朋矢からは斜め後ろにいる優愛からは、息を呑む音が上がる。

 伝わる気配は緊張、それから恐れか。


「今日ここへ来たのは、もちろんパーティに参加するためじゃない。食事はどうせなら、帰ってからしたいしね。いきなりだろうし、ゆっくりできるかどうかわからないけど」

「お前、なに言って……」


 続いた言葉に、今度は別の緊張を強いられる。

 あるいは利が現れたとき以上の、言い知れぬ動揺。


「提案さ。元の世界へ帰らないかって」

「!?」

「え……?」


 こちらの内心を知ってか知らずか、

 あるいはそんなもの、どうでもいいとでも言うかのように、


「聞こえなかった? 家へ、元の世界へ帰らないかと言ったんだ、僕は」


 今一度、利は淡々と、そうくり返す。

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