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変貌

「え? いや帰るって……なに、急に」

「急。まあ、そうか。お前からしたら今聞かされた話だもんな。僕にとっては、だいぶ前から決めてた予定(・・)だけど」


 会場のざわめきはおもに外野、レガスの要人たちから上がるもの。

 近くにいるクラスメイトらは妙に静かだ……そんなことを朋矢はぼんやりと意識する。


「なに言ってんだよ、お前……なんで今そんな話になるんだ? トール。明日はいよいよ決戦ってときだぞ!?」

「……」

「そもそも魔王を倒せば帰れるってのに、なんだって今――いや、たとえ帰れたとして、この世界はどーする?! 勇者であるオレたちが、使命から逃げてなにもかも放り出すのか? お前がそんなこと言い出すなんて……いつからそんなダセーやつになっちまったんだよ、なあトール!」


 言いながら、朋矢は徐々に調子を上げる。

 つけ入るとしたらここ(・・)ではないかと当たりをつけて。

 カス能力を引いたこともそうだが、それ以外でも利はこの世界でなにかと憂き目をみてきたらしい。……自分と優愛のこともその憂き目のひとつだろうが、それはともかく。

 自らの境遇に打ち負かされ、ほうほうの体でも故郷へ逃げ帰りたい男――

 利をそう周囲の者に印象づける、つまりはそのための演説だ。


 しかし、当の利は動じた様子もなく。

 どころか呆れたように、溜息をひとつ。


「調子のよさは相変わらずだな」

「?!」

「いや、お前のその性格をわかっていたのに、個性の尊重とか、無理にかこつけて今まで指摘してこなかった、僕にも責任はある、かもね」

「お、ま……」

「しかし使命、使命か。ははっ、聞こえがよければ心にもないことを言えるのも、相変わらずだ。――そんなものどうでもいい、だろ? 朋矢。お前にとって大事なのは、終始自分をちやほやしてくれる、勇者という立場だけだ」

「ッ!」


 絶句する。

 悪態を吐く利に。

 朋矢の知る限り、その口から悪口や陰口を聞いたことなど、今まで一度たりともない。

 ましてそれが自分に向けられたものとあれば、衝撃はより大きく。

 喧嘩どころか、口論らしい口論さえ、したことがなかったのだから。


 周囲の、とくにクラスメイトの驚愕も大きいようだ。

 誰に対しても朗らかで、目くじらを立てるなど考えもしない――それが利への印象だろうから。

 否、一人。


「――聞き捨てなりませんね、ミナモト殿ッ」

「い、イリスさんっ」


 前に出て抗議の声を上げるのは、魔術師イリス。

 隣でおろおろする優愛に構わず、彼女は眦をつり上げる。一軍パーティからの脱落者――それがイリスの利に対する印象で、もとよりどこか軽んじていた印象はあったが。


「トモヤ様のこれまでの功績、貴殿もまさか知らぬとは言えないでしょう。一方で貴殿は? 魔族との戦いにどれだけの貢献が? それ以前に、今までいったいなにを? 今更のこのこと現れて、一番の功労者に食ってかかるなど――」


 もっとも彼女の場合、想い人を悪しざまに言われたことへの苛立ちも大きいだろう。

 だがうろたえている優愛同様、

 朋矢もまた、それは悪手だと思わざるをえず……


「外野が口を挟まないでくれ。今はこちらの話をしている」

「なっ」

「功績か。たしかに華々しい活躍ぶりだよ朋矢は。勇者としては(・・・・・・)ろくな働きも出来なかったこと、その点僕は申しわけないと言うより他ない。ただ、功績とそいつの性根はまったく別だろう。そこを混同して話をすり替えようとするのは、迷惑だから控えてくれないか?」

「…………っ」


 これだ。口論にならなかったのは、なにも利が温厚だからだけじゃない。

 万一言い争いになったら絶対に勝ち目がない――

 それが薄々わかっていたから、朋矢のほうも自然といがみ合うことを避けていたのだ。


 しかも今は、それだけに留まらず。

 ひと睨み。イリスが二の句を継げなくなったのは、そちらによるところも大きいだろう。

 この場に現れたときから、利の様子は尋常でない。

 怒らせたら恐いやつだというのは、薄々わかってはいた。

 そんな朋矢も、けれどもこれほど(・・・・)とは、知らなかった。

 その気迫に、魔術が得意なだけ(・・)の小娘が、抗えようはずもなく。


「……話がずいぶん逸れた。魔王との決戦、だったか。それはもう終わったも同然だから、僕らが気にする必要ないとだけ言っておく。そのうえであらためて聞くけど、どうする? 朋矢、優愛。元の世界へ帰るか、それとも……」

「……」

「……」

「ちなみにこの場にいないクラスメイトは、すでに帰ったよ」

「!?」

「な……」

「あ、いや見つからなかった人もいるから、全員ではないか。須崎さんの“加護”でもわからなかったし、見つからないものは仕方ないと割り切るしかない、かな」


 もう何度目かの驚愕。

 今夜の集まりが悪いのはもう帰ったから、だって……?

 残ったクラスメイトを見やれば、気まずそうに逸らされる視線。やはり皆、利の誘いをすでに受けた後なのだ。オレに黙ってやがったのか雑魚どもが……そんな苛立ちも湧くが、


 自分と優愛への帰還の誘いを、利が一番後まわしにした。

 そのことに朋矢は驚きを隠せない。

 曲がりなりにも十年来の親友と、恋人だぞ?

 それをこの、お人好しが?

 見つからないクラスメイトを実質切り捨てたというのも、利らしからぬ判断。


 こいつは、なんだ? どうなった?

 本当に朋矢の知る、皆元利なのか……?


「まあ、この人数が残るというなら、同郷の人がいなくて肩身が狭い、なんてことは避けられるかもね。それでも僕は、素直に帰ることを勧めるけど。なんだかんだ日本(むこう)のほうが快適だし、それに今からだったら、頑張れば留年は避けられるだろうしね」


 両手を軽く広げ、ややとぼけたような調子。

 それでも雰囲気が和らがないのは、その目つきが終始殺伐としているからか。


 どうする?

 言いようのない焦りが生じているのを、朋矢は自覚する。

 帰るなんて冗談じゃねー。それが本心であることは間違いない。帰ったとしても、自分にこの先待ち受けているのは凡百の人生だろう。成績優秀なわけでもなく、運動が得意といってもプロを目指せるほどじゃない。勇者の“加護”を持ち帰れれば、あるいは話は違うかもしれないが……


(そこに関しては『わからない』と言われた。帰った勇者は過去にもいるが、その後の動向なんてレガス(こっち)からじゃわかんねーからな)


 そういうことだった。帰還後の“加護”の有無については、なにも確かめようがない。

 それでも帰って、元の世界へ“加護”を持ちこめる可能性に賭けるか?

 このままここにいれば、誰もが認める特別な存在――勇者でいられるのに?


「――手にしたものを手放すのが惜しいか?」


 心臓を、鷲掴みにされたような感覚。

 見透かしているとでもいうのか? その変わり果てた険しい目つきで。


「噂は聞いてるよ、ずいぶんとお盛んだってな。聖女様に、宮廷魔術師様……ひょっとしてもう、王女様にも手でも出したか?」

「?! トー、ル……」


 笑っているようにさえ見える利の表情。

 否、違う。

 これは獲物を前に牙を剥き出す、獣の……


「向こうには重婚なんてないしな。そもそもレガスの人は連れていけないし。……なあ朋矢、僕にはそんな経験ないからわからないんだけど、


 ――親友(ひと)の彼女を奪うってのは、そんなに気持ちのいいものなのか?」


 見下げ果てたような目に、

 吐き捨てるかのような言い草に、

 堪えが利かなかった。

 それがいわゆる“逆ギレ”と呼ばれる行動だったとしても。


 【神槍】の“加護”で、

 一瞬で煌びやかな、勇者の装いと化した朋矢は、

 一足で利へと肉薄し、槍の穂先を、




 バギッ!




「!?」


 瞬間、

 なにが起きたかわからない。


 気づけば眼前に床。

 次いで頬が、ズキズキと……


「……まったく」


 心底呆れたような声は、頭上から。


「カッとなったら見境なし。なにも変わらないな、お前は」


 見上げれば、こちらを無感動な目で見下ろす利。

 遅れて及ぶ理解。

 突撃を掻い潜り、懐へ踏みこむ動作から、

 流れるように利は拳を、こちらの頬に強かに打ちこんだ――


 だとしても、不可解。

 実際のところ、朋矢も本気で利に攻撃を加えるつもりはなかった。

 踏み込みは軽く。刺すつもりもなく、あくまで寸止めで。

 それでも速度は常人を遥かに凌駕し、突きは当たらずとも圧だけで大の男を仰け反らせる。

 それで利も、すこしは恥をかけばいい。

 なにを言おうと、彼我には絶対的な力の差があるのだと、それを思い知ればいいと、

 そのつもりだったのに、なぜ、こんな……


「僕の“力”のことを忘れたのか? ――ああ、本来の使いかたについては詳しく知らなかったか。実際、目の前で使ったのは初めてだしな」

「! 【弱体、化】……」

「なんだ、覚えてるじゃないか」


 言われて、思い至る。

 利の“加護”。【神槍】とは比べるべくもない、取るに足らないカス能力。

 けど、そう。有効な使いかたを見出したと、それは王女様(エリカ)からも聞いていた情報で……


「射程は最大で(・・・)八メートル。だけど効果は距離に反比例し――本来の効果を発揮するのは、対象に接触した時」

「……っ」


 懇切丁寧、といった利の説明。

 言われればたしかに、朋矢は今左手首を掴まれている。


「あらゆる庇護を消し去るのが、この“力”の本領。強化の施された生物を人体の強度まで落とし、術だの気だの、超常的な力はないものとして扱われ――それは当然、勇者の“加護”にも及ぶ」

「!? ……んだよ、それ」


 もうひとつ、不可解だったこと。

 “加護”による装備がすべて消え去り、もともと着ていたレガスの貴族の装いに戻っている。

 だが“加護”による身体能力の強化は、装備があろうとなかろうと常時存在する。利の、ただのスポーツマン程度の筋力でいくら殴られようと、怪我はおろかなんの痛痒にもならないはず、

 だった(・・・)、ということか。

 つまり利の力は、それさえも消し去るというのか。


「ずりー、だろ……! そんな反則……力を奪う、なんざ、卑怯モンの、」

「お互い様だろう。お前も勇者の力を僕に向けようとしたんだから。それと奪う、なんて語弊があるんじゃないか? この状態が、本来の僕らだ」

「――違う! オレはお前なんかとは、」

「違わない。さて、この際だしどうだろう。前からやってみたかったことがあるんだ」

「? なにを……」

「わからないか?」


 ぐいっ! と、

 掴んだ腕を引き上げるようにした、利が、


 その動作に合わせるように、

 空いている左手、それを握り拳に変え、

 再び朋矢の頬へ、強かに打ちつけて、


「殴り合いの、ケンカだよ」


 言う。

 どこか楽しげにも見える、無表情で。

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