「14」 Vine(蔓)・Shady(狡)
「なんで、泣いているか?わからないのかい史也。
「僕に言わせないでくれよ。
「別に好きで泣いている訳じゃないんだ。
「この雫は、僕の眼から止めどなく流れて、僕の視界を塞ぐんだ。
「―――君を失いたくないからさ!
「人は、失って得て、得て失うんだ。
「僕は、何かを得るために君を失いたくないんだ。
「本当は帰りたくない。人が帰るところはいつだってひとつさ。
「僕は、忘れなくても、君は僕の事を忘れるだろう。
「僕のこの脳内に埋め込まれたマイクロチップが、君というデータを消去しない限り、僕はいつでも、記憶を自由自在に取り出せるからね。
「もちろんバックアップ済みさ。
「別れの言葉を言うのがこんなにも辛いなんて考えたことなかった。
「なぜなら、別れの言葉なんて生まれてこのかた、言ったことがないからだよ。僕は、今日初めて言うんだ。
「だから、聞いてくれないか。絶対は、存在しない。
「だけれど、絶対忘れないでほしい。
「僕の分まで頑張ってね。史也。」
ボロボロと泣きながら、橙星は俺の肩にしがみついた。そうか。これで、さよならなんだな。橙星は入院したんじゃない。
おそらくだが、表面上は入院でも、未来へと帰ったんだよな。俺は、そのことを橙星を敗北に追いやったとみんなに伝えるんだろう。当たり前だ。今ならその意味不明な気持ちがわかる。手放さなければ、突き放さなければ、俺は、橙星を追ってしまう。例え、何十年。何百年。何千年先だろうと、俺は追うことができる。
橙星の発言には、含みがあった。「追わないでくれ。」「探さないでくれ。」等のような。含蓄だ。
俺は、肩に流れてくる何か熱いものを感じた。それは液体だったが、ここでは言うのを躊躇いたくなった。もちろん。橙星に悪いからだ。自分が泣いてる時に、それを察せられるほど、小っ恥ずかしいことはねえよ。
これで、ウィリアムの発言。ヒーローKの言い淀みに説明がつくな。ヒーローKはこのことを知っていたに違いない。あの人も、未来に行けるんだろうか。
きっと、そうなんだろう。俺と同じような感覚を味わい、先に未来を知ることで、最悪の事態を防いでいるんだろう。それ故の、最強。未来を知っている人間に敵うはずがない。
だが、今の悪党やヴィラン達は、そのことを知らない。その強みがヒーローKと悪党共に絶対的な格差をつける。言うなれば、夏休みの宿題を事前にやっているか、最終日にギリギリまで徹夜して終わらせるか。それ程の違いだ。
これまた、意味のわかんねえ例えだがよ。
これはつまり、天と地程の差を表すぜ。
しかもだ、理路整然と宿題を毎日やってるヒーローKと差はどんどん広がっていく。埋まらないんだよ。
橙星は、一歩下がると、俺に手を差し伸べてきた。
「It was nice meeting you.」
俺は、橙星の手を右手で掴むと、その温もりに心奪われ、穏やかな気持ちにさせられる。
本当は、離したくなかった。
だって、離しちまったらよ。
もう、二度と会えないんだぜ?
なんで、わざわざ、未来から俺に会いに来たんだよ。
英語は少し勉強したからな、今の俺ならわかる。
『お会いできて嬉しかったです』
ちっとも嬉しくねえ。
また、会えるよな?
《The pain of parting is nothing to the joy of meeting again.》
ヴァイヴァロスの野郎。追い打ちかけるなよ!
あれ?視界がぼやけてねえか。
まさか、俺、泣いてるのか?
そうだ。時を戻せば………これもなかったことに。
《時間は複雑だ。いじれば、いじるほど、その蔓は、複雑に絡み合っていく》
畜生。
「ワームホールをヒラきます。」
何を言ってんだかさっぱりだが、未来に帰るんだろう。
さよなら。
橙星。
気がつくと、橙星はそこにはいなかった。
そうか。帰ったか。期待しちまうな。また、会えるんじゃねえかってな。
再会の喜びかぁ。味わいてえな。ふふ。
俺は、なぜだかわからなかったが、笑っていた。泣くのを堪えるように、表情筋が強ばるんだ。
絶対に忘れないぜ。橙星。お前は、俺に土産をくれたんだ。
実は、橙星がいなくなる時、ゴトッと音がしたんだ。音がしたのは橙星のいた方向だった。何事かと思い、振り向くとあれが落ちてたんだよ。
俺は、ソイツを拾うと、家に持ち帰り引き出しの一番奥にしまっておこうと思ったんだが、とあることを父さんに聞いてみることにした。
皇螺旋さんに渡すのが正解なんだろうが、次の日。
皇螺旋先生は、あとかたもなく、きれいさっぱりといなくなっていた。
職員室にもいない。
聞くまでもなかった。
親子で揃って帰っちまったんだろう。
橙星、幸せになってくれよ。俺が言えるのはそれくらいだ。まあ、聞こえちゃいないがな。
俺は家に帰ると、靴を乱雑に脱ぎ、急いで父さんの元へ駆け寄っていく。早く、早く聞きたいんだよ。俺は。
「父さん。聞いてもいいか。」
「どうした?」
「その………」
「なんだ?」
俺が、黙りこくると父さんは、俺に視線を向ける。
「えっと、ネックレス買ってもいいか。」
「懐かしいな。」
「え?何がだよ。」
「何って、そりゃあ決まってる。母さんに最初にあげたプレゼントはネックレスだったんだ。恥ずかしいな。」
父さんは、恥じらいながら、ボサボサの頭を搔いている。
「そうなのかよ。」
「そうだ。懐かしくもなるだろう?」
「母さんどうしてんだろうな。」
俺が、何気なく言うと父さんは頬杖をついて、宙を見据えていた。
「んー………」
俺は、螺旋さんを母さんに重ねていた。
どちらも、2人とも、帰ってこないんだ。
全くの他人なのに、比べていた。
父さんは、しばらく黙って考えていたんだろうな。
その時、俺たちの会話を遮るようにピンポーンとチャイムの音が鳴った。
こんな時に、誰だ。
「すまない。史也。出てくれないか。」
「わかった。」
俺は、足早に玄関へと向かうと、扉を開けた。
「歴史也さんでしょうか?」
俺は、咄嗟に危機感を覚えた。
顔が割れている。
この人物は俺を知っている………
でも、俺はこの人を知らない。童顔な顔立ち、金髪に金色の眉毛。どっからどうみても、外国人だ。だけど、あのクラスメイトの留学生達のように、流暢に日本語を喋っている。どういうことなんだ?
というか、男だよなあ?かわいく見えるのはなんでだ?あのなんだっけ?内空閑ってやつに雰囲気似てる。瞳孔の色は黒だ。紫じゃねえ。それに・・・なんだ?胸部に、金色の星が、七つ綺麗に貼られている。勲章か?いや、それとは、また違うな。この人物は一体………
「人違いですか?あれ、間違えたかな。表札に『歴』と書いてあるんだけどなぁ。」
俺は、一つ咳ばらいをした。なんて言うかは決めてあった。
「確かに………珍しい苗字ですが、俺はその人ではありません。」
嘘をついちまった。
嘘をついた方がいいと判断してしまった。
「嘘をついちまった?え?嘘なんですか?」
はああああ?ばつ悪すぎだろ!テレパシーかよ。筒抜けじゃねえか。
「あ、すいません。伝わってくるんですよねえ。あはは。」
こいつ、何者だ?
「何者だよ。」
「おっと、すいません。名乗り遅れましたね。初めてお目にかかります。あと、二回も言わなくていいんですよー!あ、思ってるんでしたっけ?」
誰なんだ?
「ナナセと申します。」
聞いたことねえな。
「そりゃ、そうさ。初めましてだからね。」
「ああ、ちなみに初めましては……君だけね?」
「僕は……おっと、いけない。そりゃ、ディープウェブ潜ったらさ、いくらでも君の情報なんて出てくるよ?」
な、なんてやつだ。しかもよ。俺の心は読まれてるのに。向こうの心は読めないのか…。
「もちろん♪」
声、弾んでるぜ。こう、なんか。イライラするぜ。生命の核心部分に思いっきり、土足で踏み込んできたみたいだぜ。まったくよお。
「お、健在だねえ?」
「ここじゃ、お父さんにも悪いし、近所迷惑になるから。他へ行こう。」
だからよ、なんで知ってんだよ。会ったことあるのか?ねえよな。
「…わかったぜ。名前なんだっけ?俺、用事あるんだよ。ついてきてくれねえか?」
「ナナセだよ。構わないさ。歩きながら、話そう。ああ、ネックレスだね。違うかい?」
えっと、意味わかんなくね?聞こえてんの。これ。マジで、どうしたらいいのよ。
とりあえず、ナナセの事は伏せておく。出かける用事だけを父さんに伝えるか。
いいよな。これで。
「父さん。知り合いだ。ネックレス買ってくる。」
リビングの方向から、「おう」と聞こえる。
「行こうか。史也君。」
俺と、謎のナナセという金髪童顔イケメンは、初対面にも関わらず男同士でネックレスを買いにいくという、奇行か、愚行かもわからん。行動を行おうとしている。
「安心してほしい。僕は、男に興味ないよ。」
「盗み聞きするのやめてくれ。恥ずいだろ。」
「ごめんね♪聞こえてないふりするからさ。」
意味ねえよ!
「ふふ♪」
なんで、俺は男とネックレスを買いにいくんだよ!
「聞いてもいいかい?」
ん?なんだ?
「なんだよ。」
「2回言うんだね。いやあ、面白いなあ。
「ところで、ネックレスは誰にあげるのかな?」
言えねえだろ。それに聞いてたんじゃねえのか?答える必要あるのかよ。
「そっか………じゃあ、聞かないでおくよ。考えないでね。これ、自動だからさ。ふふ♪」
俺達は、DIESELに着いた。俺だけが、高額の品々に目を輝かせながら、凝視していた。
「どれにすっかな。」
店員が、ナナセを見ている。なんだろうか。
やはり、誰の目にも格好よく映るんだろうか。そりゃそうだ。イケメンなんだからよ。
店員さんが、ナナセと楽しそうに話している。
俺は、『ダブルリング ネックレス』と書かれている物を購入した。決して、安くはない価格だが、どうしてもこれをつけたかった。
俺の手には、橙星の指輪があった。
「これで3つだな。」
眩しく、橙色に輝くそのリングは、どこか橙星を彷彿とさせた。
あかせのヤツ、本当に狡いぜ。
俺は、そのネックレスを肌身離さず身につけることを、買う前から決断していた。
ところで、話してる時は聞こえるのか?
俺の心の声はよ。
ナナセをふと見てみると、俺に向けて、ウインクする。
なにやってんだかな。
俺は、ウインクしたナナセに歩み寄る。
「話ってなんだよ。聞かせてくれ。」
「え!お知り合いなんですか!?」
「え………」
「友人なんですよ♪」
「え!もしかして、それ、うちのネックレスですよね!ありがとうございます!」
「史也。」
「なんだ。」
「良い店を選んだね。君らしい。そもそもブランド名の由来は、当時新たなエネルギーとして注目されていたディーゼル燃料のように世間を活気づけたいという思いから、世界中で同じように発音されて覚えやすい『DIESEL』という名前がつけられたんだよ。
エンジン開発者の名前であるドイツ人のルドルフ・ディーゼルが由来となっているディーゼルエンジンは、どんな燃料にも対応できるマルチ性がある。そして、君もだよ。史也君。どんな状況、困難にも対応できるようになるんだ。」
「お詳しいんですね。」
店員さんは、はにかんでいる。ちょっと引いてるが、なんでそこまで詳しい。俺なんて、ディーゼルエンジンも知らなかったぜ。
俺とナナセは場所を移すと、とある場所に来ていた。
「なあ、おい。ここって。」
「わかったかい?」
「ねえ、史也君。1年後ここで会おう。僕、待ってるからさ。」
「わかった。でもよ、俺ら初対面なんだぜ?約束が守られるとは、思えねえんだが。」
「如何にも。じゃあさ、そのネックレス僕が預かるよ。」
「ちょっと待ってくれ。それは、大切なものなんだよ。そう簡単には渡せねえよ。」
「1年後、君は驚く。プレゼントも用意しておく。」
チラッと、ナナセのズボンの腰あたりを見てみると、サイコロが引っ掛けられている。チェーンか何かで、意図的に引っ掛けてあるんだろうか。
「おっと、これがいいのかい?」
そのサイコロの正体がわからなかったが、黒くて無機質なサイコロだった。ああ、応えないとな。
「好きにしろよ。ネックレスが返ってくるなら、それでいい。ところで、明日じゃダメなのかよ。」
「いやあ、すまないねえ。僕は忙しくてさ。」
「君なら、待てるんじゃないかと。」
「待ってやるよ。」
「またね。史也君。」
「おう。」
俺は、その場を後にして、やるべきことを決めていた。あの方法を使う。
番外編
「14.5」Ⅶ・Ⅸ
僕の家にきたけい。今日はなにしてあそぼうかな。そんな僕を前に、難しそうな本ばかり読んでいるけい。漢字がいっぱいだ。いみふめい。
そんなけいにしつもんする。
「ねえ、けい。しょうらいはなになるの?」
「僕はね、数学者になるんだ!いいかい、世の中の事象や理は全て、数字で表すことができるんだよ!」
「いいなあ、けいは夢があって。僕なんて、ないからなぁ。」
「ない?ないんだね。9だけに。」
「けいってやっぱり似てる!」
「似てないさ。君はかっこいいけど、僕はかっこよくない。それに、友達だっていないし。」
「え?きにしてるの?」
「そりゃ気にするさ。いつかは、数学者になりたいって言ったけど、その前に大学に行きたいな。あ、その前に友達も作らないと………」
「けい。」
「なんだい?ナナセ。」
「僕がここにいるじゃないか。」
「君は親類だ。家族みたいなものじゃないか。」
この時からかな。僕は、秘密を抱えていた。1人で抱え込むにはとてつもなく大きい。
京にはとてもじゃないが、言えなかった。
秘密の共有はお勧めしない。
一方が、その事実を蝕んでいく。挙句の果てには、漏らしてしまう。
ある方がそうおっしゃていた。
だから、京と僕は従弟だけど、互いを知らない。
とはいえ、報道やテレビに出演するヒーローKという謎の人物は僕がアメリカから帰ってきた時に、初めて耳にした。
今や、日本にもヒーローがいる。
それも無敗の。
最強のヒーロー。
僕が、アメリカで大学生になってからだったかな。
京に何度も電話をしたんだ。
でも、一度も出なかったんだ。
最初は、忙しいのかな。と、思った。
でも、それは違う意味での忙しさだったんだ。
「そうだよね。京。」
「・・・」
「僕、覚えてるよ。」
「何をだい?」
「友達はできた?」
「できたよ。」
「大学には行けた?」
「行ったよ。」
「じゃあ、京は数学者に………」
「もう、昔とは違うんだ。」
「え?」
「僕は、もうあの時の僕じゃない。」
「僕は、僕はね………やっぱりやめるよ。」
やめるって、なにを………
「え?」
「僕は、数学者を諦めるわけじゃない。」
「でも、今やめるって………」
「言わなかった?」
「言ったよ。そうだよ。やめるんだ。」
さっぱりだったさ。京はいつも頭の中で考えては、その氷山の一角しか言葉にしないんだ。なぜなんだい。京。その心の声聞かせてくれよ。聞けるのなら聞きたいさ。
もしも、僕が心の声を聞けたら………
次回までどうぞよしなに!