落ちこぼれたちの現在地-2
「何しにきたんだ? こんなところまで」
歩み寄っていく竜秋を、「むぅぅ、ライバル登場か」と苦々しげに恋が見送る。
「それはもちろん、君に会いに来たんですよ。ちょっと外を歩きませんか? せっかく気持ちのいい天気ですし」
鴉羽色の髪を揺らしてイタズラっぽく笑う伊都の可憐さに、男女問わず羨ましがる視線が竜秋の背に刺さる。
「別にいいけど……常磐ァ、そういうことだから先に帰っとけ」
これを体のいい理由にして、しつこい常磐を引き剥がすことに。「オレも話したいことあったのに!」と言いつつ、「りょ! また明日な!」と軽やかな切り替えの早さで爽司は手を振ってきた。意外と分別のあるやつだ。つるむだけなら、まぁ悪くないかもしれない。
「お友だちと約束があったなら、またの機会でもいいですよ?」
「問題ない。行くぞ」
「はーい。それでは皆さん、お邪魔しました。ごきげんよう」
いやに機嫌のいい伊都とともに、竜秋は教室の外へ出た。
時刻は間もなく正午になろうかというところ。伊都の言うとおり、外はよく晴れていて、麗らかな春の空気と日差しが肌に心地よかった。並んで林の中を歩きながら、伊都が本題に入るのを待っていたが、伊都は「気持ちいいですねー」「お腹減ってきましたね、もうこんな時間」「それはそうと、制服似合ってますねー」なんてフワフワした世間話に終始する。
「何か用があって来たんじゃないのかよ」
「それは確かに、そうなんですけど、いきなり本題に入ったら巽くん帰っちゃいそうですしー」
「俺と長話なんかしてなにが楽しいんだ……?」
全く自慢にならないが、竜秋は今まで誰かと一分以上の会話を成立させたことがほとんどない。基本、興味のある人間としか喋らないし、興味を持てる人間なんてそう出会えるものじゃない。
一方的に話しかけられることなら昔はたくさんあったが、浴びせられる質問の数々に端的に答えるだけなので、大抵の相手は間が持たなくて立ち去っていく。例外は家族と熾人くらいだった。
「楽しいですよ。君に興味があるので」
「そうなのか。それは、俺もだ」
「えっ?」
いたずらを仕掛けたつもりが逆に仕掛けられたみたいに、伊都が少しだけ動揺した顔をした。
「色々聞きたいこともある。腹減った、ってさっき言ってたよな。どこか食いに行こう」
一瞬きょとんとしてから、伊都は見たことがない笑顔を見せた。
「何食べようか迷いますねー。学園内には飲食店が七店舗もありますから」
「そんなにあんのか……あんたのオススメでいいよ」
「じゃあ、パスタが美味しいカフェにしましょう。ゆっくりお話できます」
「じゃーそこで。あ、奢ろうなんて考えるなよ。俺は奢られるのが大嫌いなんだ」
「うわっ、ひねくれてますね……」
軽口を叩き合いながら歩いているうちに、あっという間に林を抜けてしまった。校舎棟を南に折れて、何やら賑わっている一角に差しかかる。両脇に種々雑多な店が看板を並べる、アーケード商店街である。
飲食店はもちろん、生鮮市場にアパレルショップ、さらにはゲームセンターやカラオケ、映画館、パチンコやカジノらしき怪しげな店まで……およそ高校生が喜びそうな娯楽施設が揃い踏みだ。高い天井の下に入ると、一気に通りを行き交う生徒たちの喧騒が大きくなった。
「キャンパスの南西にある《シティエリア》です。昼休みにランチをしたり、たまには、空きコマにご学友と寄って暇をつぶすのもいいでしょう」
「なんで校内にこんなもんがあんだよ……バカが大量発生するぞ。学校側がノリノリで学生の本分見失わせてどうする」
「変なところマジメですよねぇ巽くん。私たちは花の高校生ですよ。なのにこの高い壁の中から、盆と正月の年二回しか出られないなんて悲しいじゃないですか。人生に一度しかないハイスクールライフを、せめて学園内で存分に満喫してもらおうっていう、校長先生たちの粋な計らいですよ」
竜秋には、伊都の言っていることがあまり分からなかった。思えば、友達は多いつもりでいたが、誰かと遊びに行くような経験はあまりなかったような気がする。
誰かに合わせることが苦手だ。竜秋は基本、その日に「やりたい」と思ったことを、思った瞬間にする。いちいち誰かにお伺いを立てたり、道連れにしたりしない。ところが同年代には、トイレさえ誰かと連れ立っていくやつらの方が多数派だったから。好きに動く竜秋のペースに、誰もついては来れなかった。
一人だけ、竜秋がどれだけ好き勝手動き回っても、一生懸命走って後ろから追いついてきて、どこへ行くにも、何を食べるにも、「たっちゃんの行きたいとこで!」「たっちゃんの食べたいものにしよう!」なんて言って引っついてくる幼馴染みがいた。
あれは楽だった。なんというか、居心地がよかった。今にして思う。あんなので、あいつは楽しかったんだろうか。
「たまには、君も誰かに引っ張られてみたらどうですか?」
立ち止まった竜秋の心を見透かしたように、伊都は振り返って竜秋の手を取った。
「はっ?」
「こっちです、いきましょ」
微笑んで、伊都は少し早いペースで歩き出した。華奢なくせに力が強い。引っ張られて歩くのは難しくて、思い通りにならないからストレスがたまる。それでも、竜秋は最後まで伊都を追い越せなかった。




