落ちこぼれたちの現在地-1
その後も、幸永がつくった流れに乗って、自己紹介は続いた。
「おれは早川 飛遊、ヒューって呼んでくれ! 異能は《飛脚》、Eランク。速く走れる!」
クラスの中でも一際小さい、小学生と見紛うような少年が、幼い調子で名乗りを上げる。淡いクリーム色の短髪を押し上げるように、おでこに幅の広い飛行眼鏡をつけている。
「はーいっ! 次あたしね! 桃春 恋です! 好きなタイプはぁ」
ド派手なチェリーピンクの髪を揺らして溌剌と自己紹介を始めた少女が、そこで言葉を切り、チラッと竜秋を見た。佐倉が現れたときにも一番騒いでいた女だ。
「頼りがいがあってぇ、かっこいい人です!」
飛んできたウィンクを、竜秋は真顔でスルーした。
「異能はぁ、《尋問官》、Eランク。相手の嘘が分かる能力です! だから、あたしに隠し事はできませーん!」
……こいつと付き合う男は大変だな。
「天堂 一査だ。僕の力はユッキー氏同様、正面戦闘に全く向かない。情けないが、皆の力が頼りだ。《捜査官》、ランクF――生み出したドローンを操縦して遠方の様子を探れる」
ドローン買えば済む話じゃねえか!
すらりと背の高い、紺色の髪をぴっちりセンター分けにした黒縁眼鏡の少年に、竜秋は心中でツッコんだ。
とは言え、異能の五割は生活を多少便利にする程度のGランク。科学技術で簡単に代用できるレベルの能力は珍しくない。Fランクというとショボく聞こえるが、実はその時点で平均以上に優秀であることを証明するランクなのだ。
ただ、日本中の能力者のトップ層が集結するこの学園に、合格するような人間を基準にしたならば――間違いなく、落ちこぼれのレッテルを貼られる。
その後もEを超える能力者の現れぬまま、竜秋を含め残り三人となってしまった。少し間を置いてから、他の二人が喋り始めないのを確認して、「んじゃオレが」と爽司が手を挙げる。
なんとなく、最初に知り合った爽司の異能だけは、竜秋も少し気になっていた。
「常磐爽司、中学のときはそーちゃんって呼ばれてました! まぁ、なんか大変なことになっちまったけどさ、オレはとりあえず、せっかく知り合えたこのメンツで仲良くしたいと思ってる。松クラスに上がるなら、全員一緒にだ!」
優等生の幸永とはまた違う、明るく、軽快な雰囲気で教室の空気を一つにする。この感じだ、竜秋が彼を一目置く理由は。
「……で、俺の異能はこれ」
爽司が指を振ると、ふわっ、と教室のカーテンが揺れた。ここが室内であることを忘れるほど、豊かな大自然の香りを孕んだそよ風が竜秋たちの髪を撫でて、消える。わあっと歓声が上がった。
「《そよ風売り》……このとーり、どこだろうと、きもちいーそよ風を起こせる」
「おお……! ……おぉ?」
一瞬テンションを上げかけたヒューが、遅れて首を傾げる。
「……そんだけ?」
「……そうですけど? ランクG、なんの役にも立たない一発芸能力ですけど? 文句ありますか?」
据わった目で開き直った爽司に、少し遅れて教室が爆笑に包まれる。
「松クラスに上がるなら全員一緒に、とかかっこいいこと言っといて!」「自分だけ残されないように保険かけただけじゃん!」「うるせー! 自慢じゃないけど、なんで受かったのかも分かんねえレベルなんだよ! 記念受験だったんだ! 頼むからみんな、俺を松クラスへ上げてくれぇ!」「あははっ、プライドないのー!?」――一気に明るくなった教室で、一人竜秋だけが鼻白んだ。
そよ風を起こせるだけ――それはもう、なんら無能力者と変わらない。言わば竜秋と同じ境遇だ。それでも本気で塔伐者を志すというなら、初めて、誰かを同志と呼べたかもしれない。
だがこいつは違う。なぜそうヘラヘラさていられる。理解ができなかった。なに一つ持って生まれなくても、熾人は――
そこまで考えて、竜秋は馬鹿げた思考を締め出した。アイツのことなんて、今さら思い出すな。
「じゃー、次、たっつん!」
爽司に振られて、竜秋は重い動きで立ち上がった。途端に、教室が水を打ったように静まり返る。
「……巽竜秋。佐倉が言ったとおり、無能力者だ。異能はねぇ。それでも俺は、戦える。……佐倉のことは、一人で超えたい。悪いが、お前らと協力するつもりはねぇ」
せっかく爽司の温めた空気が一瞬で北極と化した。桃春だけが「やーん、かっこいい!」とクネクネしている。
「もういいだろ。俺は寮に行く」
「まぁまぁ、あと一人残ってるから!」
爽司に言われて、そういえばまだ九人しか喋っていないことに気づく。残っていたのは――少女だった。彼女が残されていたと誰も気づかないくらい、存在感の薄い黒髪の少女。
お洒落というよりは機能性のために短く切ってあるという感じの、肩にかからないくらいのボブヘアー。前髪は目のすぐ上でパッツンに切り揃えられており、感情の読めない無表情と、ヒューに並ぶ背の低さも相まって、なんだか日本人形みたいだ。
少女は皆の視線を受けて、立ち上がった。何者も映さない、黒曜石の瞳。だが――その奥に、燃えるような強い信念が見えたような気がして、竜秋はうっかり目を奪われた。
「……白夜 沙珱。異能は、言いたくない。私も巽くんと一緒。佐倉先生とは一人で戦う」
竜秋が同じことを言ったときとは、全員反応が違った。細っこく、生白い手足。あまりに華奢な体つき。とてもじゃないが、戦える人間には見えなかったから。
「私が佐倉先生と戦うときは、誰も邪魔をしないでほしい。……それだけ、言いたかったから」
自己紹介に参加したのは、そのためだけだったと言いたげに、白夜と名乗った少女はさっさとカバンを背負い、竜秋たちに背を向けて出入り口に向かっていく。
「じゃあ……また明日」
出入り口の前で一度止まり、呟くようにそう言って、白夜は教室を出ていった。
「え……えーっと」
竜秋と白夜のせいで、とんでもない空気になっていた。どうにか場を取り繕おうと、幸永が必死に笑顔をつくる。
「個性的な人が多くて、これから楽しそうだね! 早く仲良くなりたいからさ、よかったらみんなの連絡先、教えてくれない?」
「はいはーいっ、教えます!」
幸永の元へ真っ先に爽司が向かっていき、他もそれに続いた。輪が広がっていくのを尻目に竜秋は立ち上がる。
「あ? 学生証がねえ」
「桜クラスのチャットグループ作ったぞー! あ、たっつんのも入れといたから」
いつの間にか竜秋の学生証を勝手に操作していた爽司が、涼しい顔で端末を返してくる。
「なに勝手なことしてんだコラァ!! つーか慣れすぎだろ操作、さっきもらったばっかじゃねえか!?」
「こんなもんラクショーよ。うるさかったらミュートにしてくれりゃいいからさ。なんかあったとき、連絡取れないと不便だろ?」
「いらん!」
「――あのぉー」
間延びした、思わず口を止めるほど綺麗な女の声が、出入り口の方から投げかけられた。思わず口論を中断して見れば、制服姿の美少女である。
突然の来訪者に教室内がざわつき始める。「誰だろうあの人、先輩かな?」「めっちゃ可愛い〜!」「紺碧のネクタイ……松クラスだぞ、あれ」
「すみませーん。巽竜秋くんって帰っちゃいましたかー? ――あっ」
目が合うと、少女は嬉しそうに目を見張って笑い、胸の高さで手を振ってきた。
「あんた、面接んときの……」
「お久しぶりです巽くん。合格、おめでとうございまーす」
何やら上機嫌で竜秋を訪ねてきたのは、入学試験の面接で竜秋を担当した新三年生――伊都だった。




