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私立一之宮学園〈特科〉  作者: ヲトオ シゲル
これは14日間のおはなし。
9/83

来た理由。







しばらく静かに見守っていた榊がゆっくりと机から脚を下ろし、優雅に立ち上がった。


「はい、みんな席に着いて、注目」

「おお、先生がいるみたいだ!」


生徒達は口々に、先生のセリフを言った事に各々の感想を好きなように述べながら円卓を囲んで席に着いた。聞き分けの良い生徒に倣って腰掛けると体を榊に向けた。


「では、改めて紹介しましょう。今日から2週間、都の専属教師が来るはずが、どうやってかは知らないけど未来から来た、一ノ宮よつば先生です。ハイ、拍手」


吹き抜けの広い空間にむなしく榊ひとりの拍手が響く。



さて、と軽く咳払いすると、真剣な面持ちで椅子に腰掛けたまま動こうとしないよつばを横目で睨んだ。


「一ノ宮よつば先生」


一音ずつ強調して名前を呼ばれて、腰から背中までぞわぞわ上がってくる何かに席を立たされる。

返事も若干裏返っているのが恥ずかしくなって、無意識に深呼吸をした。


「あー。あぁ……どうも。一ノ宮よつばです。よろしくお願いします……」


それだけ言って椅子に座ろうとするよつばに、榊からのダメ出しが入って、また弾かれるように立ち上がる。


他に何か言うことはないのかと言われて、考えるけど何もない。


言いたい事はないが、聞きたい事がある。


「どうして……僕のこと知っているんでしょうか?」





よつばがこの〈特科〉に来たのは初めての事ではなかった。

特科には時期も滞在時間もバラバラだが、何度も少年や幼児がやって来ていた。

その全員が自分はよつばだと名乗り、父はリュカであると言った。



中学3年生のよつばが来たと思えば、2時間ほどでいなくなり、5歳のよつばは丸一日いたこともあった。

小学生のよつば、高校生のよつば、全員に話を聞いても特科に来るのは初めてだと言う。



誰が、何の目的で、どうやって。

それも定かではない。当の本人も何か目的があって、来ようとして来た訳ではないらしい。

実際、今いるよつばも、ついさっき、自分が生まれる前の過去に来たという事が発覚したばかりだし、このよつばも特科に来たのは初めてだった。


結局解っているのは、よつばが何度も特科にやってくる、という事だけ。


いつか、一度来たことのあるよつばが再び現れれば、もう少しわかることも増えるだろう。


みんな思いつくまま口を挟んで説明してくれるが、よつばには落ち着いて考える時間が必要だった。


よつばは思い返す。


だから榊は、また来たのね、と言い、初めて来たのかと聞いたのか。


腑には落ちても、やはり解らない事が多すぎる。

疑問は次々と尽きることがない。


「ところで、母はどこにいるんでしょう?」


今まで好き放題しゃべっていた生徒達は静かになって、全員がよつばの父であるリュカに注目する。


リュカは天井まで続く本棚を見上げて、しばらく背表紙の色を目で追った。

もったいぶった訳でもないし、格好つけた訳でもないのに、映画のワンシーンを演じているようだ。


「ごめんね、よつば。俺はまだお前のお母さんには出会ってないんだ。……多分ね」


申し訳なさそうに微笑む顔は、男でも見惚れるほど美しいものなのに、口調は軽く、高校生そのものだった。


そうなんですか、と力なく答えるよつばに間髪入れずに史隆が割って入る。


「で?よつばのかぁさんて、どんな感じ?てか、なんてなま……痛って!!」


言い終える前に史隆の顔にチョコレートの包が当たる。

投げたのば榊。机に散らかっていた手近なものを投げつけていた。


「それは聞かないって決めたでしょうが!答えなくていいわよ、よつば!!!」


怒られたのは自分ではないのに、背筋が真っ直ぐ伸びてしまうよつばに対して、史隆は知りたいお年頃だからとかもぞもぞ言い訳しながら、投げられたチョコレートの包を破って、中身を口の中に入れた。



未来を知ることで変わってしまう何かを危ぶんでの事ではなく、ただ知ってしまっては面白くないからとリュカは言い、皆もリュカが決めたのならと同意した。


よつばも自分の知っている、特科にとって影響を及ぼすような『未来の話』はしないようにしますと言うと、榊は口の端を上げて笑う。

よく出来ました、と言われた子どものように、安心感で真っ直ぐ伸びていた背筋が元に戻る。


「しばらくここにいるんだから、まぁ、ゆっくりしていけば良いんじゃない?」


それじゃぁ、と榊は教室から出て行った。しばらく保健室を空けているから戻るらしい。


「え……と。僕は何をしたら」


取り残された気分になって、周りを見ると、都が椅子から降りて、この中を案内するとよつばの手を引いた。









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