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私立一之宮学園〈特科〉  作者: ヲトオ シゲル
これは14日間のおはなし。
10/83

右手に見えますのが。









特科の生徒の居住スペースは2階にある。




吹き抜けの広間の正面にくの字に曲がった階段、そこを上がると左右に分かれた通路がある。

都はよつばを左の通路に引っ張っていく。


通路の先は1階と同様、本棚を切り取ったようなドアのない入り口があって、その先は部屋の前を通る廊下になっていた。


廊下にある窓の外は暑そうな陽射しが降り注いで、停まっている車が、動けなくなった昆虫のように見える。見えているのは校舎の裏側に当たる場所。


廊下は3枚のドアの前を通って、突き当たりは大きな窓で終わっている。


吹き抜けの広間とは違って、居住スペースの日当たりはかなり良い。

一番奥のドアまでよつばを連れて行くと、ここを使うといいと、ドアを開けた。


部屋の中は熱い空気で満たされている。

長らく使っていなかった部屋の空気が動いて、埃がむわむわ動き出す。


都はよつばの手を離し、部屋の奥にあるカーテンを開けると、よつばに廊下の窓を開けるように指示をした。


慣れない窓の構造に手間取っていると、後ろを付いて来ていた琴野が代わって窓を開ける。

お礼を言うと琴野はにっこりと笑い、琴野の腕の中にいたコッティが礼など必要ないと渋い声で言う。


久しぶりのやり取りに、嬉しさが湧いてくる。

最後に会ったのはいつだったか、思い出そうとしても正確には思い出せない。

最後に会った時もこんな風ににっこりと笑っていた。


その琴野はもちろん、今ここにいる琴野よりもずっと歳を取っていたけど、この笑顔は変わらずにあるのかと、つられて笑顔になる。





都はそこがポジションのようによつばの横に来ると、今度は俺の部屋を見せてあげようと手を引いた。


にやけた顔がおさまらないよつばに、都は不審そうに何?と言う。


これは多分、話してもいい『未来の話』。


「僕が都さんくらいの歳の時、都さんは僕くらいの歳でね。こんな風に手を繋いで歩いたなぁって。歳が逆になっちゃってるのが、なんか面白くて」


にこにこ話すよつばに、なんだか面白くなくなって手を離し、恥ずかしそうに顔を背ける。


「さん、なんて付けるなよ。何か変だ」


その昔、『都さん』と呼べと本人に言われたことは、言わないことにした。





3つあるドアの真ん中が都の部屋。

同じ大きさの部屋のはずなのに、とてもそうは見えない。

天井から飛行機やプラスチック製の星、カエルやヘビのゴム人形がぶら下がり、シーツは真ん中から吊り下がってテントになっている。

どこから持ってきたのか、謎の何かが所狭しとある。


世の母親なら悲鳴を上げながら怒りそうなこの部屋も、世の男子が見れば秘密基地に見える。


この部屋の王様は、謎の何かが何なのかひとつずつ説明してくれたが、お母さんがいれば全部捨てられてしまいそうなものばかりだった。



一番広間に近い部屋が、琴野の部屋。小さい都以外の男子禁制。たとえ教師であろうともこの聖域を侵させはしないと、バリトンボイスは高らかに宣言した。


広間の反対側も逆さに同じ造りになっている。

奥からリュカの部屋、真ん中が史隆、手前が和隆の部屋。


男子高校生の部屋なんて、さして変わりもなく、さして面白いものもないので、割愛。




1階広間の出入り口から右側は水回りが集中してある。

共同で使う風呂、トイレ、洗濯室。小さいキッチンがあるが、料理は誰も作らないので飲み物をいれる程度にしか使っていない。


ただこのキッチンによく入ったなと言いたくなるほど大きな冷蔵庫には、いつからあるのか分からない飲み物がたくさん入っているし、コーヒー、紅茶、緑茶、あらゆる温かい飲み物が飲めるように、棚の中にはこれでもかと取り揃えられている。


教室から行けるのはキッチンだけで、風呂やトイレ等は、一度教室から出て、玄関ホールから行けるようになっている。


玄関ホールの奥の部屋は、昔は管理人室のようなものだったが、今は誰も使っていない。

広間の左側は大きな部屋がひとつ。中は物置になっている。

使わなくなったものほど奥に、夜中の通販番組で買った怪しい健康器具や、いつからそこにあるのか、中を開けてみる気にもならない木製の箱が積まれていて、いちばん手前に自転車が並べて置いてある。


地下に行ける階段も部屋の中にあって、ボイラーや空調機器があるものの、そこに行くのは調子の悪くなった時、整備のおじさんが入るだけで、特科の誰も行きたがらない。

琴野が嫌がった時点で、誰も地下室に行こうとする猛者はいなかった。





教室の広間に戻れば、和隆は階段下のスペースにある大きなソファー、通称『まったりするところ』で昼寝、円卓では史隆がゲームに勤しみ、リュカは雑誌をパラパラとめくっている。


学生の本分であるところの勉学はどうしているのか。

聞きたかったが都に手を引かれ、そのまま校舎の外に連れ出されてしまった。




もうそろそろ夕刻という時間なのに太陽はまだ高い位置にある。

少しでも熱してやろうと頑張っているらしく、屋内との温度差にげんなりする。


敷かれた芝生はその日光を余すところなく受け止めてやろうと、きれいな濃い緑色。

雑草が見当たらない上に見事に刈り込まれているのは、定期的に面倒を見て管理する人間がいるから。



そういえば学園には入ってからここまでの道のりで、手入れのされてない広場を見なかったとよつばは思い返す。


校舎までの道だって森の中を通っているのに、ゴミはもちろん、ほとんど木の葉も落ちていない状態だった。

あのテーマパークと同じく、そのため専属の人が大勢働いているのかもしれない。それっぽい人は見かけなくても。


どうもまたこの学園の規模を間違っていたように感じて、よつばは情報の上書きをする。






表玄関の右側には、金属製のカフェテーブルと椅子が置いてある。


そのまま時計回りで建物の裏側に回ると、さっき二階から見えた車と、死角に入って見えなかった壁際には、シートのかかった大型のバイクが2台あった。


都は楽しげにシートをめくり、名前や性能がいかにすごいかを説明してくれたが、こういったものに興味のないよつばは何が何だかさっぱり分からず、相槌を打つだけだった。


早く大きくなってこれに乗りたいんだと話しているが、よつばはその願いがどうなったか知っている。



それもあえて言わないでおこう。楽しみはとっておいた方が良い。




教室に戻れば男子連の間で『風呂の順番決め腕相撲大会』が開催されていて、後からでいいと言うよつばも何故か参加させられた。


どうあがいたところで優勝はリュカなので、結局リュカが無難に順番を決める形で決着した。




自転車で食堂まで夕食を食べに行き、都に手を引かれて受け取りカウンターまで行くと、厨房のご婦人方は何故かよつばにも盛り方が普通とは違う食事を提供してくれた。


同じ時間帯に居合わせた他の科の生徒に遠巻きにわさわさされ、落ち着かない雰囲気の中で食事をし、そういえばこんなにたくさんで食事をするのは久しぶりだと思い出した。



史隆の質問攻めは、最終的には恋人の有無まで及び、リュカのいい加減にしなさいという、お父さん的注意が出るまで、何度もしつこく繰り返された。






その夜は考えなくてはいけない事がたくさんあったはずなのに、朝になって都がお腹の上に飛び乗ってくるまで、よつばは滅多になくぐっすり眠っていた。










1日目終了。





よつばのイントネーションは、普通に四つ葉のクローバーと同じです。


榊→さかき、もそのまんまで、荒木、とかと同じく。




人物名のイントネーションって気になりませんか?


文字だから別にって思われるかもしれませんが。

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