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うさぎちゃんクッキー。







リュカと瑛人から流れ出る冷やりとした空気に、指先の方からそわそわと這い上がってくる鳥肌をならすように腕を擦る史隆は、この場の空気を変えようと、努めてのんきそうな声を出した。


「え?ルカがゼロで、えいちゃんが16番目とか……何そのカッコいい感じ」


先に目を逸らしたのは瑛人の方で、小さくため息を吐くと、さっきとはうって変わった気の抜けた表情で史隆を見た。


「……どこまで、俺の話を聞いたんだよ」


「んー。……ルカが材料でえいちゃんを作ったって話と……」


その先は言いにくそうに口を歪めた史隆の言葉を、リュカが引き継いで答えた。


「俺をマルクスに引っ張って行って、もっと材料を増やす為にお前が来たって話」


一番肝心な部分だけが読み取られて、その他の細かい所までは知られなかったのかと、瑛人は前に傾き気味だった背筋を伸ばして、革張りの背もたれに体重を預けた。


「あんたの体じゃないと、素材にはならないらしいよ。だから、どうしてもってさ」


その話は昨夜、都の仮説として聞いていた。夜もその仮説は間違っていないと認めている。

その上もっと酷い予想も聞いた。


でも都や夜から聞くよりも本人の口から聞く方が醜悪に聞こえるのは、瑛人がハサミとして使われる側だと自覚して、そこを忠実に守ろうとしているから。


「16番目って事は、他にもたくさんえいちゃんみたいな人が居るの?」


「……さあ。居るんだろうけどーーー俺は知らない」


瞬間、過去の出来事が掠めて通り過ぎていき、瑛人は堪らなくなって目を閉じた。

知っている事を素直に答える訳にはいかない。余計な事を言わないようにする為に奥歯をきつく嚙み締める。



この場に都がいれば、瑛人の僅かな反応を見てすぐに嘘だと気付いたか、夜があの時に読み取った記憶を喋ったかもしれない。


「ふーん。……でもなんでルカがゼロなの?」


深く追求されずに提示された史隆の次の疑問に、瑛人は気付かれないようにゆっくりと息を吐き出した。


「原種だから(ゼロ)番目とか、 original の O とかって意味だよ」


「人を新種の伝染病患者みたいに言うなよ」


まぁ、お前からしたら病気と変わらないか、とリュカは付け加えて頬杖をついた。




実際、新種の伝染病と大して変わらない。違うのは自然変異では無い所。

人為的に操作したリュカの細胞を植え込み、体内に侵入させて爆発的に増殖を『させた』。

内部を自分のコピーに書き換えて宿主を内側から変えていった。


ワクチンも特効薬もなく、宿主のその時の状態で致死率が変わる。


瑛人はたまたま運が良かったのか、相性が良かったのか、成功例の部類に入っていた。


それでも発症した能力のおかげで、普通に生活している人に比べると危険だし、死が近い場所からこっちを見ているという状態は、病気の人と変わりはない。


「……ーーー子どもを攫ってきては、片っ端からあんたの細胞をぶち込んだって。それに対応できたから俺は残れた……」



本当に病気の人と比べようがなくても、痛みも苦しみもある所まで共通している。


いつか確実に死に至るという点では、それは能力を持たない普通の人と同じだから、嘆く必要を瑛人は感じていなかった。

ただ早いか遅いかの違い。

自分は能力者ではなく病気なんだと思えば、そんなに深刻じゃない気がする。



むしろこの体は、普通の人より死ににくい。



その体のせいで余計な傷を負うこともあるけれど、それにしたってすぐに回復するし、病気らしい病気もした記憶がない。


「別に……あんたが悪いとは思ってないよ……ーーーあんたの所為だけどな」




リュカは顔を歪ませると短く笑いを吐き出した。


同じような事を何度も考えた。


能力について考えると、いつの間にかそこに行き着く。

自分の親や、その親や……先祖達の存在は否定できない。受け継がれてきた血の所為だと自分に言い聞かせて、何度もやり過ごしてきた。




笑われた事でバカにされたのかと、瑛人の表情は厳しくなる。

リュカはそれを見て、いやいや、とつぶやくと情けなさそうな笑顔に変わる。


「……ーーー若いなぁって」


「はあっ⁈」


勢いに任せて椅子から立ち上がった瑛人は、同時に近くの卓の天板を両手で叩いた。


大きな円卓が床から少し浮き上がり、卓に乗った様々も少し浮き上がって、それぞれに音を立てて落ちる。

端に乗っていたモノが振動で床の上に落ちて散らばった。


おとなしく成り行きを見ていた史隆が驚いて声を上げ、琴野はびくっと体をすくませると、その形のまま固まっている。


リュカは特に表情を変えないまま、おいおい加減しろよ、と自分の近くで床に落ちたものを拾おうと身を屈めた。


史隆もつられたようにそろそろと動き出し、自分の周りの床に落ちたものを拾った。



そういう所だと、言外に言われた気がして、瑛人は怒りの矛先を向ける相手を失う。


「……とりあえず、えいちゃん。そこのお菓子がもったいないから食べてね。あと、片付けしてよ?」


普通の人より痛みやケガに無頓着な瑛人は、自分の手の下に何があるのか気にはしていなかった。

両手を叩き下ろした付近には、銀色の袋からはみ出しているクッキーと、元はクッキーだったであろう茶色い粉状のモノが散らばって、雑誌やゲーム機や、その他の色々に薄く降り積もっている。


甘い匂いが瑛人の周りをふわふわ漂う。


格好悪いし、これは少し恥ずかしい。

それをごまかすように無言で卓の上をテキパキと片付け始める。




静かな教室に、落ち着いたバリトンが響く。


「ふむ。これでやっと、新商品のうさぎちゃんクッキー紅茶味が購入できるな」


コッティの素敵ボイスで、舞台俳優のようにうさぎちゃんと格好良く言い切られ、フォローのような、そうでないような、どちらとも言えない場違い発言にリュカが片手で顔を覆う。


卓の下に屈んでいた史隆が笑い出す。


琴野はコッティの言葉に、嬉しそうに何度も頷いていた。




教室ではしばらく、時々思い出したように漏れる小さな笑い声と、瑛人ひとりだけが卓の上を片付ける音がしていた。










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