すてごま。
「んー。……何もねーな、キレーなもんだわ」
非の打ち所のない出自と、優秀であると裏付けられる数字の並んだ経歴と、超の付く名門校に籍を置くに値するとお墨付きをいただいた推薦状。
もちろん全て調査済みの上で編入は決定しているのだから、掘り返したところで、これ以上は何も出てこない事は容易に想像が付く。
数枚の資料を机の上に放り投げた榊は、もうその紙に興味をなくしたのか、それを下敷きにして頬杖をついた。
「んで? この小野瑛人って名前は?」
たゆまぬ無駄話の成果で、能力を使わなくても、言葉の表面ではないその意味を汲めるようになってきた夜は、榊の質問に答える。
「……違うよ。エイトはエイトって名前じゃない」
「まあ、そうだよな」
傾けていたグラスを机に戻すと、都はその中の氷を指で追いかけだした。
都と夜は、定期的に寄越されるお知らせに素直に従い、一ノ宮の勧めで科学の集中講座を受けた後、その帰りに、榊の保健室を訪れていた。
リュカ達とは午前中に食堂で別れたきり、その後どうしているのかはふたりとも知らない。
もちろん瑛人の事も絶賛放置プレイ中だった。
榊に振舞われた飲み物に入っていた氷をぼりぼり食べる都を見て、夜もそれを真似してみる。
そうしているうちに思い出したように話を続ける。
「美和ちゃん、アラタニって覚えてる?」
「あらたに?」
榊と夜の共通の知人となると、極端に絞られる。
この学園に来てから知り合った人物か、それでなければ、あの研究所に居た時の職員しかいない。
覚えているかと聞かれれば、それは最近の話ではないと踏んで、昔の、つまりは研究所時代の記憶を探る事にした。
「あら……たに……ねぇ。ーーー男?」
「うん、男。ーーーメガネしてた、銀色の」
眼鏡の男なんぞはそれこそ掃いて捨てるほど居たが、自分と入れ違いに近い時期に入所してきた男が、そんな名前だったような気もする。
とは思っても、はっきりと名前もましてや顔も覚えていない。
唸っても答えが出る訳ではないので、榊はすぐに思い出すのを諦めた。
何の引っ掛かりもないという事は、それほど関わってない人物だから思い出せないと夜に続きを促した。
「時々すれ違ったりしてたんだけど、いつの間にか研究所からいなくなってた。……そのアラタニが、エイトを作ったみたい」
よくは知らないけど、と付け加えた上で話を進める。
そもそも職員達の事はだいたい同じように見えていたので個々は識別していなかったのだが、一時よく聞いた名前だったので、夜もなんとなく覚えていた。
話を整理すると。
アラタニが職員として採用されてしばらく後、所員に謀られて夜は死んだとその存在を隠され、榊は研究所を去っていく。
その後リュカが研究所に連れてこられ、リュカを担当していた中に、アラタニがいた、という事だった。
数年間は一ノ宮の研究所にいたのだが、急に姿を消し所内はちょっとした騒ぎになった事があった。
「……そのアラタニとやらの命令で、小野瑛人が動いてるって事?」
ぼりぼりと氷を噛みながら、夜は都ににこりと微笑んだ。
「そのアラタニは、マルクスに身を売ったって、研究所のみんなは言ってたよ」
榊と都は同時に眉間に深いしわを刻んだ。
マルクスグループは北アメリカに本拠地を置き、こちらも良くも悪くも手広く商売をしている。
一之宮グループほどに老舗ではないものの、急速に成長を遂げて今では肩を並べんばかりの規模になっている。
だからといってこちらは創設者の示した道を進んでいるだけだ。
その道が光に照らされた真っ直ぐな素晴らしい道か、その真反対の道なのか、はたまたその両方かは別の話として。
こちらは思うままに商売をしているだけなのだが、マルクスグループは一之宮グループに何かと因縁をふっかけてきては、一方的に食い潰そうとしてくる。
一之宮からぽこぽこ小物を引き抜いては、当たり前のように、地味な嫌がらせレベルの妨害をしてきている。
マルクスなら瑛人にキレイな経歴を準備するのは簡単だろう。
一之宮学園に子どもをひとり放り込むくらいの事をしても不思議ではない。
アラタニもどうやら引き抜かれた小物の内のひとりらしい。
夜と、リュカの居た研究所から、大きな大きな手土産を持参してマルクスグループ傘下の研究所に下って行った。
しかも売ったのは自分の身だけではなかったという事だ。
むしろマルクスグループが買ったのは、アラタニの身ではなく、アラタニが持参した大きな手土産、文字どおりのリュカの身の方だった。
リュカの体の一部と、その時点までの研究資料を盗み出して、リュカに近い能力を持った者を作り出し、数少ない成功例の内、年齢の近い瑛人を学園に潜入させた。
夜があの瞬間に聞き出した、瑛人の目的。
目的は、リュカの切り身ではなく、本人。
できれば死体ではなく、生きて五体揃った状態で。
かつ、本人の意思でマルクスグループに来る事が望ましい。
これが瑛人に課せられていたものだった。
リュカは自らを金で売るような、ぽこぽこ引き抜ける小物でもなければ、自分の能力で世の全てを制してやろうと馬鹿な事を考えるような小悪党でもない。
そんな事はマルクスにだって分かっていた事だが。
上手くいけばラッキー程度の考えだけで、自らの命をかけるような使命を瑛人に与えた。
「まぁ、このままにしといても良い事にはなんないからねぇ……っと」
榊は保健室の電話から受話器を取り上げる。
やっとえいちゃんの目的が出ましたよ。
もったいぶった訳ではないですが、時間かけた割に結構さらっと出ました。
次回もさらっとなんか出ますよ。




