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私立一之宮学園〈特科〉  作者: ヲトオ シゲル
これは14日間のおはなし。
3/83

〈特科〉へ。







木立を抜けて通り過ぎる風は穏やかで心地の良い涼しさだった。ここに至るまでの道のりが嘘の様に感じる。



細く続く石畳は右へ左へカーブを描きながら、少しずつ上っている。


木漏れ日の模様は白衣の背中をするっと滑り落ちて、少し後ろのよつばのワイシャツを通ってゆく。


石畳をたたくふたり分の靴音、さわ、と時折聞こえる葉の擦れる音と風に乗って聞こえてくる大勢の人のざわめき。

無音とはいえない状態なのに、とても静かだと思えるのはよつば自身の心が落ち着いたからだった。




ずっと、この場所に来てみたかった。




思いばかりがどんどん深くなって、それは昇華しきれないまま一生来る機会は無いと思っていた。


この学園に来れば何か変わるような気もしていたけど、来てみればなんということのない、ただの大きな敷地を持つ、ただ生徒の多いただの名門校だった。


そこに何の感慨も生まれない。




決定的に足りないものがあるのを、でも、ここに来て初めて気がついた。

そしてここまで来なければ、いつまでもきっと気が付かなかったに違いない。



三十年程前にこの学園でよつばの父と母は出会い、そして息子のよつばが今ここにいる。



父も母もこの道を歩いただろうか。


この学園に来れば幸せそうに笑い合うふたりに会える気がしていた。

ふたりの見た景色を見れば、自分との繋がりがより強くなると思っていた。



でも実際は、景色を見たところでふたりの学生時代なんて想像も出来ないし、幸せな幻が見えるでもなかった。


あまりの想像力の乏しさに、よつばは小さく笑いをこぼす。





石畳を覆っていた木陰の色が薄くなっていく。



目線を上げると針葉樹の森は途切れて、すぐ先からきれいに刈られた芝生が敷き詰められている。


針葉樹の森にぽっかりと空いた空間には石造りの洋館が建っていた。

他の校舎と同じような白っぽい灰色の石でできた建物。


今、目の前にあるのは校舎というには少し小さい。まさに、洋館、という規模だった。


「……寮?……ですか?」



学園には生徒だけではなく、単身者用の宿舎もあると聞いていた。

毎日ふもとの町まで戻り、ホテル暮らしも面倒だという理由で、講師をする2週間の間、よつばも宿舎に住まわせてもらう事になっていた。



榊はくるりと振り返ると、子どもしかできない、両方の口角をきれいに持ち上げた、心底楽しそうな笑顔になった。


「寮は寮だけど。……どちらかというと校舎といってほしいかなぁ」


確かに居住スペースの方が広いけどねというつぶやきを聞きながら、よつばはさっきまで丸めて持っていた学園の案内図を広げた。


後で時間があれば行こうと思っていた、名称の載せられていない建物。

本校舎から一番遠く、学園の敷地の一番端にある、一番小さな校舎。



「……特科」




あたり、と榊はさっきまでとは違う笑い方をする。大人の女性の、優しい微笑み。




父と母が出会った、自分のルーツ。

始まりの場所。




「……どうして、ここに」

「それはこっちが聞きたいんだけど……、まぁ、それは後でいいとして。今日から2週間、よつば、あなたは〈特科〉の臨時講師です!」


榊は決め台詞のようにきっぱりと言い切ると、校舎に向けてさくさくと歩き出した。


話の展開に全くもってついて行けない。

また目の前を白い光に覆われそうになりながら、よつばは必死で飛びそうになる意識にしがみついた。







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