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私立一之宮学園〈特科〉  作者: ヲトオ シゲル
これは14日間のおはなし。
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day 1 はじまりはじまり。

はじまりはじまり。







9月10日、午後1時16分。







腕時計は日中で最高に暑い時間帯だと示している。






あのひと絶対、僕をいじめ殺そうとしているに違いない。



夏休み明けの太陽の光を浴びながら、いくつかの事を繰り返し考えていた。時々見上げる坂道の先は、まだまだ頂上の気配さえ無い。


情けないうなり声も耳に届いてはじめて自分から漏れ出たものだと認識する。それほど意識は別の場所にあった。




今朝出掛ける前に見た天気予報で、記録的な猛暑になるでしょうと言っていた笑顔のお姉さんも、体力が結構あると思っていたのが、もう何年も前の話なのも、ここしばらく運動なんて何もしていなかったのも、何もかも記憶の彼方にあった。


ゆるく続く坂道を歩いて上れると、あの時、どうして思ったのだろう。

3時間バスを待つ事が何故あんなにも苦痛に思えたのだろう。

歩き出して10分後には後悔が始まって、もう1時間はバスや待ち時間や、苦痛に近いその他もろもろについて考えていた。



目の前に見えるのは、黒いアスファルトからゆらゆらと立ち昇る陽炎。

どこまでもゆるい坂道は、老人の小言の様に続く。

両脇には獣道さえないような常緑樹の雑木林があるというのに、真上にある太陽を遮って道まで影を落とすような親切心は持ち合わせてないらしい。



バスが通りかかるのはまだ先の事だとしても、他の車をまだ一台も見ていない。

人影やそれ以外の生き物も、虫さえも。



ここが本当に日本なのかさえ疑わしい。



無意識に進めていた足を止めて、坂道に合わせて前に傾いていた背筋を真っ直ぐに伸ばした。アスファルトでよく温まった空気を吸い込んで、体の中でまたさらに温めて吐き出す。

暑さのあまりジャケットを脱いだ時には、もうすでに中のワイシャツは汗でぴったりと体に貼り付いていた。


右手の荷物を持ち替えて、もう一度大きく息を吸い込んで、吐き出す。


顔を上げれば目の前を、白くて小さな光の粒がチラチラと行き交う。



持ち直そうとしている精神とは裏腹に、生体機能は別の事態を訴えている。

手足の先から急激に冷たくなる感覚がする。その時には視界の端からあっという間に、世界を白い光が覆い尽くした。






「……あのー……?」


マイクを通した声が遠慮がちに呼びかける。


「学園に行かれるんじゃないですか?」


その声で光に満ちた世界は急速に、見飽きた黒いアスファルトと、深緑の世界に戻っていった。


勢いよく吐き出される空気の音と一緒に、大きなドアがふたつに折りたたまれる。

そちらを向けば、視線よりも少し高いところで人の良さそうな顔がこちらを向いていた。


遅れてエンジンのもわもわとした熱気と、排気ガスの匂いがする。


ベージュに紺のラインで上品な配色の長い車体は20人程しか乗れないような中型の大きさで、会社名はどこにも見当たらない。


「学園に用事のある方じゃないんですか?」


今度ははっきりと、男性の声で直接呼びかけられ、もう一度その声の主に目を向けて、やっとこくりとうなずいた。


ではどうぞ乗って下さいと促されて、言葉の意味をぼんやりと考えていると、学園はもうすぐそこだと付け足された。






酔っ払いのように足腰がしっかりとしないままステップに足をかける。手すりを掴んでどうにかよじ登って、一番前の席に倒れながら座った。


今日も暑いですねと笑いかける運転手にあいまいに笑い返して、いまだにぼんやりした頭を働かせるために瞬きを繰り返す。





クーラーの効いた車内。


冷気は身体にこもった熱の上を滑り落ちてゆく。

思うように動かない体。急にたたき起こされて、夢から覚めないままのような気分の悪さ。


それでも今まで照りつけていた太陽に当たらないだけで、ずいぶん楽になった。


額に手が行って、違和感に眉が寄る。あんなにかいていた汗がひいている。

唇はカサカサで、喉は呼吸に合わせてひゅうひゅうとおかしな音がする。



前方を見れば、フロントガラスの上には、大きなデジタルの時計があった。最後に時計を見てから1時間以上経っている。

ほんの少しの間だけ熱中症の様なものにみまわれたと思っていたけど、ずいぶんとさっきの場所に立っていたらしい。


肺に溜め込んだ熱い空気と、冷たい空気を入れ替えて、背もたれに体を預けた。









次、学園にご案内いたします。

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