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第5話/通算第85話「『最後の席を空けろ』と、誰かが叫んだ」

第9部『消せない選択編』




前書き




真実を知るために、誰かを犠牲にしてもいいのか。




《無職》と判定され、勇者学院の落ちこぼれとなった神谷悠真。




死んだ英雄百人を先生に持つ彼は、数々の戦いを経て、勇者制度の裏側に隠された謎へと近づいていた。




しかし、真実を追うほど、新たな疑問が生まれていく。




歴史から消された勇者。




名前を失った《欠損 一》。




そして、百人の先生たちさえ知らない過去。




王都の担当官は、悠真とセレスに問いかけた。




「何を守りながら調べるのか、条件を示せ」




過去を守るために、今を生きる誰かが傷ついてもいいのか。




未来を守るために、消された名前を忘れてもいいのか。




正しい答えを探していた少年は、やがて、正しさだけでは守れないものがあると知る。




そして、隣にはセレスがいる。




一人で背負わなくていい。




一人で答えを出さなくていい。




それでも最後に何を選ぶのかは、自分たちで決めなければならない。




第9部『消せない選択編』。




これは、英雄たちから答えを教わってきた少年が、大切なものを消さずに守る方法を、自分たちの手で探し始める物語。

「最後の席を空けろ」。そうつぶやいた先生は、俺に「今、何と言った?」と聞き返した。


剣聖ガルディオ先生の声だった。


昨日まで聞き取れなかった言葉が、突然、王都の一室で俺の耳に落ちた。


なのに先生自身は、口にした言葉の意味さえ分からないという。


俺は帳面の角をつかみ、続きを尋ねかけた。

最初の証言

『待て、悠真。俺が今、何と言った?』


「『最後の席を空けろ』、です」


『……そうか』


いつもなら部屋を揺らすほど笑う先生が、今日は自分の指先を見ていた。


「誰が言ったんです? 先生が誰かに命じたんですか?」


『分からねえ。俺が叫んだのか、聞いたのかすら……』


答えを聞きたい。思い出してほしい。昨日まで空白だった欄を埋めたい。


けれど俺は、そこで口を閉じた。


昨日決めた約束がある。機構には接続しない。記憶を無理に引き出さない。違う証言を嘘と決めない。


俺が質問を重ねれば、先生は俺の望む答えに引っぱられるかもしれない。


「……すみません。今の質問は取り消します」


『取り消せるのか?』


「帳面には残します。俺が誘導しかけたことも」


先生は苦い顔のまま、うなずいた。


『それでいい。覚えてねえものを、覚えてることにはしたくねえ』


机の向こうでセレスが顔を上げる。


「悠真。今、先生と話していた?」


彼女には、死んだ英雄たちの姿も声も直接は届かない。だから俺が言葉を伝え、彼女がそれを聞き直す。


事情を説明すると、セレスは紙を一枚引き寄せた。


「発言者はガルディオ先生。聞き取ったのは悠真。先生本人は意味も発言の由来も確信できない。合ってる?」


「ああ」


「それから、あなたが『先生が命じたんですか』と聞いたことも別に記すわ」


「俺の失敗まで?」


「調査の失敗を隠したら、次の人が同じ間違いをするでしょう」


正しい。悔しいくらい正しい。


筆先が紙を走る音を聞きながら、俺はガルディオ先生を見た。


先生は、いつものように俺を励まさなかった。


代わりに、自分の声を思い出そうとするのをやめ、黙って待っていた。

三つの違う言葉

「ほかの先生にも聞こう」と俺は言った。


セレスは首を横に振った。


「その前に、聞き方を決める。いま同じ場所にいる先生たちは、今の発言を聞いている可能性があるでしょう?」


「……そうか」


「似た言葉が出ても、完全に独立した証言とは限らない。そこも書くの」


先生たちの存在の仕組みさえ分からない。誰がどの会話を聞いていたか、決めつけられない。


だから俺たちは、何を聞いたかだけでなく、いつ、どんな質問をしたかも残すことにした。


最初は暗殺王クロウ先生。


「忘れられた一夜について、今、思い浮かぶ言葉はありますか?」


『……最後だ』


「最後?」


『そういう感覚だけがある。誰かの最期か、何かの終わりかも分からん』


前なら俺は、ここで「席」という言葉をぶつけていたと思う。


でも、クロウ先生の「最後」を、ほかの先生の「席」で埋めるわけにはいかない。


「確信はありますか?」


『ない。今そう感じた、それだけだ』


次は大魔導師エレノア先生だった。


同じ問いを投げると、先生は少し考えて答えた。


『席を空ける、という言い回しが浮かびました』


俺の筆が止まった。


『命令だったかどうかは分かりません。以前からの記憶か、たった今の連想かも区別できません』


「最後、という言葉は……」


『悠真さん』


静かな一声に、喉が詰まる。


『今の質問には、答えの候補が入っています』


「……すみません」


失敗が二つ目になった。


最後に聖女リリア先生へ尋ねると、先生は困ったように笑った。


『言葉はあるの。でも、口にするのが怖いわ』


「答えなくていいです。昨日、約束しましたから」


『ありがとう』


先生は目を伏せた。俺は急かさず待った。


長い沈黙のあと、リリア先生は自分から口を開いた。


『最後の席を、空けなさい』


ガルディオ先生の「空けろ」とは、違う。


同じようにも聞こえるが、誰が誰に向けた言葉か分からない以上、勝手に一つにはできない。


「今も、確かに覚えていることですか?」


『……確かとは言えないの。誰かを止めたかったような気もする。でも、そう感じているだけかもしれないわ』


俺は「止めたかった」を事実欄に書かなかった。


三人の先生から、似た言葉が出た。


それでも、同じ一夜の同じ叫びだったとは証明できない。


セレスに伝えると、彼女は三枚の紙を並べた。


「今日は進んだわね」


「こんなに曖昧なのに?」


「曖昧な部分まで分かった。昨日は、それすら分からなかったでしょう」


その言葉で、やっと肩の力が抜けた。

百二という数字

ただ、一つだけ頭から離れない。


「セレス。『最後の席』って、あの百二と関係があると思うか?」


以前、《勇者継承機構》の壁面で見た表示を、俺は帳面から探し出した。


《継承対象 百二》


《保存完了 百一》


《欠損 一》


それとは別に、《勇者候補 百二名》という記録もあった。


若いゼル先生の幻影に「百二人目」と呼ばれたこともある。


でも、それらを足して、俺が「最後の席」の主だと言うことはできない。


セレスは帳面の余白に、三つの語を書いた。


人。記録。席。


「この三つを、同じ意味で数えていいの?」


「……よくないな」


「百二名は人数の表現。でも《継承対象 百二》は、必ずしも百二人が座ったという意味にはならない。まして席そのものがあったのかも不明よ」


「百二番目が空いていた、とも言えないか」


「ええ。そもそも『最後』が何番目かさえ分からないもの」


俺は数字の横に引きかけた線を、そっと消した。


「俺、また答えに飛びつくところだった」


「今回は途中で止まれたわ」


「首席のおかげです」


「それなら、次は自分で止まってね」


厳しい。でも、不思議と嫌じゃなかった。


俺が間違いそうになると、セレスは俺の手から帳面を奪う代わりに、問いを返してくれる。


その違いが、前よりよく分かる。

剣聖の怖さ

「悠真」


記録を終えかけたとき、ガルディオ先生に呼ばれた。


『仮に、あの命令を出したのが俺だったらどうする?』


先生の拳が、ゆっくり開かれた。


『俺は戦場で命令を出してきた。誰かを助けたこともある。だが、間違いを一つもしなかったとは言えねえ』


「まだ先生の声だったとは決まっていません」


『分かってる。もしもの話だ』


俺は返事を探した。


先生が俺の名前を忘れるかもしれないと知った昨日は、もう一度自己紹介すると答えた。


でも、今問われているのは、先生が過去に何をしたか分からなくなったら、どう向き合うかだ。


「……理由を聞きます」


『俺が覚えてなかったら?』


「ほかの証拠を探します」


『俺が間違った命令を出していたら?』


俺は先生の顔を見た。


「間違っていたと言います。それでも、先生が教えてくれたことまで、なかったことにはしません」


ガルディオ先生は一度だけ目を伏せた。


『……弟子に裁かれる日が来るとはな』


「裁判なら、まず証拠を集めないと。セレスに怒られます」


『ははっ! そいつは怖えな!』


ようやく、先生が笑った。


笑い声が収まってからも、俺はその拳が少し震えていたことを覚えていた。


先生は、記憶を失うことだけを恐れているんじゃない。


忘れた自分の判断が、誰かを傷つけていたかもしれない。その可能性とも向き合っている。


「何を話していたの?」


セレスに聞かれ、俺は省かずに伝えた。


彼女は記録を取り終えると、俺にだけ聞こえる声で言った。


「先生のこと、大切なのね」


「……今さら?」


「だから、間違いまで守ろうとしないで」


「うん」


彼女の言葉は冷静だった。でも、机の端に置かれた俺の手の近くへ、彼女の手が少し寄った。


触れはしない。その距離が、今はありがたかった。

答えを急がない人

最後に、ゼル先生にも同じ問いを尋ねた。


百一人目の勇者。勇者認定を取り消された最初の人物。


だからこそ、俺はこの人に答えを求めたくなる。


『声があったような気はするよ』


「誰の?」


『分からない。言葉も確かじゃない』


「『最後の席』について、心当たりは?」


ゼル先生は窓の外に目を向けた。


『それが何を指すのか、僕にも確かには言えないね』


「……そうですか」


『悠真。君が答えを見つけたら、その答えをどう使う?』


思わず顔を上げる。


『誰が何をしたかを確かめるのと、誰かを罰することは別だよ。もちろん、間違いを見逃すこととも違う』


俺は頬の内側を噛んだ。


「俺、先生たちを守りたいんです」


『うん』


「でも、誰かが間違えたなら、そこも知らなきゃいけない」


『それを自分で選べるなら、君はもう前の君とは違う』


褒められたはずなのに、胸の奥が重くなった。


知ることは、安心できる答えを受け取ることじゃない。


知らなかった誰かの苦しさや、自分の好きな人の間違いに出会うことかもしれない。

空けるために、何をする

夕方、セレスは記録を三つに分けて閉じた。


証言。


確かめられた事実。


まだ答えのない仮説。


俺は「次へ渡すな」と「最後の席を空けろ」を見比べた。


同じ夜の声かもしれない。別の出来事の言葉かもしれない。


そのどちらにも丸を付けないまま、筆を置く。


「ひとつ聞いていい?」とセレスが言った。


「何?」


「あなたは『空けろ』という言葉を、どう受け取った?」


「……命令だと思った」


「私も。でも、何を空けるのか分からない。誰がそこにいたのかも、そもそも本当に席があったのかも」


彼女は指で紙の端を押さえた。


「もし誰かの場所を空けるという意味だったなら、その人自身はどうなるんだろう」


問いだけが、机に残った。


誰かが消されたと決まったわけじゃない。


危険を避けるために空席を作れと言ったのかもしれない。


守ろうとする相手がいた可能性だってある。


それでも俺は、思わず口にしていた。


「もし、世界を守るためだって言われたら……俺たちは従うのかな」


セレスはすぐに答えなかった。


「世界を守るための仕組みに、理由があることは分かってる」と彼女は言った。「でも、理由があることと、何をしてもいいことは別でしょう」


俺たちは今、決断を求められているわけじゃない。


何が起きたかさえ、まだ分からない。


だからこそ、先に結論だけを持ってはいけない。


「今日の記録、残せてよかったな」


「ええ。先生たちの言葉も、怖がっていることも」


「それから、俺が二回も誘導したことも」


「そこは忘れないでほしいわね」


二人で笑った。


昨日、先生が俺の名前を忘れる未来を想像して、笑えなくなったばかりだった。


笑える今を、勝手に過去にしてはいけない。


俺は帳面の最後に、一つだけ問いを書いた。


答えを先回りして書き足さないと決め、筆を置いた。


誰か一人を消してまで、守らなければならないものがあるのか。


第5話/通算第85話 完

次回予告

第9部 第6話/通算第86話


「世界のために、誰か一人を消していいですか?」


「最後の席」をめぐる証言が残したのは、歴史の謎だけではなかった。危険な記録を封じることには、誰かを守る理由があるかもしれない。それでも、過去の一人を消してよいのか。悠真とセレスは、正しさが一つではない選択に向き合う。

この作品を第1話から読む

『勇者学院の落ちこぼれ、死んだ英雄たちにだけ教えてもらえる』第1話:


https://note.com/momokun1/n/n89f9dc02f838?magazine_key=m56c03e194176



守るためなら、誰かの居場所を奪ってもいいのでしょうか。あなたなら、どう考えますか?

この物語の続き・ほかの作品は、note「momokun」と Momokun Official で公開しています。

Note:momokun https://note.com/momokun1 https://note.com/dreamy_bonobo524

Momokun Official https://momokun.jp/

Tales https://tales.note.com/momokun1

なろう https://mypage.syosetu.com/3115683/

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