36. Frontline Cup編 ~野良の即席チーム~
36. Frontline Cup編 ~野良の即席チーム~
日曜日、午後一時。
健吾のカフェで開催されるコミュニティ大会『Frontline Cup』。オレと柚葉はいつも通りタワマンのリビングに並んで座り、それぞれのモニターに向かっていた。
オレのモニターには、健吾が実況配信を行っているYouTubeの画面が映し出されている。
すでに同時接続数は数百人を超えており、ローカルな大会にしてはなかなかの盛り上がりを見せていた。
隣に座る柚葉は、ヘッドセットを首にかけ、さっきから貧乏ゆすりが止まらない。初めての大会。初めての実戦。無理もない。
「……ねえ、センセ。この大会にプロとかいるのかな?」
柚葉が、すがるような目でこちらを見てきた。
「プロはさすがにいないと思うぞ。……でも、健吾の話だと定期的に大会を開いているから、ランクの高いプレイヤーがアカウントを変えて出場してる可能性はあるかもな。複数アカウント持ちなんてざらにいるだろうしな」
「センセ!なんでそうやってプレッシャーかけんの!?私、豆腐メンタルなんだけど!」
オレの容赦ない現実的な分析に、柚葉は涙目で抗議の声を上げた。オレは呆れてため息をつき、彼女のおでこを軽く指で弾く。
「お前が聞いたんだろ。なら、メンタルの特訓もしろ。……いいか、柚葉。大会はランク上げとは違う。ランク上げは負けても次があるが、大会は負けたらそこで終わりだ。いかに本番で、自分の持ってる力を出し切れるかの勝負になる」
「負けたら、終わり……」
「ああ。どんな相手が来ようと、お前がこの2ヶ月で叩き込んだ『ロジック』は裏切らない。……自分を信じろ」
オレが静かにそう告げると、柚葉は「……うんっ」と深く頷き、両頬をパンッと叩いて気合を入れた。
『――えー、それでは時間になりましたので、ランダムチームの組み合わせを発表し、各ロビーへご案内します!』
配信画面から、健吾の明るい実況の声が響く。
それと同時に、柚葉のゲーム画面にチームメイト二人の名前が表示され、専用のボイスチャットルームへと自動的に接続された。
「あ、繋がった……。え、えっと、はじめまして!『Arc』です! よろしくお願いします!」
柚葉が緊張した声で挨拶をする。
《……ん、よろしくー》
返ってきたのは、少し気怠げで、しかしどこか余裕を感じさせる若い女の子の声だった。
プレイヤーネームは『Rain』。
《よろしくお願いします》
もう一人の味方、『Kuro』からも、少し控えめな男の声が返ってきた。
キャラクターピック(選択)の画面に移行する。
柚葉はマイクのスイッチを押し、一応味方に気を遣うように恐る恐る口を開いた。
「あの、私はOwlしかできなくて、どうですか……?」
ずっと特訓してきた索敵特化のキャラクターのアイコンをホバーさせる。すると、Kuroが申し訳なさそうにボイスチャットを返してきた。
《ごめんなさい、自分もHoundしかできなくて》
Kuroが即座にピックしたのは、壁越しのフラッシュやスタンで敵を妨害するイニシエーター(妨害枠)だ。そして、最後に残ったRainも、あっけらかんとした声で続く。
《……あ~、アタシもRavenだけかな~》
Rainがピックしたのは、罠やカメラでエリア侵入を遅延させる、守りのロケーター(情報・索敵枠)だった。
「……」
オレは隣で黙って画面を見つめ、内心で頭を抱えた。
(おいおい、マジかよ……)
Owl(攻めの情報)、Raven(守りの情報)、Hound(妨害)。全員がスキルによる圧倒的な情報収集力と妨害力を持っているが、エリアを無理やりこじ開ける『ストライカー(突撃枠)』も、ワンピックを狙う『スナイパー(長距離枠)』もいない。
著しく攻撃力(火力)が欠如した、極端に「守備・支援」に偏った非攻撃的な布陣。事前の打ち合わせができない野良の即席チーム特有の、いわゆる『事故編成』だ。
「えっと……あの、この編成だと自分から攻め込むのが結構キツいと思うんですけど、IGLはどうしますか?私、最近やっとゴールドに上がったばかりの初心者で……」
火力のなさに気づいた柚葉が、焦った声で尋ねる。すると、Rainは少しだけ考える素振りを見せた後、気楽な声で答えた。
《んー、この編成ならアタシかArcちゃんがやるべきだと思うけど。アタシはどっちでもいいよ。合わせるの得意だし。Arcちゃん、IGLやってみる?指示してくれたら、その通りに動くからさ》
《自分も、指示をもらえた方が助かります》
Kuroもそれに同調する。
「えっ!?わ、私がですか!?でも……!」
《大丈夫大丈夫。気楽に行こうよ。お祭りなんだし》
Rainのあまりにも軽い返事に、柚葉はパニックになりかけてオレの方をチラッと見た。
「センセ……っ!」
だが、オレは何も言わず、腕を組んだまま、ただ「お前がやれ」という強烈な視線だけを返す。ストライカー不在のこの編成で勝つには、フィジカルの撃ち合いではなく、完璧な盤面管理とスキル合わせで敵を『罠にハメる』しかない。まさに、オレが教え込んできたロジックの独壇場だ。
柚葉はオレの揺るぎない視線を受け止めると、小さく息を吐き、覚悟を決めたようにマイクに向かった。
「わ、わかりました……!慣れないかもしれないけど、私、IGLやります!一生懸命指示出すので、よろしくお願いします!」
《はーい。よろしくね、リーダー》
和やかな雰囲気でボイスチャットが進む中。
『――Match Found!』
けたたましい試合開始のファンファーレと共に、柚葉の初めての大会、そしてオレのロジックの真価を問う戦いの幕が、ついに切って落とされた。




