11. 世界で一番重い『ありがとう』
11. 世界で一番重い『ありがとう』
試合はそのラウンドを皮切りに、完全にオレの支配下(盤面)となった。
「Snow、次はCサイトだ。GALEが死んで敵のヘイトが向いた3秒後、あそこの木箱の裏を抜け」
《はいっ! ……うわっ、本当に抜けた!キル!》
「よし。そのままリロードせずにサブ武器に持ち替えろ。Wolfの銃声を聴いて、裏取りが詰めてきてる」
《えっ、あ、はい! ……うわあああ!?ホントに来た!キル!》
オレの指示通りに動くSnowのスナイパーライフルが、次々と敵を射抜いていく。
エイムという「個人のフィジカル」に、オレの盤面把握という「完璧な情報」が合わさった結果、彼女はまるで未来視でも使っているかのような無双状態に突入していた。
数千人が見ている配信のコメント欄は、間違いなく『この野良Owlヤバすぎ』『完全に司令塔(IGL)じゃん』『GALEより野良の声聞きたい』と大盛り上がりしていることだろう。
そして、散々暴言を吐いていたGALEは――完全に沈黙していた。
自分が一人で突っ込んで死ぬたびに、オレとSnowのツーマンセルが完璧な連携で敵を殲滅していくのだ。自分の暴言がすべてブーメランになって突き刺さっている状況で、もはやプライドが邪魔して声を発することすらできないのだろう。最高に滑稽だ。
「最後の一人、Aの通路角で震えてる。……Snow、好きに撃て」
《はいっ!》
ズドンッ!
Snowの放った最後の一発が敵の頭を撃ち抜き、画面に大きく『VICTORY(勝利)』の文字が浮かび上がった。
《やったあああ!勝ちました!Owlさん、本当にありがとうございます!私、あんなに綺麗にスナイパー当てられたの初めてです!》
「いや、お前のエイムが良かっただけだ。じゃあな」
興奮冷めやらないSnowの声を背に、オレはさっさとゲームからログアウトし、ヘッドセットを外して机に置いた。
「ふぅ……」
手元をワザと下手くそに誤魔化しながら、脳内で盤面の全情報を処理するのは、現役時代以上に神経をすり減らす作業だった。オレは凝り固まった首をポキポキと鳴らし、大きく伸びをする。
「……さて。約束通り、勝ってやったぞ。これでお前のレートも……」
オレが椅子を回転させて振り返ると。
そこには、信じられないものを見るような目で、オレを凝視している柚葉の姿があった。
「……えっと。どうした、そんな顔して」
「センセ……」
柚葉は震える声で、一歩だけオレに近づいた。
「今の……全部、Architectと同じだった」
「……ッ」
「敵の動きの予測も、定点への誘導も、味方を駒みたいに使う冷たい指示の出し方も……全部。私が死ぬほど何百回も見た動画の、あの人と同じ……」
(――ヤバい)
オレの背中に、滝のような冷や汗がドッと噴き出した。あまりにも完璧に盤面を支配しすぎたせいで、Architectの狂信者である彼女の目を誤魔化せなかったか。
ここで正体がバレたら、「憧れの神様」がこの情けない無職と同化してしまい、彼女の美しい夢が根本からぶち壊しになってしまう。
オレが必死に言い訳のロジックをフル回転させようとした、次の瞬間。
柚葉の瞳がパァッと輝き、彼女はオレの顔をビシッと指差して、ニヤニヤと意地悪な笑みを浮かべた。
「……センセ。もしかして……センセも、Architectの『ガチオタ』なの!?」
「…………は?」
予想外すぎる角度からの言葉に、オレの思考は完全にフリーズした。
「隠さなくていいよ!だって今の指示の出し方、完全にArchitectの過去動画の丸暗記じゃん!エイム(手元)は全然ブレブレで下手くそだったのに、盤面のロジックだけは完璧にコピーしてたもん!」
柚葉はオレのパーカーの袖を引っ張り、大興奮でまくしたてる。
「なんだー!私のプレイには偉そうにダメ出ししてたから『自分は違う』みたいな顔してたけど、センセも結局あの人に憧れて必死に動画見て研究してたんだ!なにそれ、ウケる!めっちゃ可愛いとこあるじゃん!」
「え、あ、いや……」
「ふふーん。アタシに隠れてこっそり動画見て定点とか覚えてたんだね。同担なら最初からそう言ってくれればよかったのにー!」
(……こいつ、オレの下手くそなエイムを見て、完全に『知識だけは完璧に丸暗記した痛いファン』だと勘違いしてやがる)
オレは頭を抱えそうになったが、正体がバレるよりは何百倍もマシな、アルティメット大義名分である。オレは死んだ魚のような目になりながら、ゆっくりと重々しく頷いた。
「……あ、ああ。そうだ。オレも……アイツの大ファンで、すごく、尊敬してる……」
「あはは!センセ顔真っ赤!恥ずかしがってるー!」
柚葉はオレの袖を引いてひとしきり笑っていたが、やがてふっとその笑いを収めた。そして、少しだけ恥ずかしそうに、でも真っ直ぐにオレの目を見つめてきた。
「……でも、そっか」
「?」
「いくらガチのファンだからって、あんな完璧に盤面を支配できるまでになるなんて、普通無理だよ。……私のために、私がArchitectを目指してるって知ってるから。寝る間も惜しんで動画見て、私のプレイスタイルに合わせて、必死に研究してくれたんでしょ?」
柚葉の瞳には、もう小悪魔なからかいの色はなかった。そこにあるのは、無防備なまでの純粋な信頼と、オレという『恩人』に対する温かい感謝の光だった。
「私、本当に才能ないし、すぐ逃げようとしちゃうダメな生徒だけど。……センセがそこまで本気で私に向き合ってくれてるなら、私、絶対に諦めないよ」
柚葉ははにかむように笑い、オレのパーカーの袖を今度は優しく、ちょこんと引っ張った。
「ありがとう、センセ。私のために……私の『神様』の代わりになってくれて」
ズドンッ、と。
ゲームの中の重スナイパーライフルなんかよりもずっと重くて鋭い弾丸が、オレの胸のド真ん中を撃ち抜いた。
(――ヤバい。罪悪感で死にそう)
必死に他人の動画を研究したわけじゃない。アレは全部、オレ自身の昔のプレイだ。だが、そんなこと今更言えるわけがない。こんな純度100%の嬉しそうな笑顔を向けられて、「いやアレ全部オレの昔の動きな」なんてネタばらしをして、この傷だらけの少女の健気な感謝を台無しにすることなんて、絶対にできるはずがない。
「……バカ。お前は生徒で、オレはコーチだ。これはお給料が発生している仕事だ、当たり前のことしただけだろ。……ほら、明日の基礎練に響くから、さっさと寝ろ」
限界まで高まった顔の熱と、致死量の罪悪感を隠すように。
オレがそっぽを向いてぶっきらぼうに返すと、柚葉は「えへへ、おやすみ!」と機嫌良く手を振り、パタパタと自分の部屋へと戻っていった。
バタン、とドアが閉まる音がリビングに響く。
「……はぁぁぁぁ……ッ」
オレはその場にズルズルと崩れ落ち、心底疲労したため息を吐き出した。正体はバレなかった。罪悪感で胃に穴が開きそうだが、結果オーライだ。
だがオレは、この先ずっと、この「重すぎる感謝」を騙し討ちのように受け取り続けなければならないらしい。
「……動画、見返そうかな」
誰もいない深夜のリビングで、オレは誰に言うでもなく、自嘲気味にそう呟いたのだった
『面白い!』
『続きが気になるな』
そう思ったら広告の下の⭐に評価をお願いします。面白くなければ⭐1つ、普通なら⭐3つ、面白ければ⭐5つ、正直な気持ちでいいのでご協力お願いします。
あとブックマークもよろしければお願いします(。・_・。)ノ




