10. 盤面支配のArchitect
10. 盤面支配のArchitect
試合開始まで、残り十秒。
(……さて、どうする)
オレが本気で手元を動かし、全盛期のような神エイムや壁抜きを連発すれば、数千人の視聴者や、後ろにいる柚葉に『Architect』だと勘付かれる危険性が跳ね上がる。
エイムや動きは、あくまで「ちょっと上手い素人」程度に手抜きしなければならない。なんでこんな面倒なことを……そんなことを考えているうちに、第1ラウンドのバリアが降りた。
オレは情報・索敵枠の『Owl』を操作し、定石通りに索敵ドローンを流して後方で盤面を伺う。味方は野良でマッチングしたストライカーのGALE(使用キャラ:Panther)と、スナイパー枠のSnow(使用キャラ:Wolf)だ。
だが――開始わずか三十秒で、雲行きが怪しくなった。
《あーもう!Snow何やってんだよ!俺がエントリー(突入)したのにカバー遅すぎだろ!これだからポッと出の配信者は!》
味方のGALEが、敵陣に単独で突っ込み、あっけなくクロスファイア(十字砲火)を浴びてデスしたのだ。すると直後、ヘッドセットのボイスチャットから、鼓膜を劈くようなGALEの不機嫌な声が飛んできた。
《お前も配信者ならマップくらい見ろよ!俺がヘイト買ってんのにモタモタして!コメント欄見てんじゃねぇよ!》
《ご、ごめんなさい……!敵の遅延スキルで分断されちゃって、前に出られなくて……》
Snowの震える声に対し、GALEの理不尽な暴言が続く。二人とも配信者とはいえ、今回はたまたま味方になっただけの完全な野良同士だ。GALEは自分の配信の視聴者に向けて「今のは味方の野良が悪い」とアピールし、責任転嫁をしているのだろう。
「うわぁ……GALE、たまたまマッチングしただけのSnowちゃんにめっちゃ理不尽にキレてる……」
後ろで見ている柚葉が、ドン引きしたような声を出した。
「Snowちゃん、Wolfなんだから足が遅いのは当たり前じゃん。しかも敵の罠が残ってるのに、Pantherの無敵スキル頼りで勝手にドライ(スキルなし)で突っ込んで死んだだけなのに。……なんか、見ててイライラしてきた」
柚葉の言う通りだった。
先ほどのGALEの突入は、オレの索敵も待たず、敵の配置情報を一切確認していないただの無謀な特攻だ。ヘッドショット一発でほぼ沈むこのゲームにおいて、あんなタイミングでスナイパーがカバーに行けば、Snowまで一緒に狩られて終わる。どう計算してもカバーが成立する理屈がない。
《あーあ、萎えるわマジで。もう一人の野良のOwlも後ろでウロチョロしてるだけだし。……おいSnow、次カバー遅れたらマジでトロール(迷惑行為)で通報すんぞ》
《ごめんなさい……》
GALEの感情的で、ロジックの欠片もない八つ当たりが続く。オレは、マウスを握る手にギリッと力を込めた。
オレが世界で一番嫌いなもの。
それは、かつてのブラック企業の上司のように「自分の無能を棚に上げ、理不尽な感情論で他人に責任を押し付ける」奴だ。
手元を隠して目立たず勝つ?
……やめた。こんな感情で盤面を汚すバカは、完膚なきまでにコントロールして(わからせて)やらなきゃ気が済まない。
オレはマイクのミュートを解除し、かつてプロチームを震え上がらせた、冷徹なトーンで口を開いた。
「――おい、GALE。お前が死んだのはSnowのせいじゃない。敵の遅延スキルも見えていないのに、残り1分40秒のタイミングでAサイトに突っ込んだお前の完全な戦術のミスだ」
《……はぁ!? なんだテメェ、野良のくせに口出しして……!》
ヘッドセットの向こうでGALEが怒鳴り始めたが、オレはその喚き声を完全にBGMとして処理し、もう一人の味方に声をかけた。
「Snow。聞こえるか?」
《えっ、あ、はいっ……!》
「今から、あいつの言うことは全部無視しろ。感情で動くバカのカバーに行っても犬死にするだけだ。……ここから先は、オレとお前の二人で盤面を回す」
《ふざけんなテメェ! 誰に向かって……!》
「いいかSnow。次のラウンド、あいつはどうせまた一人で突っ込んで勝手に死ぬ。だからあいつを索敵用の囮として使うぞ」
オレがGALEの暴言を一切意に介さず、淡々と作戦会議を始めると、後ろで見ている柚葉が「うわぁ……」と口元を押さえた。
「センセ、あのGALEを完全に透明人間扱いしてる……。メンタル強すぎでしょ」
《なっ……俺を囮にするだと!? ふざけ……》
「Snow、お前は開幕と同時にBサイトのロング通路に引け。Wolfの機動スキルなら一瞬で下がれるはずだ。敵のアタッカーは人数有利を確信して必ずそこを詰めてくる。オレが音波センサーを流すから、Bメインの壁の模様の二番目に立って、スナイパーのスコープを展開して待て」
《えっ……!? で、でも、そこからじゃ壁があって敵が見えませんよ!?》
「見えなくていい。オレの言うタイミングで引き金を引け。必ず勝たせてやる」
オレの絶対に揺るがない低い声に、Snowは一瞬だけ戸惑い、やがて「……わかりました!」と力強く返事をした。
(よし。これで手駒は揃った)
第2ラウンド開始。
案の定、怒り狂ったGALEのPantherはオレたちを無視して単独で突撃し、数秒で敵の集中砲火を浴びてデスした。
《あーもう!お前ら何やってんだよ!ホント使えねえな!》
ボイスチャットで喚くGALEを完全放置し、オレは冷静にマウスを滑らせる。
敵の位置情報は、GALEが死んだ瞬間の銃声と足音で完全に把握した。同じ場所に敵は3人。オレとSnowは2人。
「Snow、スコープ覗いたまま待機しろ」
《はいっ!》
オレはOwlの特殊スキル『音波センサー』を、壁越しの見えない位置へと正確な角度で撃ち込む。センサーが壁に刺さった瞬間、詰めようとしていた敵の足音に反応し、敵のシルエットが壁越しに赤くハイライトされた。
「今だ。抜け(撃て)」
Snowが半信半疑のまま、Wolf専用の重スナイパーの引き金を引く。
ズドンッ!
ヘッドセット越しにも腹に響くような、重厚な狙撃音が響き渡った。スナイパーライフルの最大貫通力を持った銃弾が、薄い壁をいとも容易くぶち抜き、赤くハイライトされた敵の頭を正確に粉砕する。
『壁抜き(ウォールバング)ヘッドショット ―― キル獲得!』
画面の中央に、システムログがデカデカと表示された。
《ええっ!?うそ、当たった!?なんで!?》
「敵は今、人数有利で絶対に足音を消さずにあの角を曲がる。オレが罠でシルエットを映したところに、スナイパーの貫通力で撃たせただけだ」
オレは手元のエイムをごまかしつつ、キーボード操作で盤面を動き回りながら、次々とSnowに指示を出していく。
「次。残り2人は味方のデスを見て中央から引いてくる。Snow、Wolfの瞬間移動スキルですぐに高台へ飛べ」
《は、はい!》
「5、4、3、2、1……そこだ!」
オレが敵の逃げ道を完全に計算し、もう一つの索敵スキルである『小型ドローン』を中央通路へと放つ。ドローンに見つかることを嫌がり、視界を逸らして強引に斜線を抜けようとした敵が、たまらず足を踏み出す。
そこを、高台へ移動し終えていたSnowの冷静な狙撃が次々と撃ち抜いていく。
『ダブルキル! ――ラウンド勝利!』
2対3の絶望的な人数不利から、一切の撃ち合い(フィジカル)を介さない、完全なロジックとスキル合わせによる逆転劇。
そのあまりにも完璧な試合運びに、ボイスチャットは水を打ったように静まり返った。
散々暴言を吐いていたGALEも、信じられないものを見たように黙り込んでいる。
《す、すごい……!今の、全部予測通り……!?》
配信の向こうで、Snowが震える声で感嘆を漏らした。そして、オレの後ろに立っている柚葉もまた、画面を食い入るように見つめながら、呆然と呟いていた。
「……全部の盤面が、コントロールされてる……。エイムじゃなくて、完璧なロジックだけで……」
柚葉の瞳が、大きく見開かれる。
その視線の先にあるのは、情けない無職の家庭教師の背中ではない。
「……センセ。今の動き……まるで……」
彼女がずっと追い求め、泥臭く真似し、憧れ続けてきた『神様(Architect)』の姿だった。
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