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例えば、自分が今ここで立ち止まっている。
自分は止まっている。だが自分以外のものは動き続ける。世界の循環とはそういう物だ。
例えば、人ごみが多い所で急に立ち止まれば、誰かと何かとぶつかるだろう。
そのぶつかった物が大事な物になるか、すれ違い程度の認識になるか。
それは、意図的か偶然か。仮に意図的であったとして、目的は何なのだろうか。
同情か、慈悲か、下心か。
今まで人とぶつかった事が無い人間はいないだろう。ぶつかる人間というのは昨日や今日や、昔から遊んでいる人間か、今から大事にしていくであろう人間か。
言い方は数多くある。親でもそうである。兄弟でも、友達でもそうだ。
自分の世界でぶつかるという事は、人と出会う事ととってもいいかもしれない。
もし、親と子になる関係になるようにぶつからなければ、どうなっていただろうか。
それは誰にも分からない。産まれる以前の世界の干渉は、誰にもわかる事は無い。理解する事はできない領域なのだから。
…………………………
「今日は少し早いが、私は帰らせていただこう」
友人が、画剤を片付けはじめる。
それもそのはずだ。絵を一緒に描くようになってからはいつも一緒にいる。彼は私と一緒に描く事が好きなようだ。
どちらかが絵をかけなければ当然つまらなくなるだろう。あれこれ言い合って描いていく絵もあるというのだが。
一方的に私だけが文句のような物を言えば、当然嫌な気分になるであろう。
「すまないな。気分を害してしまったようだ。私には謝る事しかできないが――」
「謝らんでいい。貴様、今の内に気持ちと気分の整理でもするがいい。私がいては邪魔だろう。そう思っただけだ」
相変わらず直球な事だ。だがそれは時には頼もしく感じる事もある。
なんだかんだで、彼も私もお互いを友人として認識しているのだ。
「少し早い、と言ったがいい時間だ。貴様も外の空気でも吸うなり浴びるなりすればいいだろう。夜には星が見えるだろう。今日はいい天気だ」
「そうだな。そうする事にしよう」
そう、相槌を入れると彼はいつもなりとも被るトップハット……シルクハットを被り、部屋から出ていった。
夕日が窓に差込み、キャンパスの色を淡いオレンジ色に染めてゆく。
色が自然に干渉される状況では、まともな物は描けないだろう。日が沈むまで、私は描く事をやめた。
描こうとする気はある。あるが――
友人が帰ってからも、私の目の前に設置されたキャンバスには何も手がつけられていなかった。
描きたい物は決まっている。決まっているはずだが、いざ描こうとすると手が止まり、筆がキャンパスへ進まない。
視覚的にはすぐ目の前にあるのだ。腕から先が、キャンパスより遥か遠くの場所にいるような感覚だ。
腕はもがいているだろう。もがいて進めればそれが一番ばのだろう。だが進む事はないようだ。
――ああ、今の自分はとても下らない事で迷っているのだろう。
友人に言われたように、私は外に出て風を浴びる。
生暖かい。が、その生暖かさが吹き抜けると体は静かに冷やされていく。
これから夜になり、星は煌き始めるのだろう。毎晩のように見ているものなのだが、今夜はじっくりと眺めてみよう。
それで描く事ができれば良いのだが。
俗に言う、スランプ状態というものだろうか? これまで書いてきた絵は一枚も売れていない。
アマチュア以前の絵描きなのだろう。プロからすればなんて生意気な素人だと思うだろうか?
スランプはプロだからこそある、と言われるが人間であれば何かをやれば、何かにぶち当たる事は必ずあると思う。
その何か――
虚栄心か、臆病か、見栄か。
何かに踊らされているのだろうか。この世界は誰かに操られるための劇場の舞台なのか。
出きることならば、今すぐにそんなものはがしてやりたい気分だ。
私は思い立った。そして再度キャンパスの前に立つ。
このキャンパスは何を描かれる事を望んでいるのだろうか? 私はここに何を絵として残したいのだろうか?
私は何を描きたい? 何を思い描きたい――
頭の中でイメージを構築しようとすれば、何かのモザイクのような物で覆われ、部分的にしか描画する事はできなかった。
丸い円に、そこだけピンポイントで綺麗に写る。そこには……。
何もない、草原のような場所が描かれている。
背景は草原、そして朝焼けか昼間か、それとも夕焼けか、真夜中か――
それとも背景は存在しない別の物を映し出したモノか――
その手前には何も描かれてはいない。
――ここから描いてみればどうだろうか?
思う矢先、私は筆を手に取り、キャンパスに描いていた。
無意識か、意識内か。綺麗な緑を描こうと。
キャンバスの下半分。そうだ。
キャンバス下半分を草原にしてみよう。思い描いて構築できた、イメージの一つを残すのだ。
次の日に見ればまた違うものが見えるかもしれない。
だがそんなものは今の私にはどうでもいい。
気がつけば――
――私の筆を持つ腕と手は動いていたのだから。




