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 絵描きは描く。キャンバスに自分の心が映し出した物を。

 キャンバスは描かれる。何も無かった所から何かが産まれていく。

 絵描きは産み出す。真っ白なキャンバスに、生きた証である証拠を。

 生きた証は描かれる。キャンバスに産み出され、一つの命を与えられる。

 

 生きたの証は描き変えられる。絵描きが描き続ける内に訂正を重ねてゆく。


 何の事は無い。絵描きがキャンバスに描くものは、例えて見れば人生そのものなのだ。


 光と影、明と暗、表と裏。

 自分が生まれて、描く前の出会った心の変化。描いた後の見てきたものの変化。何もかもが映し出される。描かれる。


 絵描きは描く。キャンバスには思いのままに描いてゆく。

 絵描きは描く。筆を手に取り、彩色を施していく。

 キャンバスは施される。絵描きの心の姿を。心に投影された景色を、人を。


 いつかは絵は完成するだろう。しかしそれは評価されるために描いているわけではないのだろう。


 その絵は絵描きの誰にも教える事は無い、自分の心を投影しているものなのだから――


 ………………………… 


 世界は回る、時は動く。

 世界は時と並行して進んでいく。休む間も無く進んでいく。

 何人が時が戻ってくれないかと願ったのだろうか。戻るはずも無い物を願ったのだろうか。

 壊れた玩具は元には戻らない。戻そうとして直せば、それは以前あった物とはまったく違うものが完成するだろう。

 新しい物を買えば良いか? だがそれは今まで自分が使っていた物とはまったく違うモノが置かれることだろう。

 姿かたち、重量感、接触感。すべてがまったく同じモノでも、以前自分が使っていたものとは違った感覚が芽生えるだろう。

 

 考えて見れば当たり前の事である。それはまったく違う「モノ」なのだ。

「という事を日中、休む間も考えずに思考していたわけだがどうだろうか」

 私は友人と一緒に絵を書いている。

 すぐ真横に隣接し、キャンバスを並べ、画材を好き勝手気ままに置ける場所におき二人でキャンバスに向かっている。 

 友人の風貌は青ヒゲ。と言って差し支えは無い立派なヒゲを生やした中年の、少し太った男が筆を手に取り持論を振るった。

「ええい色が飛び散るわ。やめんか」

 水彩具を好んで使う彼は、これでもかといわんばかりに水に溶かした色を使う。やりすぎだと言われても「これは私のポリスィーだ」と。

 いや別にそれは構わない。芸術は人それぞれだ、だが芸術と言ってもこうも隣接しながら一緒に書く理由がわからない。

「できたぞ。どうだ! これが私の描きたかった物だ!」

 いくらなんでも早すぎる。この間0,3秒でできたと漫画的表現を使ってもいいぐらいだ。

 どんなものか、と見てみれば、早くできる理由がわかるわけだ。

「貴様、こういうことをやるなら他の場所でやってくれ。そもそも隣同士で描きながらやることじゃないだろう……」

 水に溶けた具剤をキャンバスに打ち撒けるぞハッハァー!

 やっちまうぞ〜いいのかあ〜? そぉいっ!

 そうだ、そんな感じの、モヒカン頭が暴れてのた打ち回って作ったような感じの物だ。

 

 何の因果か、この中年はモヒカンだ。頭の中央を縦に、後頭部までまっすぐ棒状になるように剃られている。

 毛の量が少ない分、頑張ってなんちゃってモヒカンにしているのは間違いはない。

 と、いうか彼事体が既にモヒカンだった。……何を考えているのだろうか私は。


「俺の描きたい物がわかるか! わからんだろう!」

 わかるわけが無い。知りたくも無い。

「こいつのタイトルは『疾風怒濤』」 

 そのまんまだ。本当にありがとう。 

 染みになっている程度の、適当にやったという印象にしか受けない。

 いやだがこういうものを見て感銘を受ける人もいるわけであって、一概に駄作とも言えない。

 人物画はともかく、背景画やこういう……なんと呼べば言いのか。とりあえず私は無視する事にした。

 こういう絵は私には価値がつけられない。合わないモノとでも言えばいいのだろうか?


 正直に言うと彼には絵心は無いとは思う。だが彼が語ってくる持論のようなものは、所々参考になるものもある。

 哲学家になったほうがいいんでは無いかと思うぐらいの人間だ。哲学家がどんな事をするか私にはわからないが。

「ところで君は何を描こうとしている。パレットを持ったまま硬直しているようだが?」

 いや貴様が邪魔なんです、本当に。……と、人のせいにしたいのも確かなものだが、人のせいにしてもしなくても、言われているように確かに私の手は止まっている。

 

 私は画家だ。今まで生きてきて何枚もの、何十枚もの絵を描いてきている。

 人物画や背景画、小物や建物。絵を描こうとしたものは全て絵にして描きとめている。

 

 ――だが、その絵の数々は一枚も売れた事は無い。


 私は画家だ。今、目の前にキャンバスがあるというのに描くことができない。

 頭では描きたいものが出来上がっているはずだった。だが体が動かない。

 まるでこれから描くものは、自分から駄作だと言っているように。

 

 ――長い間描き続けると厄介なものである。キャンバスに描く前に動きが止まってしまう。


 自分で自分の作品を認められないというのは、良くある話だが。まさか自分にもこんな風になるとは、と少し笑った。

 笑うのは当たり前である。自分の体なのに、自分の心を映し出す事を拒否しているのだ。

 心のどこかで何かがつっかえているようだった。何がつっかえているかわかっていた。だから笑うのだ。


「今から私が描くものは評価されるか?」


 友人にも誰にも言う事ではない。それは恐らく、無意識の内に自分に対して声を出して言っていたのだと思う。

 いや、間違いないだろう。心の中で描こうとしているモノを、私の心の中で何かが鍵をつけてしまっている。


「貴様は評価されるためだけに、絵を書いているのか」


 ――その言葉はわかっている。わかっているが、心の鍵は外れなかった。


「いや――」


 何のために描いているのだろうか? 何のために描こうとしているのだろうか?

 今までキャンバスに向かい、自分の気ままに描いてきた絵たちはその幾度、何を思われながら描かれてきたのだろうか? 

 ここで思うことが出来上がった。

 

「昔はどうやって絵を描いていたのだろうか? どうして絵を描き始めたのだろうか――」

 友人は、自分のその言葉を聞くと、髭をさすりながら少し顔をしかめた。

「貴様は何を思い描く? 描きたい物は無いのか?」

「どうだろうか」

 素で、発言していたのがその返答だった。

 何を、どういう思いで、描けばいいのか。手順は、色は、配置は――


 私はわからなくなってきた。よくよく考えても、考えなくても、ありふれた悩みであると言うのはわかっていたからだ。

 わかっているが故、私は筆を握りながら笑うしかないのである。

 高笑いはできずに、薄ら笑いをするしかないのである。


 友人は、私は今そう言う状況なのであると言う事はわかっているようだった。

 彼が思いつく限りの事は全て私に向けて言ってくれているのであろう。

 彼の発言した言葉は覚えている。覚えているが……。



 私の心には届いてはいなかった。





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