風の行方6
鉱山入り口に、二つの影があった。
それは、不思議そうに首を傾げるルゴスと、彼に付き添うレグリアの姿だった。
彼らを見つけたクラムが、折れた剣を杖にして立ち上がる。
「おい、何があった」
「いや、それが僕にもさっぱりわからないんだけど」
ルゴスの不可解な表情は、言葉以上に説得力があった。
苦虫を噛んだ顔で、クラムが言う。
「『風喰い』以上の化け物が、鉱山から飛び出て行ったぞ」
「ああ、あれね。レグリアの妹らしいよ」
「……なるほど、手に負えんな」
「どういう意味よ、それ」
複雑そうな顔をした彼女が、頬を膨らませて指摘する。
しかし次には、ちらりとルゴスを見た。
その挙動不審な様子を見て、クラムが更に表情を曇らせる。
「とにかく、だ。『風喰い』は退治できたのか」
「ああ、それは大丈夫。だよね?」
ルゴスはレグリアに顔を傾ける。
彼女が僅かに視線を逸らした。
「え、ええ、そうね。あれはアルが作り出してたみたいだから、もう出てこないでしょ。……まあ、『風喰い』が溢れ出てた方がまだマシだったと思うけど」
「そうか。なら、今はそれで良いだろう。俺たちの仕事は『風喰い』の討伐までだ。それ以外のことは知らん」
「知らないで済めば、良かったんだけどねぇ」
ルゴスは目を細めて遠くを見た。
あれだけの大言壮語をぶちまけたアルガゲヘナが、何かを起こさないはずがない。
標的は――――レグリアとルゴス以外の全て。
手始めに狙うとするならば、一つしかない。
「竜王国が危ない、かな」
「竜王国が危ない、わね」
二人の声が重なる。
怪訝な表情でクラムが口を開く。
「何か事情があるんだろうが、俺は知らんぞ。聖王国に帰って王に報告するだけだ」
「ああ、大丈夫。漏れなく君も標的さ」
「……どういう意味だ」
「僕とレグリア以外のすべてを滅ぼす、って言ってたけど」
「お前の所為か――――」
珍しくクラムが怒りを見せた。
それは、じゃれ合いの延長のようなもので、ルゴス自体は何とも感じていない。
しかし、レグリアが半歩前に出た。
剣士と竜の娘が視線を交える。
クラムが腰を落とした。
「何のつもりだ」
「これは私のよ」
「ほぅ――――ぶふぅ、くははははっ」
鉄面皮かと思われた剣士が、息を噴き出して笑い転げた。
それを唖然と見つめるレグリアだった。
ルゴスは、やれやれと肩を落とす。
「こう見えて、クラムは人をからかうのが好きなんだよ」
「人をからかう? 私は竜族よ?」
ぶほぉ、と更に噴き出すクラムである。
ここまでくれば流石に馬鹿にされていると気付いたのか、レグリアが口元を吊り上げた。
「竜を敵に回すことがどれだけ恐ろしいか、教育する必要がありそうね」
「それは御免だな」
クラムが恥も外聞もなく、寝たまま地面を転がって距離を取り、すぐに走り出した。
呆気にとられるレグリアだった。
隣でルゴスは、うんうんと頷く。
「うん、逃げるよね普通」
「はあ? ねえ、人族にはプライドが無いの?」
「まあ、竜族を怒らせて逃げ切ったら、それも勇者だと言えなくも無いかな。人族の価値観からすれば、だけど」
「私に人族は分からないわ――――ねえ、まさか」
「なに?」
腕組みをして話を聞くルゴスだった。
言い難そうに、彼女が言う。
「人族って、みんな竜族に懸想するものなの?」
「…………。ああ、うん、そうだよ」
少し考え込んで見せて、彼は嘘をついた。
竜族など、人から見れば恐怖の対象としか見られないことがほとんどだ。
真面目に訂正するのが面倒だった――――という理由もあるが、ルゴスは期待通りの反応を得ることが出来た。
「そう、なら、私の姿をルゴス以外にあまり見せない方が良いということね」
「もちろんさ」
「わかったわ。なら、私はルゴスという名前を貰うわね」
「うん? はあ? 全然わからないんだけど」
「馬鹿ね。名前を貰うってことは……その、そういうことでしょう? 私だって人族のことは知ってるんだからね。だから今後、自分のことをルゴスって名乗っちゃ駄目よ」
「どういうことなのさ」
「私に全部言わせる気なの?」
「言ってくれないとわからないよ」
「……へえ、そう言うこと言うのね。だったら絶対に言わないわ。ふん!」
レグリアは大股を開いて、のっしのっしと歩いて行ってしまった。
友は逃げ去り、彼女が歩き去り、名前さえも取られてしまった男は――――何故だか笑えてきた。
置いて行かれるのも癪だったので、小走りでレグリアを追いかける。
「待って待って、それじゃあ、僕――――いや、俺に名前をつけてくれよ。今から俺は新しい人間になるからさ!」
後ろも振り向かず、彼女が言う。
「反省してるの?」
「してるよ」
「蜂蜜を用意してね」
「ああ、用意するよ」
「肉が食べたいわ」
「うん、買ってくる」
「なら、そうね――――」
二人の姿が遠ざかる。
遠い景色の中へ溶け出していく。
ある従者の名前が決められるまで、他愛ない二人の会話が続いていた。




