第24話「皆藤」
「本当に転んだんだな?」
「そうだよ、まだ疑うの?」
「いや、気を付けろよ……」
「うん、ありがとう」
少し違和感はあるが、結城がそういうのならばそうなんだろう。
何かあれば言ってくるだろうし。
その後の授業中はずっと結城の事を考えていた。
結城の事は信じたいがどうにもあやしい。
妹の柚木も心配しているようだしな。
俺が心配性なだけなんだろうか。
いや何もないならそれでいいが、あったとしたら見過ごせない。
「慊人様」
今後はもっと注意して様子を見ておくか。
何かあってからじゃ遅いからな。
「慊人様!」
「うわっ、なんだ?」
突然大きな声で呼ばれて驚いて振り返ると、鴻巣が少し怒った顔をして立っていた。
「なんだ鴻巣か、どうした?」
「もう授業は終わってますよ、学級委員会に行きましょう」
教室を見渡すと、もうほとんど生徒はいなかった。
「ああ、すまん。考え事をしていた」
俺は鴻巣と一緒に生徒会棟に向かった。
月一回とはいえ遠い。
何故かおの学校はクラス替え殆ど無いため、学級委員や委員会のメンバーは殆ど固定されてしまっている。
実は一度辞退したのだが、その時中々苦労したようで、俺が学級委員だとクラスメイトが大人しいからと教師から頼まれて折れている。
放課後の喧騒の中、俺と鴻巣は無言で歩く。
いつもは俺の方から耐え切れず喋り出すのだが、今回は意外にも鴻巣の方から口を開いた。
「慊人様、白藤様のことですが」
「うん?結城がどうした?」
「先日、皆藤達のグループと一緒にいるところを見たのですが、白藤様は皆藤達と仲が良いのですか?」
「皆藤?」
何か聞いた事がある名前が、思い出せない。誰だったかな。
「去年ぐらいから幅を利かせてる、あまり良い噂を聞かないやんちゃなグループのリーダーです。彼らに虐められて教師が一人辞めてます」
「なんだと!」
そんな事があったのか。そういえば去年一人教師が辞めたが……。
「そいつらは虐めをやっているのか」
「詳しくはわかりません。他のクラスですから。でもあまり良い印象はありませんね」
「そいつらと結城が……」
「たまたま話をしていただけかもしれませんが」
「今朝の頬の怪我か」
「可能性はありますよね」
しかしそれなら俺に言うだろ、俺ならそんな奴らに負けない。
確かに可能性はあるが……。
「皆藤が何か悪い事をしているって話を聞いたら教えてくれ」
対象が教師であろうが俺の目の届く範囲で虐めを許すわけにはいかない。
そしてそれが結城であるなら……。
俺は次の日授業が終わると、雅彦と結城と共に足早にロイヤルルームに向かった。
俺はいつもの席に座ると、本題に入る前に結城に柚木のことを聞いてみることにした。
「そういえば結城、柚木が心配してたぞ」
「え?なんで?」
「最近すごく心配性になってるらしいじゃないか」
「ああ……、妹を心配するなんて普通だと思うけど」
「そうなんだけどな」
その通りなんだがタイミングがな。
それに特に理由が無いと言うのが逆に怪しい。
そう感じるのは鴻巣の話を聞いたせいかもしれないが。
「雅彦、皆藤って知ってるか?」
「D組みの皆藤か、小学校に入ってから話したことは無いが、最近良い噂を聞かないな」
「D組か、ちょっと顔を見てくる」
「おいおい、穏やかじゃないな。何かあったのか?」
「顔を見てくるだけだ。まだいると良いが」
「ほんとかよ、心配だから俺も付いて行こう」
雅彦も一緒に来るのか、まぁ向こうも何人かのグループらしいし、問題ないか。
「慊人、俺も行くぞ、暇だしな」
「慊人様が暴走しないか不安だな、俺も行こう」
兼続と嘉手納も来るのか、こうなったら結城も連れて行こう。
「結城」
「ぼ、僕は……」
「行くぞ。結城も来い」
「……うん」
俺達5人はD組に向かった。
道中廊下にいた生徒が次々に俺達に道を譲る。
まだ放課後になったばかりで生徒の数は多い。
なんか嫌な気分だが、今は皆藤だ。
俺はD組の教室に躊躇なく入った。
「皆藤ってのは誰だ」
「樫宮慊人……っ!」
教室の中から短髪で目つきの悪い男が一人出て来た。
そしてその後ろに3人ほど付き添ってこちらに歩いて来る。
「な、何の用だ」
なるほど、この後ろの3人も入れて鴻巣は皆藤グループと言っていたのか。
皆藤は明らかに動揺した顔をしていた。
「いや、最近噂の皆藤君の顔を見ておこうと思ってな。忙しいところ邪魔したな。行くぞ」
俺達はD組を後にして、ロイヤルルームに戻った。
「慊人は結局何がしたかったんだ?」
「牽制だよ。特にあいつらが悪さしているって証拠も無いしな」
「牽制?」
雅彦は頭にハテナマークを浮かべていた。
取り敢えず顔を知っておきたかったと言うのが一番の理由だ。
「まぁ皆、あいつが何か悪さをしているという話を聞いたら教えてくれ」
「ふん、皆藤なんて奴よりももうすぐ球技大会だな。慊人」
「・・・…球技大会か」
そういえば学級委員会でも、そんな話が出ていたが、結城と皆藤の事が気になっていって、すっかり忘れていた。
「今回の種目はなんと野球だ。隠していたが、実は俺は野球が得意なんだ。ついに慊人に勝てる時がきた!」
なぜ野球が得意なことを隠す必要があるんだろうか。
「今回はやる気が出ないなー」
「なぜだ!?」
「慊人、僕帰るね」
結城が鞄を持って席を立つ。
「早いな、じゃあ俺も」
「ちょっと約束あるから。じゃあ」
「お、おい」
そう言うと結城は足早に部屋を出て行ってしまった。




