8章 リサ姫の譲位
「何だと。リサ姫が俺に譲位するだと?何の冗談なのだ?もしかすると?」
新手の嫌がらせを、リサ姫が考えたに違いないと、キートン一味は思った。
エルザス帝国はまだ戦えるのに、あの気位の高いリサが降伏するものか。
「今回は本気です。リサ姫は日頃から簒奪者の汚名を嫌っていました」
シエルが実に悔しそうな顔をして、キートンに説明を始めた。
「望み通りエルザス帝国の皇帝の位を譲位するから、命は保証してくれ」
いや、別に俺はエルザス帝国の皇帝の位などどうでもいいんだが・・・。
謀反人の疑いをかけられたまま皇帝になるのも、真っ平御免だしな。
「シエル卿。嫌がらせなら、もっと面白い趣向を考えてくれないかね?」
この譲位を、リサの嫌がらせだと思い込んだ、キートンは拒絶した。
「リサ姫はどうせお前の寿命が尽きれば、政権はルーシェリーに帰属すると考えたようだ。お前の寿命など後70年位が関の山だからな」
勝てない戦だと悟り、俺の寿命が尽きるまで待つ気になったのか。
リサはハーフ・エルフだが、エルシリアの寿命は多分リサより短いぞ。
「シエル殿。あれ程嫌がらせが得意なリサ姫を俺に信じろと言うのか?」
キートンはリサ姫に怨みはないが、いつ気紛れを起こして帝位を返せと言って来るか分からないので、全く信用がおけない戯言なのだ。
「誠意を示す為に、帝都からキートン王国に差し出しても良い・・・」
「戯言はリサ本人が言ったらどうだ?俺の家臣が部下を寄越すのか?」
譲位するならリサは俺の家臣の筈であるので、自分から来ると良い。
そうすれば、リサ公爵領の太守に封じてやっても良いと思ってるぞ。
「この偉そうに・・・」
そんな風にシエルは思ったが、確かにキートンの言い分は正しい。
帝位をキートンに譲るなら、家臣としてキートンの命令を待つべきだ。
「それではリサに申し付けて、当面は謹慎させておきます」
シエルはキートンの命令を伝えるべくダイヤの都に戻って行った。
「何故シエルの申し出を無視したのです?エルザス皇帝になれるんですよ」
リサの娘だから、リサを信じてるらしいエルシリアがキートンに聞いた。
「あんな戯言を信じて、貴重な兵を危険にさらしたくはない」
キートンはリサの言い分を聞く耳持たなかった。
キートンには仕事があるから、皇帝の戯言に構ってなどいられない。
「話位聞いてやった方が良いのではないですか?折角下手に出てるのに」
リサに好意的なイリヤが、キートンを説得する役目を担う事にした。
キートンにエルザス皇帝になってもらって、世の中を平和にするのだ。
キートンさえ納得してくれれば、全てが丸く収まるだろうとも思う。
「あれだけ迫害しておいて、今更皇帝になれって言うのか?」
確かに帝都を追い出されるまでは、皇帝になる心算でいた事もあったが、今は養鶏家になりたいと、本気で思ってるんだ。
成り行きで王になってしまったが、俺は養鶏家でいたかった。
「キートン様を追放したのは、エリー様でリサではありません」
エリーはキートンの余りの臆病者ぶりに愛想をつかしたと言っているが、キートンを見ている限り、そんなに惰弱な男に見えないんだが、母親には臆病者に見えたのだろうか?
「キートン様。皇帝の仕事は、フォートレス卿にそのまま代行させるか、エルシリアかリサに任せといてご自分はお金儲けすればいいじゃないですか」
リサにしてもキートンにしても、雑務をこなすタイプではないだろう。
リサの国は反乱こそ抑えられなかったが福祉に熱心な国であり、医療も充実しており、年金まで支給される福祉大国である。
一応全ての民衆が、学校に通える権利も認めていた。
自愛の心からではない。
福祉と学校教育に力を注がないと、企業戦士が育たないのである。
「それでも何故かリサ姫の治世は反乱が多いんですよね」
一応ギルドや既存勢力の存在は認めているが、ハッキリ言って、悪目立ちであり、リサの専制君主ぶりが、旧勢力を刺激するのだ。
なお、西方にゴートンを派遣したのが、決定的な失敗でもある。
「こんなに頑張ってるのに、何故民衆は分かってくれないのだろうか?」
簒奪者のレッテルが、結局のところ人々の反感を買うとリサは思っていた。
リサは悪徳商人の一部には、酷く憎まれている。
金持ちの既得権益を否定して、安い麦を販売させてるからであろう。
「その辺キートンは金持ちに憎まれていないから平和な時代が来るだろう」
リサはキートンに反抗的な部下を説得するか、人事異動する事に熱中していたが、シエルの個人的な私兵であるシエル騎士団は削減出来ない。
高齢な7色兵団の兵だけ、退職金を持たせて解雇する事にした。
恩給も一応支払う事にするが、出来れば楽隠居するか再就職するかしてほしいので、恩給は月5ディルスとする。
酒代に困る事は一生ない筈だ。
「全く。俺達永久就職を期待していたんですがね・・・」
高齢と言っても、40歳位で恩給生活とか困るんだが、それも兵士の定め。
再就職先を探す事にしよう。
この若さでゴクツブシ扱いされてたまるか。
リサの兵は30万人位に削減する事に成功した。
7月1日に、キートンは寒村でこの事実を知る事になるが、リサを信用出来ないので、軍隊を5万人増強した。
キートンはリサを信用していないので、兵力の増強でこれに答えた。
キートン兵の中には、リサに解雇された傭兵も何名か含まれている。
「キートン王。リサ姫の譲位の噂は国中に広がっております。後継者にキートンを指名した事も有名な話である」
何て勝手な奴だ。
俺は皇帝などにならないからな。
キートンは意地になって新兵の訓練を始める事にした。
ほぼ全員20歳位の青年兵である。
「キートン様にイナゴ村と商業都を含む海洋国家を差し上げよう。私の誠意と思ってくれ」
キートンはリサが守備兵を引き上げた商業都を占領した。
「海洋国家を俺にくれた事を必ず後悔させてやる」
キートンは最近リサに取って代わる事を考えていたが、謀反を起こす気はないので、有難く海洋国家を受け取っておいた。
「キートン様。母様は今度は本気で譲位する気のようですよ」
エルシリアは、この母親の性格を一応把握していた。
「大体それなら、神の使徒が来る前にさっさと譲位すれば良かったのだ」
キートンは思う。
それなら、リサの名声は人類がいるかぎり、語り継がれる事だろう。
「エルシリア。譲位するなら帝都を割譲しろとリサに伝えろ」
その条件なら和平に応じても良いぞ。
「分かりました。リサ姫に伝えます」
7月2日。
帝都の軍隊はキートン王国に全面降伏した。
一部の兵がキートンに抵抗したが、説得して解雇する。
「我々はキートン王国の樹立を宣言する」
帝都の税率はキートン占領以降1割と定められたが、物価が安いので、何の問題も無く国を治められる筈だ。
「恒例の豚祭を行う事にする。帝都の料理人に声をかけろ」
キートンは支配下に置いた地域では、豚祭を行う傾向にある。
料理の腕で、民衆の心を買収する自信があるからだが、効果的だ。
「キートン王万歳」
「リサ宰相に栄光あれ~」
どう考えてもエルザス帝国に言わされてるお世辞を散々聞かされた。
と言うか、リサ姫はキートン王国の宰相として実権を握る心算なんだな。
「お前ら。民を見捨てて逃げ出した、リサが憎くないのか?」
キートンは帝都の民に、リサ姫の評判を聞いてみた。
「良い人ですよ。年金と医療の心配は皆無ですからね」
食べ物の値段も滅多に上昇しないし、この世界でリサ姫以上の君主は無理でしょうな。
「それなら何故俺の支配を受け入れる?お前らに年金を支給出来るかは分からんぞ。キートン王国は貧乏な弱小国なんだ」
心配しなくても、リサ姫が支給してくれますから。
キートンが天下をとっても、年金の支給が止められたら本当に謀反だぞ。
だからリサを宰相にして、金の管理を任せてくれ。
お前の統治じゃ月収300億ディルス越えは無理だ。
「キートン様の治世なら、エルザス帝国に平和をもたらせてくれますよ」
リサの政治で唯一不満なのが、戦争が耐えない事である。
戦争さえなくなれば内政に力を入れる事が出来、高福祉国家になれるのだ。
「分かった分かった。何とかしてやろう」
あのリサが帝国統治の礎は築いてくれたのだし、何とかなるだろう。
「仕方ない。リサ姫39歳の1月1日をもって、エルザスの皇帝になる」
政治はエルシリアに任せきりにするが、怨むんじゃないぞ。
俺にリサ姫の真似をするのは無理だ。
ならリサ本人に、政治を任すしかないじゃないか。
「リサに伝えてやれ。望み通り皇帝になってやるとな」
だが今直ぐではないぞ。
政権の委譲に、時間がかかるから直には無理だ。
一応これは平和的な政権移譲なのだから、政治方針の見解をリサと話し合わねばならない。
政権移譲のドサクサに、脱税する奴もいるだろうからな。
それにリサ姫に暗殺される可能性も、完全には否定出来ないし。
「そうか。エルザス皇帝に就任してくれるか」
これを聞いたリサは大喜びして、手料理を部下に振舞った。
これで長年の皇帝の苦役から解放される。
宰相就任が条件らしいが、それはフォートレスに押し付けよう。
エルザス国民は、私が保証してやった福祉政策を失う事が怖いらしい。
「それとキートン王にご機嫌伺いし、家臣として振舞えとの事です」
分かった。
条件は全て飲むから、キートンをエルザス帝国3代目皇帝に就任させて、エルザス帝国に平和な時代をもたらすように。
この場合の平和は、あらゆる戦争のない時代と言う意味である。
キートンの人望と、リサの武力が統合されれば反乱など起こらなくなる。
最近リサは少数精鋭化と、キートン受け入れの体制作りに忙しかった。
「最初からエリーに任せて、自分は楽隠居してしまえば良かった・・・」
そうしておけば不動の名声を得られた筈である。
引退時期を間違えると、過去の名声まで否定される事になる。
「リサ姫。私はキートン殿に寝返らせてもらいますね」
物書きの少女の興味はキートンに移ったらしい。
「好きにしろ。他の家臣もキートンに従いたければ、自由にして良い」
リサの治世は終わったのだ。
部下には再就職先を探す権利がある。
「ギリギリまではリサ姫を見捨てたりはしませんよ」
家臣達はキートンにクビを言い渡されるまではリサに従う覚悟を決めた。
10年以上もリサに従ってる部下も多いのである。
蓄え位ある。
だがまさかこの若さでリストラの危機に直面するとはなぁ。
リサの部下達は、憮然としてリサの決意を迷惑がっていた。
キートンはリサに余程恐れられているらしかったようである・・・。
次はキートンの時代だ・・・。




