荒地の決闘
帝都の宿屋は凄い迷惑をこうむっていた。
宿屋にはリサ1党の300人を超える部下がタダで泊まっているのである。
ホントに迷惑だ。
最初にリサが宿屋を占拠した夜、宿屋有志による大会議が密かに開かれた。
「あの世情に疎い姫にはうんざりだ」
リサの部下を担当する事になった高級宿屋の主人は嘆いた。
「多少の貢物をやって早々にでて行ってもらおうじゃないか」
帝都の宿屋ギルドの意見は一致するが具体的な金額で折り合わない。
「あの姫に一日滞在されるだけで宿屋は130ディルスの損害だ」
宿屋の悲痛な叫びが集会場に響き渡った。
零細企業が多い宿屋では、こういう迷惑な貴族の客だと儲からない。
「あの姫は話の分からん奴じゃない。正直に申し上げてでてってもらうのはどうだ?
ギルドの副会長は言ってみた。
リサは人の迷惑になる事を進んでする人ではない。
ホントに宿屋の迷惑に気付いていないのだろう。
「兎に角あの姫に斬られない様にしながらでて行ってもらわねばならんのだ」
議長がその為の策を考え始めた。
「いや~、美味い。こんな美味い料理は初めてですだ」
高級宿に泊まったリサの手下の奴隷達は始めての極上料理にご満悦だった。
宿屋は一番粗末なパンとスープを提供してるがそれでも奴隷達を喜ばせるには十分すぎる料理だったらしい。
「姫。この酒は見事な味ですな」
リピームが感激して言った。
流石は帝都の高級宿だ。
酒の味がリサ伯爵領のとは違う。
「ただ酒なのだから少しは慎むように」
リサは命令するが、酒に酔ったドワーフは主君の言う事など聞かない。
「費用は全て主君持ちだ。盛大に飲み干せ」
アトルピーは名酒ドラゴンスレイヤーにあっさりやられたらしかった。
酔い方が酷い。
そして貴重なディルスを名酒につぎ込んでいく。
宿代を支払う心算があるのかないのか分からないリサ1党の態度だった。
これが宿屋の不安を増大させる。
ついに宿屋の主人は、シラフであるリサを別室に呼んで尋ねた。
「宿代払ってくれる気あるのですか?」
リサの答えは明白だった。
「支払えというなら500ディルスまでならだせる」
あっさりと支払う意思を示した。
何だ。
支払う意思はあるのか。
宿屋の主人は安心したが、高級宿のイメージ低下は避けられないな。
高級宿は身なりで客を追い返す事があるのだ。
「幾らなのだ?私に支払える金額なの?」
リサが宿代の金額を聞いた。
「今夜の宿代と昨日の宿代含めて350ディルスです。お支払い頂けるならさっさと払って明日にはここを立ち去って頂きたい」
迷惑料も含めて、多少高めに言ってみた。
そして高級宿の主人は、さぞ迷惑そうにリサを見る。
このお嬢さん。
踏み倒せれば、宿代踏み倒す心算だったのか?
「旅用の保存食を用意させて頂きましょう」
宿屋の主人は嬉しそうにリサを見た。
この迷惑客を追いだせるならこんなに嬉しい事はない。
リサは思った。
金払う意思を示してるのに、追い出す態度をとるとは。
貧乏人は高級宿に来るなと言いたいのか?
そうです。
部下全員を収容できる宿屋がここしかなかったんだから仕方ないだろう。
「どうなされました?」
宿屋の主人がリサのご機嫌取りに声をかけた。
リサが公爵の娘なのは間違えない。
怒らせたら斬られる。
「私が宿代支払うの部下の者には内緒だぞ。部下にはただ酒が飲めると言ってあるんだ」
民の金で大宴会を開いたのが部下にばれると都合が悪い。
借金返済後なら問題ないが。
何故リサがこの宿屋で贅沢三昧したのか謎である。
普段は質素な娘なのだ。
「お願い・・・」
宿屋の主人は露骨に迷惑そうな顔をしたがリサの要求には同意した。
「分かりました。口が裂けても言いません。墓場まで持って行きます」
「迷惑料は私の領地が安定成長したらギルドに支払う」
宿屋の総意である。
できれば二度と来ないでほしい。
宿屋の主人はそう思うが、宿代支払うならこんな奴でも客は客だ。
「姫様。宿屋ギルドは3年間は宿屋から貴女を締め出す事に決議するでしょう」
宿屋に迷惑をかけたのだ。
公爵の娘だから、この程度の処分ですんでいるんだぞ。
宿屋の主人はリサと距離をとって言い募った。
斬られぬように用心している。
「寛大な処分で感謝する」
剣も持ってないのにどうやったら人を斬れるのだ?
リサは播種量6倍のライ麦の代金に金貨を商人にくれてやった。
宴会する前に宿屋の主人に頼んでおいたらしい。
リサは心中怒った。
私は丸腰だ。
丸腰の病弱姫相手に恐れるのか?
だが怒ってもしょうがない。
リサはシラフだった真一に命じて、酒に酔ってない数名の奴隷を側に集めさせた。
「お呼びでしょうか?」
リサは部下に言った。
「明日宿を引き払ってリサ伯爵領に向かう。準備をしておけ。職なら心配するな。田畑を400人分用意してある」
今は4月だから、今から急いで種蒔きをすれば、秋の収穫期までに間に合うだろう。
「収穫期から年貢を納めさせるからその心算でな」
「俺達はお姫様の私領で働くんで?」
奴隷が尋ねた。
「そうだ」
リサは答えた。
「年貢は2割だ。税金は5人で月1ディルス。重税だが何とか調達しろ」
リサ伯爵領の一人当たりの月収は3ディルス。
田舎だが所得は高い。
財政難なのは、リサ1党の贅沢のせいだろう。
「私は寝る。宿屋の主人殿。私の部下にちょっかいをだしたら本気で斬るぞ」
リサは本気でそう言った。
「分かってますよ。宿代支払ってくれるなら一応客ですからね」
宿屋の主人は嫌味を言いながら、リサを寝室に案内した。
風呂付の超贅沢な部屋だったが問題はない。
朝起きると昨夜とはうって変わって、質素な料理が部屋に運ばれていた。
贅沢は2夜限り。
これからは部下にも質素を強要する事になるだろう。
「酒は飲んではいけないのですか?」
ドワーフにとっては重要な事である。
「給料を銀貨30枚もだしているんだから、自腹で飲め」
家族がいるんだから酒ばかり飲めないよ。
愚痴を言う部下はほっといて命令を下した。
「これからリサ伯爵領に行軍する。田舎だが食べ物だけは豊富だから心配するな」
「食べ物?どんな獲物がいるんです?」
奴隷達は食べ物が獣だと思い込んでいるらしい。
「猪が一番多い。川には魔物は住んでいるが、魚類は豊富だ」
奴隷達は思った。
そんな所なら魔物さえどうにかできれば、悪徳領主はやってこない。
奴隷にあんな贅沢をさせてくれる領主である。
命令さえ聞いていれば、いずれまた贅沢が出来るだろう。
「イナゴはいるんですかい?」
奴隷が尋ねた。
お嬢様育ちのリサはイナゴを知らない。
「イナゴって?」
少し温和に聞き返した。
「畑を荒らす害虫ですよ。料理して食う奴がいるんです」
真一が説明した。
リサ伯爵領でも食う奴がいるので、小遣い銭欲しさに子供がイナゴ狩りを行っている。
豊作になる確率が上がるので、誰も文句は言わない。
アトルピーがそう説明した。
「子供の経済状態が良くなるから、最近はイナゴの相場が上がってきてます。奴隷に食べさせるとなると、かなりの贅沢ですぞ」
奴隷の1人が代わりに答えた。
「幾らするの?」
「10匹で銅貨一枚」
確かに高い。
「イナゴは諦めてくれ」
リサは奴隷達に冷たく言い渡した。
「聞きたい事がそれだけならさっさと行くぞ。輿を持ってきて」
リサは病弱だ。
行軍はかなり悲惨な事になるだろう。
「分かりました。輿を持って来い」
リサは持ってきた輿に乗ると、宿屋ギルドの冷酷な視線をうけて旅立った。
奴隷316人と部下を引き連れたリサ一行は荒野にでると、いきなり数百人の盗賊としか思えない人達に鉢合わせた。
「あいつらが奴隷を300人も買い占めたリサ姫一行か?」
「さようで」
盗賊達は総勢340人の兵力でリサ一党を取り囲む。
「ゴホゴボッ」
こんな重要な時にリサは咳き込んで動けなくなってしまった。
輿を担ぐ部下よりははるかに楽な旅の筈なのにだ。
「姫。大丈夫ですか?」
リピームが銀貨2枚もする薬草を慌ててリサに飲ますと、リサは落ち着いて気を失った。
「こんな重要な時に何で?」
動揺する奴隷達に盗賊達は呼びかけた。
「大人しく降伏するなら、慈悲深い主に高く売ってやろう」
誰が降伏などするか。
徹底抗戦してやる。
「アトルピー様。我々は最後の一人まで戦いますぞ」
奴隷達にも打算があった。
ここで盗賊を蹴散らして、手柄を立てれば農奴に昇格できるかもしれない。
「待てよ、盗賊共。この真一が相手をしてやろう」
ここで真一がしゃしゃりでた。
盗賊達に媚びへつらう義理はない。
「盗賊さんよ。大将をだしな。剣道9段の俺が相手をしてやるぞ」
真一がやたら強気に盗賊を挑発した。
盗賊達はこの真一の自信ありげなハッタリに怖気付いたようだ。
一歩後ずさりをする。
真一は確かに剣道の達人だが、腕前は2段だ。
「お前ら、こんなガキに何を怯えていやがる?」
大将らしい男が真一の要求にこたえて出てきた。
「俺の剣術はドラゴンスレイヤーの異名を持つんだが、それでもやるかね?」
大酒飲みの大会で優勝した酒豪なのだろうか?
いやでも剣術と言ってるしな?
真一はさっさと片付ける事にした。
強烈な突きを食らわせてやる。
大将はこの突きをかわした。
真一は回し蹴りを食らわせて、大将の足に引っ掛ける。
大将はあっさりと転んだ。
真一は大将に飛びつくと、剣を弾き飛ばし、殴り合いの体制に持ってくる。
水着を作り続けて5年。
握力と腕力なら地上の誰にも負けんぞ。
「卑怯だぞ」
大将が文句を言うが真一には関係ない。
誰が正々堂々と戦うと言ったんだ?
「降伏しろ。水着を作り続けて得た腕力は、盗賊などに負けはしないぞ」
片手で大将の両腕を押さえつけると、残った手で往復ビンタを食らわせてやった。
274回目で、大将は力尽き気絶する。
「どうだぁ。ざまあ見ろ」
鬼畜の様な真一の形相に、盗賊の手下は完全に戦意を失ったらしい。
武器を捨てて降伏した。
その時リサが目覚めた。
「ありゃ?盗賊はどうなったの?」
リサが間の抜けた調子でリピームに訪ねた。
「鎮圧しました。盗賊340名全員降伏するそうです」
「捕虜にして官憲に引き渡す?それともリサ伯爵領に連れて行く?」
迷う所であった。
だが最近のこの辺は税負担が重いし、盗賊などは指導者に問題があるから沸いてでるもんだ。
この者にも家族だっているだろう。
官憲に引き渡して処刑してもらうのも寝覚めが悪い。
「私の領地に家族連れて来ないか?」
リサは提案してみた。
どうせ真一1人に怯えて降伏するような盗賊などいずれ官憲に討伐される。
皇帝は残虐で有名だから、一族皆処刑されるのは間違えない。
それならリサの領民にしてみんな楽しく暮らせば一番いいではないか。
「何が目的なんだ?」
盗賊達は疑惑の目をリサに向けた。
何を考えている、この小娘。
「お金かな?」
リサはここで本気で悩んだ。
家族で楽しく暮らしたいとか言うのに理由がいるのか?
領民は私の弟や妹同然だ。
「お金があれば領地が栄えて多くの領民が幸せに暮らせるからね」
リサは本気でそう思う。
「あんた偽善者だな」
盗賊の一人が呟いた。
「うん」
リサはとても嬉しそうに盗賊の言葉を肯定する。
褒め言葉と受け取ったらしい。
「でどうするの?」
リサは優しく尋ねた。
「俺はまだ死にたくない」
「俺は行くぞ。あんたの領地確かエルザスで一番年貢の安い事で有名な、あのリサ伯爵領だよな?」
「そうだそうだ」
手下共は大将を見捨てて、リサ伯爵領に行く事に同意した。
因みに盗賊の大将だけは官憲に引き渡され、70ディルスの賞金を貰う。
盗賊は家族と奴隷を含めて、2500人に膨れ上がった。
盗賊の軍資金300ディルスはリサが接収する。
大集団となったリサ1党は、リサ伯爵領の山岳の下に広がる大草原地帯を目指す事となった。
サザニール男爵の治める草原である。
このサザニール男爵領に、リサ伯爵領へと通じる獣道があるのだ。
こんなお姫様は偽善者でしょうかね?