012 中間試験前日
中間試験前日、校内はひとつの話題で騒がれていた。
その話題とは一年生の黒峰慎とロン・ハンスの剣術実技の試験内容である。
――一年生、黒峰慎とロン・ハンスのみ一対一の決闘で優越を決めるものとする。
他の生徒は女子と同じくバトルロワイヤル形式で行われ上位四名が一対一で戦う事になっている。
だが、慎とロンの待遇はまさにVIP待遇と呼んでも良いものである。
勝ったら一位で負けても二位だという事が公開されており実質一年の一位と二位は既に決まってしまっている状況だ。
勿論、不満を漏らす生徒も存在する…が、アラドの予想通りと言ったところか大多数の生徒は受け入れてしまっていた。
納得させてしまうほど慎とロンの実力は群を抜いていた。
その渦中の存在である慎は何食わぬ顔して普段通りの生活を送っていた。
いつもと何も変わらない慎に何も変わらず接するアルト。
それを逆に不審そうに見るいつもの三人、という構図で今は昼食を食べているところだ。
「明日試験だよなー。アルトはどうだ? 準備万全か?」
「ああ、万全とまでは言えなくとも準備は出来ているぞ?」
「そっかそっか。まあ、アルトだしな。」
「なんだ? その言い分は。そうゆう御前の方こそどうなんだ?」
「剣術以外は諦めてます!」
「………胸張って自身の馬鹿を叫ぶんじゃない。」
「しょーがねーだろ。馬鹿は馬鹿なんだ。隠したって仕方ねえだろ。」
「まあ、御前の馬鹿っぷりは隠しようがないからな。」
「おいこら! どうゆう意味だそれ!!」
「そのままの意味だろう?」
「ちょっと! 慎君にアルト君も! なんでそんな平然としてるの!?」
アルトと慎のやり取りを傍観すると決めていた三人だったが遂に我慢出来ずフェイが叫び出した。
だが、そんなフェイの心境を察してか察せられずか本人達以外には判らなかったが、ふたりとも首を傾げて「何が?」と言葉を返した。
見事に息の合ったハモリっぷりで。
そんなふたりの態度にガクリ、と肩を落とせば、
「ロン・ハンスって奴と一騎打ちなんでしょ? しかも事実上一位決定戦みたいなもんじゃん! 対策とかさ、なんかそーゆーのないの!?」
「んなもんねえよ。」
「ちょ! ……アルト君もさ! こうゆう時は事前情報が大事なんだ。相手の有益な情報を少しでも得ていたほうが良い。とかそんな感じでいつもみたく慎君に助言とかしないの!?」
「それ、俺の真似か? 全然似て…」
「それはどうでもいいでしょー!!!」
この場に卓袱台があれば迷わずひっくり返しそうな勢いでフェイは叫ぶ。
今五人は屋上で昼食を取っており机はおろかひっくり返せるものが存在していない。
それでも、今のフェイの形相と勢いの所為で何かが飛んできたかのような錯覚をアルトは感じた。
「フェイの言う事も一理あるが…それは事前にするものだ。こんな短期で得たとしても大した効力はないだろ? 付け焼刃にすらならん。」
とりあえずフェイの疑問を解消してやるか、とアルトは己の中で片付けて昼食のために購入したサンドイッチを口へ運ぶ。
「でも…」
「まあ、確かに効力が全くないとは言わんが…だが、それは慎が何も準備してなければの問題だ。」
「へ?」
「そんなの試験内容が決まる前に調査済みだぞ?」
しれっと答えるアルトの隣でうんうんと肯定の意を込めて慎は首を立てに振る。
それを見ていつものように三人は「えー!!」と驚き唯叫ぶしか出来なかった。
「大体、此の学校の実力者を調べるなんて最初の頃にする事だろう?」
「俺もアルトも殆ど同時期に個別で調べ始めてある程度情報が溜まってから情報交換とかしたしな。」
その発言を聞いてフェイはミリアとクライスのほうを見る。
ふたりはその視線に気付けばぶんぶん! と左右に首を勢いよく振った。
その反応を見て少し安堵した表情を浮かべフェイはふたりに視線を戻す。
「そんな事するのあんた達くらいよ…」
「そうでもないぞ?」
「え?」
「俺達が調べるのと同じくらいの時期何人かそれらしき人間がいたからな。…上級生も何人か調べていたみたいだぞ?」
それを聞いて今度こそ言葉を失う三人。
「最近なんか色々と自分が情けなく思う機会が増えてきたよ…」
クライスが俯いてボソリと呟いた。
*****
その頃もうひとりの渦中の人物、ロン・ハンスはクラスメイト兼親友のドール・エインと試験について話し合っていた。
「やっぱりこうなったね。」
「ああ、ドールの言うとおりだった。」
でしょ? なんて笑みを浮かべロンにしたり顔でドールが言えば苦笑でロンはそれを返す。
確かにアラドの性格を考えればこうなる可能性が高かったのは理解出来る。
だが、ドールは入学してから三週間辺りでこの予想を立てていた。
そんな前から此の親友は此の結果が判っていたのだ、それも勘で。
そんな夢のような事を現実でさらりと起こされてしまったらそれはもう笑うしかない。
「で、どうするの?」
「どうするって?」
「勝てる?」
「…正直判んないな。」
「お。ロンにしちゃ珍しい弱気な発言だね。」
「そうか?」
「いつもだったらさ、はぁ? そんなの俺の圧勝に決まってるじゃん。とか言うのに。」
「…………。」
「あれ? 滑った?」
「いや、滑るとかそれ以前の話。俺そんな事言わないし、大体それ俺の真似? 全然似て…」
「あー!! そういえばさ!!」
「人の話最後まで聞けよ!」
ロンの抗議の声にきょとんと目を開いて少し止まれば、
「あはは。ごめんごめん。」
なんて少し舌を出して謝る。
そんな親友のいつも通りの対応に僅かに苦笑を浮かべて話をするように促す。
「うん。今思い出したんだけどさ。黒峰ってあの黒峰道場の息子なんだってね。」
「それ、マジ?」
「うんうん、大マジです。」
「そんな大事な事なんで今思い出すの?」
「ど忘れ☆」
「…………。」
「あれ? 滑った?」
「いや、語尾に星とか付けられても可愛くな…」
「てかさー」
「だから人の話は最後まで聞けって!!」
「あははー、ごめんごめん。」
まったく、とボヤキながら息をひとつ漏らす。
ドールの話によれば黒峰は街の隅に存在する黒峰道場の息子だという事になる。
別に黒峰道場は有名ではない、だがそれは一般的には、だ。
ロンの家も剣術道場を営んでおりその方面には詳しい。
黒峰道場の評価は概ね良いものではない、それもそのはずである。
"a heretic"《能無し》である時点で剣術を学んでも使い道がないとされ暇人の娯楽としか見られていないからだ。
だが、その評価が間違っているとロンは思っているし理解している。
それはロンの兄弟子や父が黒峰道場に赴き合同演習を行ったりしているからである。
その時の評価を聞くと剣術だけならば此の街一だろう、との事。
それも娯楽で剣術をやっている人間の眼ではないと。
心の底から真剣に剣と向き合っている人間の眼をしていると。
そうロンは聞いた。
その黒峰道場の息子だ、弱い筈がない。
それどころか自分で適うか判らない。
そんな心情に心が躍る。
早く戦ってみたいと本能が求める。
――、落ち着け。
武者震いを起こした自身の身体を無理矢理落ち着かせる。
すぐにでも戦いに行きたい欲求を理性で無理矢理抑える。
明日、明日まで我慢しろ。
そう、自分に言い聞かせ大きく息を吸い、
そして、吐いた。
それだけで気持ちの昂ぶりが落ち着くのを感じる。
「そーいえばさー」
「御前はいい加減に空気読めよ!!」
「およ?」
先刻まで少しシリアスな雰囲気を纏っていた(本人的に)だけに何も考えていないような間抜けなドールの声にずっこけそうになる身体を冷静に支えツッコミを入れる。
だが、そのツッコミに対して返ってきたドールの声に溜息を吐く。
この自由奔放男は……。
だが、何を言いかけたのか気になるのも事実なので再び話を続けるように促す。
「黒峰慎って言われてるんだからさ、ロンなら黒峰って聞いた時点で気付いても良かったよね。」
「…………。」
「あれ? 滑った?」
「いやもう、滑るとかじゃなくてその通りだなと。」
なんで気付かなかったんだろう、と自分の中でなんとも言えない気分になってきた。
「まあ、ロンって結構大事な時に抜けたりするから仕方ないよ。」
ぐさっ! と何かが刺さる音が聞こえた。
その音がした瞬間、何故か頭を抱えて項垂れるロンがいた。