帰還、そして
ギルドのオフィスで事務仕事に追われていたエリシアは、ふとペンを止めて窓の外を見やった。頭の片隅にわずかな違和感がよぎる。
「普通の冒険者ではありませんわね……」
エリシアは呟いた。その直感が告げるものに、一抹の不安と興味が入り混じっていた。
その頃、セリス、ミスティ、そしてシェイドを乗せた馬車が宿場町の入り口に到着していた。馬車が止まり、三人は静かに降り立った。
「ようやく戻ってきましたわね」
セリスは周囲を見回し、懐かしさと安堵の表情を浮かべた。
「まさかここまで復興しているとは……」
宿場町の街並みは以前と変わらず活気に満ちており、冒険者たちの喧騒と商人たちの声が交錯していた。しかし、街の復興が一気に進んでいることにセリスは少しばかり驚いていた。たった一ヶ月でここまで変わるとは思わなかった。
ミスティは無言で頷き、シェイドは宿場町の様子をじっくりと観察していた。
「この街も変わらず、面白そうじゃないか……」
シェイドが呟くと、セリスは微笑みながら彼に答えた。
「そうですわ。ここは様々なビジネスが渦巻く場所ですの。きっと、あなたの期待に応えるものが見つかるでしょう」
ミスティは少し離れた場所で、周囲の喧騒を楽しんでいるようだった。
「さて、まずはエリシアに報告をしなくてはなりませんわね」
エリシアは微笑みながら三人を迎え入れた。
「さっそく報告をお願いできますか?」
セリスは頷き、持ち帰った情報と共に、アレクシスの件、魔王の反対勢力の動き、そしてシェイドの勧誘について詳しく説明し始めた。エリシアは興味深そうに耳を傾け、これからの方針を考えながら話を聞いていた。
ギルドのオフィスで、セリスはエリシアに報告を続けていた。話が一段落すると、セリスは少し躊躇しながら口を開いた。
「もう一つ、報告がありますわ」
エリシアは興味深そうに顔を上げ、セリスに視線を向けた。
「何でしょうか?」
「実は、騎士団から正式に勧誘を受けました。しかし、断ったところ脅されましたの。『冒険者活動が難しくなる』とか、『クレームを町議会に入れる』などと言ってきました」
エリシアは眉をひそめ、一瞬考え込んだ後、微笑みを浮かべた。
「断って正解ですわ。彼らのやり方はまるで強引で無礼です。それに、あなたが騎士団に入ってしまっては、我々のビジネスに大きな支障が出ますから」
セリスは安堵の表情を浮かべ、エリシアの言葉に頷いた。
「ありがとうございます、エリシア様。これからも、私たちはあなたのために尽力いたします」
エリシアは微笑みながらセリスを見つめ、優しく頷いた。
「そうしてちょうだい。あなたたちの力は、この宿場町にとっても、私たちの計画にとっても重要ですの」
ギルドのオフィスの中、セリスはエリシアに向かって一歩前に出た。
「エリシア様、こちらの方を紹介いたします。シェイドと言います」
セリスが紹介すると、シェイドは一歩前に出た。
全身黒ずくめの姿に、フードで顔が半分隠れている彼は、どこか不気味な雰囲気を漂わせていた。
エリシアはシェイドに視線を向けた瞬間、先ほど感じた違和感の正体が彼にあることに気づいた。
「随分と深いカルマをお持ちですわね」
エリシアの言葉にシェイドは薄く笑みを浮かべ、肩をすくめた。
「……ふふ、なんのことだか」
エリシアはその反応に一瞬の沈黙を挟んで、彼の腰に見え隠れする武器に目を向けた。彼女の視線を感じ取ったシェイドは、一瞬だけ警戒の色を見せたが、すぐに元の冷静な表情に戻った。
「あなたの腰の物、ただの剣ではないですね。それは魔剣でしょう?」
シェイドはその質問に対して答えず、ただ不敵な笑みを浮かべた。
「まあ、色々あるんだ。察してくれ」
エリシアはその答えに満足そうに微笑んだ。
「あなたのような方がこの宿場町に来てくれたこと、非常に興味深いですわ」
シェイドは軽く頷き、そのまま静かにエリシアの視線を受け止めていた。エリシアはその様子を観察しながら、彼がこの町でどのような役割を果たすのか、密かに期待を抱いていた。
ギルドのオフィスでの紹介が終わり、少し緊張が解けたところで、シェイドは静かに口を開いた。
「最初に言っておくが、俺は誰にも忠義を誓わん。誰かのために動く気はない」
その言葉に部屋の空気が一瞬凍りつく。
しかし、エリシアは微笑みを浮かべたまま、シェイドの言葉を受け止めた。
「この街にいれば退屈はしませんわよ。あくまでお互い良いビジネスパートナーでいましょう」
エリシアの言葉に、シェイドは少し興味を示したように眉を上げた。
「……それなら、しばらくこの街にいてみるのも悪くないかもな」
シェイドのその言葉に、エリシアはさらに微笑みを深めた。
「歓迎いたしますわ。ここには様々な機会と挑戦が待っています。あなたの実力を存分に発揮していただけることでしょう」
シェイドは軽く頷き、その場の空気を少し緩めるように一歩後ろに下がった。エリシアはその姿を見ながら、この新たなパートナーがどのような影響をこの街にもたらすのか、密かに期待と興奮を抱いていた。
誰もいないオフィスで、エリシアは一人静かに思案にふけっていた。
エリシアの思考は、最近の出来事や情報に集中していたが、特にアレクシスの件が頭を離れなかった。
彼から伝え聞いた魔界の状況は、彼女にとって一番気になる問題だった。どうやら魔界内部も一枚岩ではなく、反体制派が魔王の立場を脅かしているという。
「アレクシス……あなたが伝えたいことは一体何だったのかしら?」
エリシアは独り言をつぶやきながら、アレクシスとのやり取りを思い返した。
魔界の反体制派がサンセットを襲っている理由が、魔王の立場を危うくするためだとしたら、彼らは何を求めているのだろう。彼女は机の上の地図を見つめながら、魔王の立場が揺らいでいることがどのような影響を及ぼすのかを考えた。
「魔界が内部分裂するのは、私たちにとっても一大事……。もし反体制派が勢力を増し、さらに攻撃を強化するならば、この街も無事では済まない」
エリシアは目を細め、手元の地図に視線を落とした。彼女の指がサンセットの位置をなぞり、次に宿場町を辿る。その指先は、不安と危機感を表していた。
「魔王の立場が危ういということは、魔界全体が揺れているということ……。その影響は、この町にも波及するでしょう」
エリシアは深くため息をつき、椅子にもたれかかった。彼女の思考は尽きることなく、次々と浮かび上がる疑問や不安が頭を巡った。
「魔王に協力すべきか、それとも静観すべきか……」
エリシアは小さな声でつぶやいた。彼女はかつて、魔界に利権を供給していた。
それは魔王の援助を期待してのものだった。しかし、今や魔界の体制が変わろうとしている。そのため、彼女は協力するメリットが薄れていると感じていた。
「もし魔王が巻き返せば、ここで協力しないのはまずい……」
エリシアは思案を続けた。魔王が再び力を取り戻し、魔界を統治することができれば、彼女にとっても有利な状況になる。しかし、反体制派が勢力を増し、魔王の立場を揺るがし続けるならば、彼女の協力は無意味になりかねない。
「今、魔界の状況がどれほど危ういか……」
エリシアは地図を見つめながら、自問自答を繰り返した。彼女は魔界の内部事情を詳しく知っているが、それでも未来の展開を完全に予測することはできない。協力すべきか否かの決断は、彼女にとって重いものだった。
ガレンがデスクに向かって書類を整理していると、突然ドアが勢いよく開かれた。そこには血相を変えたセリスが立っていた。
「ガレンさん、大変ですの!」
セリスは息を切らしながら叫んだ。ガレンは驚いて顔を上げ、冷静な表情でセリスを見つめた。
「どうしたんだ、セリス?」
「実は……地下倉庫の工事中に建てていたミーティング用の建物がなくなっているんです!」
セリスは焦った様子で話し続けた。彼女はその建物をどさくさに紛れて自分の家にしようとしていたのだが、その計画が突如として崩れ去ったのだ。
ガレンはため息をつき、肩をすくめた。
「ああ、そのことか。ギルドを拡張するために邪魔だったから解体したんだよ」
セリスは唖然とし、しばらくその場に立ち尽くした。
「えええ! そんな……!」
ガレンは少し微笑みを浮かべながらも、真剣な目でセリスを見つめた。
「ギルドの拡張は必要なことだった。セリス、理解してくれ」
セリスは肩を落とし、しばらくその場に立ち尽くしていたが、やがて悲しげに頭を垂れた。
「訓練所で寝泊まりするしかないんですわ……とほほ〜ですわ〜」
ガレンは同情の目を向けながらも、仕事に戻るための準備を始めた。
「まあ、今は仕方ないな。頑張ってくれ、セリス」
セリスは深いため息をつき、部屋を後にした。
ギルドの活気あふれるロビーに足を踏み入れたシェイドは、周囲を見渡しながら歩き始めた。
彼はゆっくりとギルド内をぶらつき、その辺の椅子に座って観察を始めた。シェイドの全身黒ずくめの服装と、魔剣から放たれる邪悪な気配が、ギルド内の空気を一変させた。
周りの冒険者たちはシェイドの不気味で恐ろしい雰囲気に気付き、ひそひそと話し始めた。
「おい、あの新参者、やばくね?」
「確かに……。あの雰囲気、ただ者じゃないな」
「近づかない方がいいかもな」
シェイドはそんな噂話を耳にしながらも、無表情のまま周囲を観察し続けた。彼の視線は冒険者たちの動きや会話、ギルドの運営状況に至るまで、鋭く見抜いていた。
その様子を見ていた一人の冒険者が、シェイドの席に近づき、おそるおそる声をかけた。
「お、お前、新しく来たのか?」
シェイドは無言でその冒険者を見つめ、一瞬の沈黙の後、低い声で答えた。
「シェイドだ……。それ以上のことは興味ないだろう」
冒険者はその冷たい視線に気圧され、一歩後ずさりながらも必死に笑顔を作ろうとした。
「わ、わかったよ。じゃあ、またな」
冒険者は急いでその場を離れ、再び仲間たちとひそひそ話を続けた。
——その頃。
エリシアは静かにドアを開け、ガレンの部屋に入った。
ガレンは既に部屋の中央に立って待っており、エリシアが入ってくると同時に彼女に目を向けた。
「急ぎの話があると聞いたが?」
エリシアは扉を閉め、慎重に言葉を選びながらガレンに近づいた。
「ガレン、王国側が冒険者を召し抱えようとしている動きを察知しましたの。彼らは優秀な冒険者を騎士団員として迎え入れようとしているようですわ」
ガレンは眉をひそめた。
「それは困ったことだな。冒険者たちは我々にとって貴重な戦力であり、王国に取られるわけにはいかない」
エリシアは頷き、続けた。
「その通りですわ。だからこそ、我々は冒険者を独占する考えを示す必要がありますの。王国側に対してアドバンテージを得ることで、あらゆる干渉を跳ね除けることができますわ」
ガレンは少し考え込み、やがて意を決したように頷いた。
「わかった。では、具体的にどうするつもりだ?」
エリシアは微笑み、計画を語り始めた。
「まず、冒険者たちに対してさらなるインセンティブを提供することですわ。ギルド内での地位や報酬を強化し、王国の誘いよりも魅力的な条件を提示します。そして、冒険者たちがギルドに対して忠誠を誓うようにするのです」
ガレンは目を細め、エリシアの言葉に耳を傾けた。
「それだけで足りるか?」
エリシアは一瞬考えた後、首を振った。
「いいえ、それだけでは不十分ですわ。さらに、王国側が冒険者を召し抱えようとする動きを牽制するために、情報操作や裏工作も必要です。ギルドの情報網を駆使して、王国の動きを先回りし、計画を妨害するのです」
エリシアとガレンの密談が続く中、ガレンはさらに懸念を口にした。
「王国側が冒険者を召し抱えようとする動きだけでなく、今後我々に対して戦力を供給するよう圧力をかけてくる可能性もあるのではないか?」
エリシアは一瞬考え込み、厳しい表情を浮かべた。
「その懸念はもっともですわ。王国側は現在、魔物の襲撃に苦慮しており、戦力の確保が急務となっています。だからこそ、我々に対しても何らかの形で協力を求めてくる可能性は高いですの」
ガレンは深いため息をつき、眉間にしわを寄せた。
「もし王国からの圧力が強まれば、冒険者たちに対してどのように対応すべきか、考えなければならない。無理に協力させるわけにもいかないし、我々の独立性も守りたい」
エリシアは冷静に頷き、提案を続けた。
「そのためには、我々がいかに強力な組織であるかを示し、王国側に対して一目置かせる必要がありますわ。冒険者たちを守りつつ、ギルドの勢力を強化し、王国にとって無視できない存在であることを示すのです」
ガレンはエリシアの言葉に賛同し、さらに具体策を求めた。
「具体的にはどうすればいい?」
エリシアは微笑み、計画を語り始めた。
「まず、ギルドの情報網をさらに拡充し、王国の動きを常に監視することです。そして、冒険者たちに対してさらなる支援を行い、彼らがギルドに対して強い忠誠心を抱くようにする。また、ギルド内の団結を強化し、外部からの圧力に対して一致団結して立ち向かえるようにしますわ」
ガレンはエリシアの提案に頷き、決意を新たにした。
「その通りだ。私たちが一致団結し、強力な組織として立ち向かえば、王国も安易に圧力をかけてくることはできない」
エリシアは満足げに微笑み、ガレンに向かって手を差し伸べた。
「一緒に頑張りましょう、ガレン。このギルドと街の未来のために」
ガレンもその手を握り返し、二人は固い決意で結束を強めた。彼らは王国からの圧力に立ち向かい、ギルドの独立性を守るためにさらなる策を講じることを誓った。




