54.決着
フィリアはツブ貝を手に取り、同じように握る。
マグロの寿司を頬張ったギラスはその間にスープを飲み、調合白ワインを味わっていた。
「大公殿の分もご用意しておりますが、ギラス王子の食されたあとでよろしいですね?」
と、用意されたセリフを言うのを忘れていたフィリアをジウスがサポートする。
(忘れてた……!)
王子の雰囲気でなれずしを食べなかったフィリアたちである。しかしスレイン大公はそれについて、特に気にしてはいないようだった。
「ああ、もちろん。王子の裁定が下ったあとでも構わぬ」
勝負優先、というのは大公側もしっかり認識していた。その間にフィリアはツブ貝の寿司を握り終える。
昆布出汁を吸わせた一品だ。マグロに比べれば遥かに淡白。しかし、その薄味と食感の違いが緩急として成立するはずである。
シェナがツブ貝の寿司を運び、ギラスが食す。やはり特段の反応はない。
次のネタを握ろうとした腕を動かしたフィリアだが、ギラスが手を上げた。
「……ふむ。もうよい」
「……? さ、さようでございますか」
フィリアは手を止めた。どうしたのだろうか。まだネタは残っていたが。
「フィリア殿にひとつ問いたい。このメニューはすべて貴殿が考えたものか?」
「はい……。東方の資料をもとに、アレンジしました」
「くくく、そうか。得心した」
そこでギラスが両腕を上げた。まるで降参するかのように。そしてギラスが高らかに宣言する。
「この勝負、引き分けとする」
「「ええっ!?」」
大広間がどよめき、スレイン大公もジウスもともに身を乗り出した。ギラスが両陣営を見渡す。
「実は内心、大公殿の勝利と思っていた。このなれずしはまさに最高級品だ。私の宮廷に東方の商人が出入りしているので、よくわかる」
「……!」
フィリアが息を呑む。自分で生魚を使う料理を把握した上での勝負だったわけだ。
「しかしフィリア殿の寿司は……形式から外れたところもあるとはいえ、よくこちらの食事情にアレンジしている。スープとアルコールも完璧だ。試食を繰り返したのであろうことは疑いない」
ジウスがギラスの食べ終わった皿を見つめる。
「……ゆえに引き分け、ということですか?」
「その通りだ。私の好みはフィリア殿の寿司だが、大公殿のなれずしもまた、珍味として比類なきもの。優劣をつけるのも無粋よ」
と、そこでギラスがスレイン大公を視線で射抜いた。
「しかし、大公殿も見識が広い。我が宮廷になれずしがあると把握していたのであろう?」
「まさか、さようなことはございません」
「勝負の趣旨を言えば、我が国はこれから海岸沿いの魔獣を掃討し、領土を広げる。その際に参考になるものがないか、知りたかったのだ」
そしてギラスはジウスに視線を移した。そこには称賛の色が浮かんでいる。
「そうした意味では、宰相殿のほうが目的に合致していた。こちらはより生魚に近い。あとでレシピを知りたいものだ」
「もちろん王子がお望みであれば」
これも事前に決めていたことだ。もとより料理を普及させたいフィリアにとっては、望むところである。
「この寿司の米は、フィリアの錬金術の産物です。我が国ではこの米を増産する予定でございます」
「なんと……! この米がか。ははは、米から作って寿司を握るのか。大したものだ!」
そこで高らかに笑った。勝負が始まってから一番愉快そうに。
「――それに勝負を止めたのは、この寿司がうまいからだ! 勝負は終わりだ、皆で存分に食おうぞ!」
ギラスがフィリアにウィンクをした。人騒がせで破天荒な御仁ではある。だが側近たちは揺るぎない信頼をギラスに抱いている。
これはこれで、王の姿なのだろう。
そしてギラスとの縁ができたのも確かなことだ。米の研究という自分の目的も、しっかりと進んだと言えるだろう。
フィリアは声を張り上げる。
「はい、まだネタはありますので!」
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
おもしろい、続きが読みたいと思って下さった方は、
ぜひともブックマークや↓の⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎評価をよろしくお願いいたします!







