51.なれずし
純白の皿の上に載っていたのは、寿司であった。だが、フィリアの握り寿司とはまったく違う。
くたくたになり半分茶色になった魚の切り身と柔らかくなった白米がセットになり、細長い長方形になっていた。
シェナが小さな声でフィリアに尋ねる。
「あれも寿司、なのですか?」
「……なれずし、という寿司のひとつね。というより寿司の原型になった料理よ」
「なんと……!」
ギラスは表情を崩さず、料理を眺めている。
「ほう、なるほど……。まぁ、名前についてはこだわりはしない。興味深い料理だな」
「東方より品質を保ったまま、ここにお持ちすることができました。ぜひともご賞味ください」
モードは皿のそばに置かれたナイフとフォークを使い、優雅な手さばきで細長いなれずしを切り分ける。
「そのまま食しても良いものですが、ここに豆のソース――醤油もございます。お好みで少量つけて食べるのも一興かと」
モードが切り分けたなれずしと醤油の小皿をお付きの料理人がギラスの元に運ぶ。
見るとスレイン大公が自信ありげに、
「宰相殿らもぜひ、どうぞ。なにせ量がありますからな」
と料理人に指示を出し、フィリアやジラスの分も用意させた。ほんの欠片程度ではあったが。
(向こうもこうしますよね……)
フィリアもスレイン大公側が一口、二口食べる分の食材は用意していたので、意外ではなかった。
ギラスが面白そうにその様子を見つめている。
「言うまでもないが、宰相殿らがどう評するかは私の判断に影響を与えぬ」
「滅相もございません。ただ美食を共有したいだけ。もちろん、なれずしに合う酒もご用意してございます」
モードが奥の料理人から陶器の酒瓶を持ってこさせる。
「東方ではこちらと酒の造り方も異なります。これは貴重な米による酒にございます」
「ほほう、楽しみだ」
大公の料理人により、杯に白濁した米酒が注がれた。ギラスの側近が手をかざし、毒味の魔術を素早く行使する。側近が頷き返したのを確認し、ギラスが厳かに宣言した。
「……では、頂こう」
ギラスが杯を掲げる。さすがのスレイン大公も緊張しているようだ。
くいっと一口軽く飲み、ギラスは杯を置いた。
「胃に染み渡る。悪くない」
「ははっ……!」
「さて、ではメインを頂こう」
フィリアの手元にもなれずしの欠片が置いてある。見た目は発酵食品であり、握り寿司とは似ても似つかない。
だがフィリアも本で読んでなれずしのことは知っていた。このなれずしは本の通りのように見える。
「ふむふむ……。こういう味か」
ギラスはフォークでなれずしを一口食べる。だがその表情は変わらない。一瞬、口角が上がったくらいか。
そのままギラスはなれずしを食べ進める。たまに醤油をつけて、なれずしを口にしてもギラスは特に反応しない。不気味なほどに大広間は静寂に包まれてた。
やがてなれずしを完食したギラスが口を開く。
「うむ、満足した」
フィリアの陣営でなれずしを食べる人は誰もいなかった。
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