41.ホタテ
フィリアの脳裏をそんなことがかすめる。だが深く考えていけない。白米の温度が下がってしまう前に酢飯は作らなければいけないのだ。
「ふむ……扇をこう、しかし米はかなりの温度のような気がするが……」
湯気の上がる白米を前に、ジウスが優雅に扇をあおぎ始める。
「本には細かく書いてありませんでしたが、冷めてると米はくっついてしまいます。あとは酢も吸収しなくなるようです。少し試してみました」
「なるほど、さすがは錬金術師だ。しっかりと確認済みだったね」
「はい……というわけで、やはり温かいうちに酢は混ぜるしかないようです」
米がくっつき始めるとムラがでやすくなる。フィリアは調合酢の入ったガラス皿をゆっくり傾け、酢を木桶に少しまいた。もちろん一度に全部ふりかけるのではなく、ちょっとずつだ。
「混ぜます……!」
フィリアが気合いを入れ、木べらで白米を混ぜる。
「あおぐのはこんな形でいいかな?」
ジウスがぱたぱたと手首をきかせて白米をあおぐ。
「大丈夫だと思います!」
「そのガラス皿の分を全て振りかけるのかい?」
「ええ、この分は使い切ります……!」
ここがキッチンでなければ、ジウスは夜会にいてゆったりと扇で遊んでいるようにも見えただろう。
とはいえジウスの顔は真剣そのものだ。しっかりと扇であおいでくれている。
「どんどん進めていきますね」
さらに調合酢を振りかけ、木べらでムラなく混ぜ合わせていく。これを2回繰り返し、ガラス皿の調合酢を全て使い切った。
「ありがとうございました。扇はもう大丈夫です……! 助かりました」
「良かった。少しでも助けになったのなら」
「あおぎながら混ぜるのは、中々テクニックがいりそうですからね……」
パンの生地づくりもそうだが、こうした作業は繊細さだけでなく体力がいる。フィリアももちろん体力作りはしているものの、それをカバーしてくれるのはありがたい。
「酢飯ができたらあとは切っておいた具材を載せていくだけですね」
前回はマグロだけであったが、ここ最近はジウスのツテでより多くの具材を仕入れることができていた。
「まずはウィード王国でも馴染み深い貝――ホタテですね」
「貝類は比較的生に近い状態で食べることも多いかな」
貝類は魚に比べれば生きたままの運搬も楽であり、新鮮さを保つことができる。
「食通の間では生の牡蠣はご馳走だと聞きます」
「ああ、たまに食中毒に襲われるらしいが」
「牡蠣の毒は加熱すればいいと聞きますが……そうすると生の条件から外れてしまいますからね」
残念そうにフィリアがつぶやく。牡蠣を寿司に使うなら色々とサイズも調整する必要があるだろうが、悪い選択肢ではない。とはいえ、今回は見送らざるを得ないのだ。
「では、握ります……!」
フィリアがぷりぷりのホタテをすっと手に取る。そのまま熱めの酢飯を握る。ここ最近ずっと練習してきただけに極めてスムーズだ。
ものの十秒もしないうちにホタテの寿司が出来上がる。
「とりあえず……ホタテの握りです!」
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
おもしろい、続きが読みたいと思って下さった方は、
ぜひともブックマークや↓の⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎評価をよろしくお願いいたします!







