28.埋め合わせ
ジウスは満足そうに頷いた。
「フィリアも喜ぶでしょう。研究が捗りますから」
「稲、米については我ら軍務省も期待しておる。兵糧の改善は常に大きな課題だからな」
ガルフが管轄する軍務省は主に魔獣との戦いを担っていた。国土に巣食う魔獣はいまだに多い。魔獣を駆除しても、人間が定住するには食料が必要となる。
「魔剣についても――わしの趣味ばかりではない。魔獣に有効な武器でもあり、士気を高めるにも役立つ」
優れた魔剣は名誉と権威の象徴であり、兵を鼓舞する。これは強力な魔力加工を施せる武器が剣のみであることも関係していた。他の武器では刃の大きさや形状的に、あまり強力な魔力加工はできないのである。
「わしもエイドナ嬢の魔剣は、ひと通り愛でたら大部分は部下に褒美として与えておる。皆、大喜びするぞ」
「なるほど、それでもっと多くの魔剣が必要と」
「……純粋に愛でているのも否定はせぬがな」
そこでガルフはちらりと壁に飾られている魔剣を見た。
「なんにせよ、そなたの報告で心配事はなくなった。感謝する」
「お役に立てたのなら、幸いです」
すぐに製作者には思い当たったので、ほとんど何もしていない気もするが、賛辞は受け取っておくジウスである。
「にしても、エイドナ嬢とは順調なようだな。わしの近辺では色々な噂もあったが……杞憂だったようだ」
「ほう、察するにあまり良くない噂でしょうか」
「エイドナ家は有能だが社交界には顔を出さん。まぁ、そなたの有能さを揶揄する者もいる」
思うに、ジウスがエイドナ家を利用しているとかそんな噂だろう。偽装婚約もそうだが、そうした見方も少なくない。
「設計図を委ねる、ということはそれだけ信頼されている証だ。王宮の鍛冶職人でさえ、わしに魔剣の設計図を見せるのは気が進まぬらしいからな」
ガルフが苦笑する。王宮鍛冶職人はウィード王国でも最高峰の武具職人である。彼らには確固たる歴史と伝統があるものの、王族のガルフにもそうした態度を示すのはジウスには驚きだった。
「……フィリアにはいつも感謝しております」
「うむ、良い心がけだ」
ガルフとの会談が終わった後、ジウスは前にフィリアと約束した「埋め合わせ」について考えた。
果たしてどのようなモノなら、フィリアは喜んでくれるのだろうか?
いや、東方料理や錬金術についてなら、かなりの高確率で彼女は喜ぶだろうが……。
昼休憩の間、ジウスは書類の束を見つめながら息を吐く。
「難しいものだな……」
なんとはなしに、ジウスは自分のテリトリーのものでフィリアを喜ばせたいと思った。例えば――高級レストランなら、フィリアは喜ぶだろうか?
だが、ジウスの知る高級レストランは社交の場も兼ねている。間違いなく、ジウスとフィリアのふたりきりだけで食事を楽しむのは不可能だろう。
「……ふーむ」
ジウスは繋がりのあるレストランのリストをパラパラとめくる。貴族向け、商人向け、他国との要人も可……これまでに蓄積されたデータを確認するが、あまり良さそうなのはなかった。
「むっ……?」
だが、かなり昔の記述のひとつにジウスは目をとめた。
『西方料理。海産物がほとんど。静かでほとんど個室。デートに最適。データ提供者、アルバーン』
「ふむ、こんな店があったか……? 学生時代の、終わりの頃に聞いた店の話だな」
5年以上前のデータだが、悪くはなさそうだ。西方料理は東方料理ほどではないが、かなり珍しい。
フィリアとのやり取りを思い出すと、昆布という海草を何度も使っていた。東方料理に使える何かがあるかもしれない。
「ここにするか」
デートに最適、というアルバーンの情報を信じよう。学生時代アルバーンはかなりモテていた。
『翡翠の海』、名前も悪くなさそうだった。
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