19.夢の調味料
アルバーンに案内されながらフィリアは薬草園を見て回る。
「ここでは薬草以外にも様々な農作物を育てています。門から入ってすぐは果樹と畑ですね」
ぶどうやリンゴ、梨といったウィード王国でもお馴染みの果樹が並ぶ。畑にはトマトやアスパラガスが植えてあった。
今、季節は初夏である。配置は詰め込まれているが、一般的な作物だ。
丘の横には純白の大きな建物がある。あそこが事務所だろう。
「薬草以外も多いのですか?」
「ええ、そうですね。今は総合的な農作物の研究所と思ってもらえれば。元々、薬草園は王宮で毒などが使われたときのための非常用設備でした」
「今でもその名残で、園長は王族が務めると聞いております」
現在の園長こそ、ガルフである。
「しかし国内が安定し、諸外国とも友好関係ができる中で、その役割は縮小していきました。今では収穫量を上げるの研究が最大の仕事ですね」
「あとは、昆布などの海草の研究もされていますので?」
隣に歩くアルバーンの目元がふっと緩んだ。
「ええ、そうです。海辺での生産性も上げられないかと実験しております」
「あれはなかなかの昆布でした。美味しく頂きましたよ」
「はは、フィリアさんなら使って頂けると思いました。お譲りした甲斐があります。昆布は東方や南方ではメジャーらしいですからね」
「ジウス――も美味しいと言っておられました」
様を付けそうになったが、なんとか回避した。危ない、親密度を示さないと。
だがアルバーンはそんなフィリアには気付かず、やや面白そうに口角を上げた。
「ほう、彼がですか? どんな料理でしょう?」
フィリアが昨夜のしゃぶしゃぶを説明すると、アルバーンは頷きながら感心した。
「なるほど、そうした食べ方が……。我々はまだ昆布から出汁を取ってスープにしてるだけで、そこまで本格的な料理は作れませんからね」
「それはもったいない……」
「今のところ作物の生産や分析までで、なかなか次の調理にまで……確かにもったいないとは思っています」
思えば、広大な薬草園の管理だけでもかなりの手間だ。そこから資料に乏しい東方料理の実践までは難しいのだろう。
東方料理の紹介本でもあればと思うが、異国語が必要だったり、気軽に学べるものではなかった。
「しかし稲だけでなく、本格的な東方料理にまで知識があるとは思いませんでした。もしかして『醤油』という単語もご存知ですか?」
「……!? もちろんです!」
フィリアがぱぁっと目を輝かせた。
醤油。それこそ東方料理の鍵となる夢の調味料だ。
大豆から作られる発酵調味料であり、濃い黒色のソースである。
だがフィリアでさえ、醤油は入手できなかった。醤油を使う料理がないので、仕入れようとする商人もいないのだ。
「ああ、良かった。実は友好国からガルフ殿下へ贈られて、こちらに回ってきた品ですけれど……どう使っていいか、わからなくて」
「なるほど、そうでしたか。私なら、使えますよ……!」
フィリアが気合の入った瞳でアルバーンを見上げる。この機会を逃すわけにはいかなかった。
(まさか醤油があるなんて……!)
醤油があれば、東方料理の範囲はぐっと広がる。
もし醤油の良さを広めることができれば、気軽に入手できるようになるかもしれない。
「まずは簡単な料理から、どうでしょう?」
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