16.ちょっとだけ勇気を出して
テーブルを挟んでふたりは向かい合い、ジウスはガルフとの一件をフィリアに説明した。
「――というわけなんだ」
フィリアの身体はぷるぷると震えさせながら、目をそらしていた。
「エイドナ家には50年前の許可証があります。それに税金も販売業者を通じて納めているので、法的には何も問題はありません……!」
「フィリア、それはその通りなんだけれど」
ジウスも歯切れが悪かった。あとで許可関連は確認するとしても、事実なら適法である。
「ガルフ殿下は有能だが、やや大げさな御方だ。もしフィリアが魔剣の製作者だと知ったら……」
「ごくっ……」
「君の元に押しかけるかもしれない」
好奇の目にさらされず、研究に専念したいのがフィリアである。王族に突撃されるのは勘弁してほしかった。
魔剣が王族のガルフにも好評なのは、素直に嬉しいけれども。
「そうなりたくないから、今まで黙っていました。研究資金になればいいな、と」
「まぁ……そうかなとは思ったよ」
ジウスがふっと目元を緩める。
「変な事情がないなら、それでいい。ガルフ殿下にはうまく隠しておこう」
「それだと先生に影響しませんか?」
「元々が趣味の領域の話だし、魔剣作りも再開するんだろう?」
「ええ、まさにこれから作るところでした」
今度は凍結系の魔剣を作ろう、と張り切っていたフィリアである。
「魔剣が供給されるようになれば、ガルフ殿下も気にしなくなるんじゃないか……と思うけどね」
「それなら、よいのですが……」
そこまで言って、フィリアはふとジウスのことを考えた。彼は自分のために最大限の努力をしてくれている。
それなのに、もっと自分ができることはないのだろうか? せめてジウスのプラスになるようにはしたかった。
「他の人には伏せる、という条件で私のことを殿下に説明してもらうことはできますか?」
「それは――無理はしなくていいんだよ」
柔らかく微笑むジウスに、フィリアが決意を込めて見つめる。
「そこまで私の製作物に評価を頂いてるなら、応えたいとは思うのです。もちろんこれが先生にとって、プラスになればですけど」
後半はなんだか小声になってしまった。けれど、本当のことである。
「先生の……お役に立ちたいのです」
「フィリア……」
フィリアの表情こそ変わっていなかったが、普段言わないことを言ったせいで、内心は焦りまくっていた。
(あああ……変に思われないですかね? いつもはひきこもって研究ばかりの私が、こんなこと……)
「ありがとう」
ジウスの言葉に熱を感じるのは、フィリアの気のせいだろうか。
(これはきっと寝不足だからです。そのせいで、今の私は正常じゃなくなってます)
「じゃあ、ガルフ殿下に報告しよう。資金集めにやっていただけで、名前は広めたくないと説明するよ」
「……はい、それでお願いします」
そこでジウスが少し身を乗り出した。
「ちなみになんだけど、その魔剣製作を見学することはできるかな?」
「それは大丈夫ですけれども……」
「報告の際、ガルフ殿下から色々と聞かれるかもしれない。一度、見ておきたいんだ」
「あっ、なるほど。わかりました……!」
ということで、ふたりは席を立って作業台に向かう。
「おおよその構想と設計はできましたので、すぐに作業は始められます」
作業台に置かれているのは、わずかにミスリルを含んだ長剣である。剣としてはそこそこ良質だが、上級貴族が買い求めるほどの品ではない。
ジウスはガルフに見せられた稲妻の魔剣を思い出していた。魔力加工を除けば、あの剣も似たような品だ。
「剣としてはほどほどのものだけど、もっと高級な剣を加工するんじゃ駄目なのかい?」
「失敗したときの損を考えると、このくらいの剣がちょうどいいんです」
あっさりフィリアが言い放った。
「お小遣い稼ぎなのですから、しっかりプラスにしないといけません」
「な、なるほど……」
フィリアがつつーっと指を剣の柄に走らせる。
「コツは柄に近いところから加工を始めることですね」
「ほう、そうなんだね」
「この中央の部分から、ひとつずつ積み重ねて――」
そこでフィリアの隣にいたジウスが、覗き込むように近付いてくる。
ふたりは服が触れそうで触れない、絶妙な距離になった。
「……っ!」
フィリアは息を飲む。昨夜、肩を抱かれた記憶が唐突に蘇ってきた。
ジウスからはふんわりと石鹸のよい香りがする。
意識し始めると、どうにも止まらない。集中しなければいけないのに。
(落ち着け、私……! これはガルフ殿下に説明するための、大切なデモンストレーションなんだから!)
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