特別話③ 味=美味しさじゃないよ
※本編との話の関連はありません。
(もしかしたらどこかの機会で使うかもしれません)
「いらっしゃいませ、マードリア様」
嬉しそうに、だけどほんの少しぎこちない笑顔を浮かべたリリーが出迎えた。
「よく私って分かったね」
「話声が聞こえていましたから。中にどうぞ」
「お邪魔します」
部屋に入るとドアが閉まる。ほんの少し、部屋に違和感がある気がした。
「いらっしゃいマードリア。これ、私からのバレンタインよ」
「ありがとうございます、アイリーン様」
アイリーン様のチョコはかなり希少で、年間で百個も作られないチョコレートだ。
正直、こんな凄い物を渡されると、私のクッキーなんて霞んでしまう。手作りだし。
「私のはアイリーン様の物に比べるとあれですが、お口に合えば嬉しいです」
歪な形のクッキーを受け取ったアイリーン様は、とても嬉しそうに笑った。
あまり見せない良い笑顔だ。私の家に初めて来た時と同じあの笑顔。
「これはマードリアの手作りね。ありがとう、大事にするわ」
「ちゃんと食べてくださいよ、お兄様じゃないので食べるとは思いますが」
「あ、当たり前じゃない! ちゃんと食べるわよ……」
アイリーン様の返答の仕方に少し違和感を覚えたが、まあたまにあることなのであまり気にしないことにした。
「リリーも、ハッピーバレンタイン」
リリーはアイリーン様と違って浮かない顔で受け取った。
「ありがとうございます」
そんなに私の手作りクッキーが嫌だったのかな? そういうの気にする人いるもんね。一応自分用の市販のものがあるし、それあげようかな?
「リリー、私が作った物が嫌なら市販の物あるよ。そっちにする?」
リリーは慌ててものすごい勢いで首を横に振った。
「嫌です! 私はマードリア様の物がいいです! ……あ、すみません」
そこまで必死に言われると少し照れる。でも、だったら余計にその表情が気になってしまう。
そういえば、リリーはずっと私にバレンタインのお菓子を渡す気配がない。いや、貰うのを前提に考えるのは良くないことだけど。
「リリー、どうしたの? 何かあったの?」
「リリーさんも手作りのお菓子を作ったのだけど、家と学園で魔道具違ったようで、失敗したらしいのよ」
「申し訳ありません、私はマードリア様に渡す物がないのに、私だけ貰うわけにはいきません。こちらはお返しします」
リリーは私にクッキーを向ける。
「そんなこと気にする必要ないよ。それに、そのクッキーは私がリリーにあげたくて作った物だから、そんな歪な物でよければ受け取ってよ」
「ですが……」
リリーは納得がいかないみたいだ。
「リリー、失敗したお菓子は今ある?」
「ありますけど……」
「ならリリーもあるじゃん、私に渡せるお菓子。リリーがよければ私に頂戴。アイリーン様、どこにあるか知っていますか?」
「リリーさんの机の上にあるわよ」
机の上には、何かを覆い隠すように、不自然に布が置かれていた。違和感の正体はこれだったのか。
私はその布を取り、中のチョコレートを一つ手に取る。
色はチョコとは思えないくらい黒く、焦げた匂いがする。
「マ、マードリア様、ダメです! それは本当にダメです! 美味しくないです!」
「それを決めるのはリリーじゃなくて私だよ」
リリーの気持ちを考えると本当に食べてほしくないのだろうけど、そしたら私のクッキーをもらってくれないので、少々強引なやり方だが実行する。
チョコレートを口に入れる。
チョコレート? っと思うほど苦く、正直私の知っているチョコレートではない。下手したらカカオ九十九パーセント、いや、百パーセントすら超えているかもしれない。
口の中で溶けることもせず、まるで溶けない飴でも食べているみたいだ。
本当、涙が出てきそうになる。
だけど、それでも──
「美味しいよ。少なくとも私は美味しいと思う」
「お世辞なんていいですよ。私は、味わうことすらできませんでした。頑張って飲み込んだくらい酷い代物です」
「ううん、本当に美味しいよ」
リリーは尚も首を横に振る。
「私もいただくわ」
アイリーン様も一つチョコレートを手にして口に入れた。
そして、すぐに飲み込んだ。
「本当に美味しくないわね」
「そう、ですよ。アイリーン様の言う通り美味しくないです」
「でも、マードリアは違うと言っているわ。私は味わうことすら出来ず、すぐに飲み込んだけど、マードリアはちゃんと味わっていた。本当に、マードリアは美味しいと思ったのよ」
リリーは私達を見る。
別に息を合わせたわけではないが、私達は同時に頷いた。
「リリー、もしあれだったらこれ全部貰っていい?」
「本当に、美味しかったのですか?」
「私は嘘をつかないよ」
リリーはやっと心の底から笑顔を見せた。本当に、良い笑顔だ。
交換を済ませたので、三人で私の部屋に向かう。
「マードリア様、ありがとうございました。今度はちゃんとしたお菓子を作ります」
「リリーの作るお菓子なら全部嬉しいよ。私こそ、ちゃんとしたクッキー作れるようにするね。それじゃあ二人とも、気をつけて帰ってね」
「はい」
「ええ」
二人には部屋まで送ってもらった。
遠慮したが、結局私は負けてしまった。
リリーは分かっていたと思う。私がどれだけ言っても美味しくないという事実が変わらないことを。
だけど、本当に私には美味しく感じられた。
だって、リリーが心を込めて作ったのが伝わってきたから。
アイリーン様にも感謝だ。
アイリーン様が嫌な役を買って出てくれたおかげで丸く収めることができた。
なんやかんやで今までで一番良いバレンタインだった。
特別話はこれにて終わりです!
カカオ99%のチョコレート食べたことありますが、本当に無理でした。飲み込むこと自体できませんでした。(その頃はカカオが多ければ多いほど甘いと思っていたバカでした)
それを超えたチョコをちゃんと味わって食べたマードリアを(自分で創ったキャラながら)本当に尊敬する。